漂流者の帰還~少女はいつしかアラサーとなり地球へ帰還する~

深空 秋都

第1話 帰還



「もう行くのか、リン」

「ええ。20年も待たせちゃってるからね。行かなきゃ」

「時が経つのは早いものだな」


 煙草の白煙が立ち昇る。


「そうね。本当にそう」

「リンが14の頃にこちらへやってきて20年。今は34か……いい歳だな」

「な、ちょ!? はぁ~っ! 千界のあるじだからって言っていいこと悪いことあるんだからね!?」

「儂は既婚だから痛くも痒くもない。それに見よ。この美貌を」


 そう言って妖艶に微笑む千界の主。

 私はキレた。この女狐を分からせなければ気が済まない。


「解除」


 自身にかけている変化の魔法を解き、本当の姿を晒す。


「なぁ!? そ、それは卑怯だぞリン! 私の性癖を破壊する気か!」

「私はただ変化を解除しただけなんだけど?」

「ぐぬぬぬ」


 あらゆる色を内包した虹の如き髪を揺らめかせ、見られた者の心臓を射抜かんばかりの琥珀色の瞳。肌の色は白磁からよりエキゾチックな褐色となり、瞳の色と合わせて猛禽類のような獰猛さを感じさせる。


「さて、会話を楽しむのもここらでやめておきましょうか。千界の主殿」

「はぁ~っ……そうだな。遊んでおる場合じゃないな」


 茹だつように見目麗しい顔を赤面させながら千界の主は手をかざした。


「我が魔力を喰らえ。人界を繋ぎし門よ」


 短い詠唱と共に吹き荒れる魔力。

 並の人間であれば一瞬で昏倒するほどの濃密な魔風。


「とんでもない魔力量ね」

「バカ言え。リンのほうがよっぽどではないか」

「私の場合、宝の持ち腐れだからね!」

「よく回る口だ……まあ、教えてやらなくもないが」

「マジ!? んじゃまた今度よろしく」

「何をのんきな。今生の別れかもしらんぞ?」

「……ふむ。それもそうか」


 リンは門に背を向け、千界の主の元へ駆け出す。


「どうしたリ、ん……?」

「――今までありがと。大好きだよ母さん」

「っ!」


 千界の主は抱きしめ返す。小さく、嗚咽を漏らしながら。

 しばらくそうしているとバッ、とリンが離れ、互いに頬を伝う水滴を拭って笑顔を作る。


「よしっ! じゃあ行ってくる!」

「ああ、行ってらっしゃい」


 リンは旅立つ。

 いや、帰還する。懐かしき20年振りの地球へと。





 ***






 地球――日本上空


「いぃぃいいいっ!?」


(これかなり上空だよ! いきなり落下死!?)


 門から地球へ帰還したのもつかの間。見事なまでの自由落下中である。

 世界を門で繋ぐだけでも限りなく神の御業に近い。ましてや細かい座標指定などできるはずもなく。


(足場を作っても衝撃で痛いし、とりあえずパラシュートの要領で)


