第8話 心を殺した覚悟

決行の日。暗闇が空を満たし、街は点々と白く光っている。


ジータとルーカは建物の屋上に立っていた。張っている道は閑散としていて、薄暗く一般人は警戒して近付かないエリアだった。

私達にとっては好都合だ。


私は電話を取り出す。


「ラブ、そっちの様子は?」


「今2台の黒い車が出て行った。一つは普通の、もう一つはワンボックス。」


「了解。ありがと、ラブ。」


「どいたまー。」


要人達とその護衛の人数は十数名。距離的にあと十数分でここまで来るだろう。微かな緊張と焦燥感が体を反響する。


「ルーカ、あと数十分で対象が来る。準備を。」


「了解、爆弾のセットを確認しておくよ。」


作戦はこうだ。

まず爆弾で先頭車両の損壊、足止めを狙う。そして動きが止まった対象を直接叩く。とてもシンプル。

護衛はいるが、そこまで脅威ではないことが情報で分かっている。


ジータは息を整え、心の平穏を保つ。

彼女は未だに殺す事を躊躇している。大義があれば、その躊躇も和らぐはず。なのに彼女は、それに慣れることはない。


「私、こういうの向いてないよな。」


彼女は静かに吐露した。



「ジータ、あれじゃないか?」


少したった後、ルーカは遠くを指差す。二つの白い光が同じ方向に動き、情報通りのルートをなぞっている。こちらとの距離がどんどんと縮まっていく。


「うん、間違いないね。」


ルーカは爆弾のスイッチに指を置く。


ジータも剣の動作を確認し、戦闘に備える。


躊躇している余裕はない。2人はとっくに覚悟を決めている。躊躇している暇はない。



2台の車が目前に迫ってくる。


瞬間、凄まじい轟音が鳴り響く。

火蓋は切って落とされた。


ジータとルーカが建物から勢いよく飛び降りる。

先頭の車両は前側が大破し、エンジンから火が上がる。後方のワンボックスは前に進めず、立ち往生

している。


ワンボックスから3人の護衛が飛び出す。


「誰だテメェら!!ぶっ殺してやる!!」


一人が短機関銃を取り出し、ジータに向けてくる。


「頼んだ。」



ドンッ



一秒を数えることもなく、彼の脳天に風穴が空く。

声も発さず、その体は車に寄りかかる。


「任された!」


銃弾の主はルーカ。やけに年季の入ったリボルバーを持っている。持ち手にはザーナの紋章が刻まれている。


バッッ


もう一人が剣を持って、ルーカとの間合いを瞬時に詰める。この距離では銃を撃つ余裕はない。


既に剣は振り下ろされていた。


ガリリリリッッッッ!!


ルーカはその銃身で剣を受け止め、滑らせる。そして空いた腹を殴り、蹴り上げる。


ドンドンッ


体が離れた隙にすかさず銃弾を撃ち込む。

ルーカの戦術は拳銃を織り交ぜた徒手空拳。遠近共に隙がない、完成されたザーナファミリーのスタイル。


「いい感じだね。」


最後の一人をジータが切り伏せ、余裕を持った様子で言う。


「まぁ、これでも若頭だからな。」



話の雰囲気とは裏腹に、現場は黒く満ちていた。

ルーカはワンボックスに乗る要人達を引き摺り出し、ジータは警戒を続けながら対象の生死を確認する。


この短い戦いが、2人の絶対的な違いを浮き彫りにした。

ルーカは手慣れた様子で、特に躊躇する事なく淡々と敵を殺す。

ジータも表面上はあまり変わらない。だが、敵を殺す時に一瞬の迷いがある。特に自分が明らかな意思を持って殺す時に。


異常なのは、ジータの方だ。

人として正しく、マフィアとして異常。いや、半端者と言うべきだろう。

殺し合いに身を置く以上、普通は躊躇を抱く。

しかし、人は適応をする生物。時間が経てば、残酷な事実を容易に飲み込むようになる。個人差こそあれど、人として普遍的な反応である。


そういう意味では、ジータは高尚な人物と言える。

また、異常な人物とも言える。


彼女は殺しに慣れることはない。だが、彼女はそれに耐えうる程の精神力を持っている。正義を信じる事が彼女の拠り所だった。


その正義が今、彼女を苦しめた。


「え……」


大破した車のドアを開ける。目を擦ってまたその光景を見る。

見えたのは数人の男達、そして………一人の子供。


リストに子供の人物は載っていなかった。まさかこの数日の内に計画が変わってしまったのだろうか。でも、どうして子供が乗る必要がある?


ジータは急いで子供に手を伸ばす。


彼女の心に、亀裂が入る音がした。


「う……そ………」


見覚えのある顔だった。ジータにひとときの安息をもたらした存在。あの少年が、大量の鮮血を垂れ流し、痛みによる唸りすらあげず、静かに目を閉じていた。

少年は、彼女にめいっぱいの苦痛をもたらした。


呼吸が途切れ途切れになる。思考が罪悪感で満たされる。もう目の前が何も見えない。聞こえるのは、自分の不規則な呼吸だけ。

こころが、ずたずたにはちきれそうだ。


「ジータ!!!!」


ジータは意識を取り戻す。

何回も、怒鳴り声で、その名を呼ばれていたらしい。


「その子は…車の中にいたのか。」


「私、わたし…は…」


声は掠れ、その目は今にも泣き出しそうに。


「ジータ、よく聞いてほしい。」


「あんたの理想は必ず誰かを傷付け、苦しめ、殺す。

でも、それは『希望』なんだ。良心があるからこそ、本気でその希望を追いかけられるんだ。俺にはあんたの苦しみが分かってあげられない、だがその苦しみはあんただから感じられる。とても気高い、綺麗な苦しみなんだ。」


ルーカは必死に言葉を紡ぐ。


「その子を殺したのは…俺だ。全部、俺が悪いんだ。あんたが罪悪感を抱く必要は…ないんだ。でも、その感情は無駄なんかじゃない。その感情を、背負って、俺たちは、進まないと行けないんだ…」



ジータはその強張った口を開く。


「そう…だね。私達は、進まないと…ごめん、取り乱して。もうこうはならないよ。対象は確保、あとは、屋敷を制圧するだけだ。」


彼女は、耐えていた。その目に涙を貯めてはいるが、溢さなかった。彼女は、高尚のままでいられた。


「向かおう、ルーカ。」


「わ…分かった。もう、大丈夫なのか?」


「おかげさまで。ありがとう、ルーカ。」


ジータは、事前に用意された車のエンジンをかける。


「俺が運転しようか?」


「…いや、大丈夫。もう、大丈夫だよ。」






二人はラブの元へ着く。


ラブは、何も言わなかった。いつもだったら何かとどちらかに突っかかるだろうに。

恐らく何かがあったのだろうと、彼女は瞬時に察した。


「二人とも、いい表情するようになったね。ジータは特に。」


「余計なお世話だ。」


ジータは既に立ち直っていた。彼女はまだ揺れていたはいるが、自身に折り合いをつけることが出来るようになっていた。それは感情を意図的に殺す事と変わりはない。だが、彼女は良心までもを捨てるわけではない。

良心だけで、正義を名乗ることは出来ないと

そう理解したのだ。


「じゃあ、準備はいい?」


ラブとルーカは勢いよく頷く。


制圧開始だ―――――――








「……お姉…さん?」


現実は、人の希望も、決意も、簡単に踏み躙る。

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CALL RIVERTÀ なんぢゃ @nandya

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