 ぶわりと魔力の薄膜を上部に展開。強烈な空気抵抗を受けながらも徐々に失速していく。


「ふうーっ! 危ない危ない。下に人がいたら爆散するところだった」


 ゆっくりと地上へ降りていきながら一帯を見回す。


「覚悟はしていたけど。分かってはいたけど……これはやっぱり、つらい」


 瓦礫の山。

 廃墟と化した都市。

 闊歩する異形の生物。

 よく見ると白骨化した、人と思しきものもある。


 ぱんと両頬を叩き、頭を振って気持ちを切り替える。


「だから私は帰ってきた」


 自分が地球へ帰還した理由。千界の人々に託された意志。それらを無駄にしないためにもリンは集中する。


 地上近くまで来たところで魔力のパラシュートを解除し、着地。

 直後、周囲にいた魔物たちが待っていたと言わんばかりに飛びかかってくる。

 最初にやってきたのは狼型の魔物。次に猪型、更には大トカゲ型も。


「どれもよく似ている」


 ――千界の魔物に。


 手足に薄紫の魔力を纏う。

 まずは狼型に向かって拳を突き出した。


「準備運動だ。まずは魔弾」


 目にも留まらぬ速さで突き出された拳から魔力弾が放たれ、狼型の頭部を撃ち抜く。


「次に魔砲」


 同様の速さで突き出されるのは掌底。先との違いは玉ではなく、貫通性の高い槍のようなものが撃ち出される。

 これによって狼型、猪型は一瞬にして魔力の塵となった。


「どの技でもいいけれど。好きなのは――魔刃」


 手刀を作り、緻密な魔力操作で刀身を作り出す。その長さ、形状は自由自在。

 音速の壁を超え、ソニックブームを発生させながら大トカゲ型を両断する。


「こっちの魔物も魔石を残すのか」


 魔石を拾って空へかざす。


「品質はそこそこ。2日分の飯代くらいになるな。千界なら」


 リンはそれから廃墟都市を徘徊し、遭遇した魔物を全て殲滅しながら人間を探す。

 人間を探しながら、先の落下中にもっと広く見ておけばよかったと後悔する。徘徊から数時間が経過しても、誰とも会えていない。


「ひょっとして立ち入り禁止エリア的なやつで人がいないとか……? あり得るな」


 リンはうーん、うーんと唸りながら徘徊を再開した。





 ***





「隊長! 空から何か落ちてないすか!?」

「ん? 何を言っている。どうせ魔物だろう」


 隊長――篠原 雪華しのはら せつかは溜息をついた。


「いやあれ人っぽいような」

「まさか……ったく、双眼鏡を貸してみろ」


 双眼鏡を構えて部下が指差す方を見る。


「……たしかに人型だな。念のため確認しに行くか。小野田おのだ! 3等級以上の隊員を3人選別してこい!」

「了解っす!」

「っす、はいらん」

「はいっす!」

「だから……もういい早くしろ」


 端正な顔を歪ませ再びを溜息をつく。


「隊長、あんまり溜息ばかりついてると婚期逃しちゃうっすよ」

「誰のせいだ馬鹿者。それに私はまだ19だ」


 鋭い眼光でひと睨みすると小野田は逃げるように去っていった。

 そして3度目の溜息。


(なぜ私がこんな目に。それに隊長モードも疲れるよまったく)


 先程までのキツい口調とは裏腹に内面は年相応である。しかし、年相応であることは今の日本では許されなかった。


「癖になっているな。口調も、溜息も、武器の手入れも」


 気持ちを落ち着かせるため、腰に指している片刃の剣を魔石が練り込まれた砥石で研ぐ。

 こうして研いでいる時間だけが雪華にとっての癒やしの時間であった。


「隊長! 選別終わったっす! って、また武器の手入れっすか。マメっすね~」

「お前も人任せではなく、たまには自分でやってみろ……ふう、どうやらいい奴らを集めたようだな小野田」

「お褒めいただき光栄っす」


(態度は気に食わないが、小野田の見る目は確かだ。よく見れば集めた3人は3等級の中でも上澄みも上澄み。実質2等級並のを3人を集めたに等しい)


「私は1等級の篠原 雪華だ。私を知らない者もいるかもしれないがよろしく頼む」


 雪華が軽く挨拶をすると連れられた3人は頬を赤らめてもじもじとしている。


「? どうした」

「いやいや、隊長は日本防衛戦線の英雄っすよ。少なくともここらで生まれ育った人間なら子どもでも知ってる憧れの人なんすよ隊長は」

「憧れ? 何を言っている。私は私の責務を果たしているに過ぎない」

「はぁーっ……そういうとこは鈍感というか、むしろそこが魅力というか」


「「「か、かっこいい(かっけー)」」」


「? まあ小野田が言うならそうなんだろう。何はともあれ短期間だが頼むぞ3人とも」


 雪華は口角を上げ、その鋭い眼光とスッと通った鼻筋が綺麗に見える角度で3人に笑顔を向けた。


「「「はいっ!」」」



「……この人誑し隊長はしょうがないっすね」


 小野田は無自覚で人をたらしこむ天才を横目にテキパキと準備を始めた。




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