第7話 覚悟と迷い

んで、レストランの件は結局誰に頼まれたわけ?父さん?」


「…ァ…..」


「なに?よく聞こえない。」





え?



ラブ襲撃から3時間前、ジータはある情報屋にザカースの情報を求め、マスクで顔を隠して街を歩いていた。


「ラブ、大丈夫かな…。」


心配ではあるが、自身も余裕はない。敵はどこに潜んでいてもおかしくない。気張れ、私。

私はその歩みを確実に進めていく。


ドカッ


「いたっ…あぁ…」


「おわっ…」


道の角、走ってきた少年とぶつかってしまった。


「あわ、ご、ごめんなさい…」


「こっちの方こそごめんね、あ…」


少年の手に持っていたアイスが小さく地面にへばりついている。自身のズボンにもアイスが点々としている。


「ご、ごめんなさい!ズボンに…」


アイスを買って気分でも上がって走っていたのだろう。おかげでいまは気分のどん底だ。

やはり子供は笑っていたほうがいい。こんな事誰だって通る道だ。

私はマスクを外して表情を見えるようにし、提案する。


「大丈夫、少年。私は気にしてないよ、ちゃんと謝ってくれてるし。ここにいた私も悪いし、一緒にアイスでも買いに行かない?」


自分なりに優しく問いかけたと思ったが、どうだろうか。あまりこういうのは得意ではないんだが。


「え、でも…」


一瞬顔が明るくなるが、すぐ遠慮してしまった。罪悪感だろうか、それとも他の理由でもあるのか。私は少し強引に少年を誘う。


「私もちょうどアイスが食べたかったんだ、君と同じやつ。私に案内してくれないかな。」


少年の顔は少し困惑が映ったが、幾分明るくはなっただろうか。少年は口を開く。


「…そうですか、分かりました!では行きましょう!」



私達はアイスを買い、頬張っていた。


「すいません、奢ってくれて…」


「全然気にしないで、私が好きでやった事だから。」


この少年は、やけに大人びている。

今更気付いた事だが、少年の服はどうやらお高い物のようだ。さらに所作もなんだか丁寧だ。

ここから導かれる答えは…


……マフィアの子か。

もうバカ!



「そ、そうだった私ちょっと用があってもう行かなきゃ。じゃあね!」


「あ、その、待ってください!」


「あ、はい」


「その、アイス…ありがとうございます…」


その言葉に、表情に、邪な思考など何もなかった。

白雪のように、真っ白な。眩しささえ覚えた。


「…あぁ、それじゃあね。」


自分はマフィアは少なからず悪だと思っていた。

そして、どこかでその悪に振るわれる暴力を肯定していた。自分を棚に上げてたんだ。

でも、あの子を見ると…自分も対して変わらない…


これ以上はやめよう。

私は渦巻く矛盾を見て見ぬふりした。信じたくなかったんだ。


私は黙って情報屋のもとへ行く。






着いた先は…喫茶店だった。


喫茶店の仕切りの付いた角に、ヤツは座っていた。


「…こんにちは、ジータさん。」


「あぁ、よろしく。」


この情報屋は「Gガー」と呼ばれている。

この国では有名な情報屋だ。

名前に由来はまるで情報がヤツに惹き寄せられるように見えることから…もう一つの意味は蜚蠊みたい恐ろしく情報が早いこと、その他もろもろだ。便利ではあるが脅威でもある。

情報は自分を昇華させ、堕落させる。要は使い方だ。


「で、情報は?」


「…あなた、この国のマフィアに喧嘩を売ったそうですね。前にもその様な志を持つ方々が尋ねてきましたが…今はだんまりです。」


「私はあんたと世間話をしにに来たんじゃない。早く情報を。」


なんだコイツは。これでよく今までやっていけたな。


「まぁまぁ、もう少し聞いてください。情報も大切ですが…もっと仲間が必要だとは思いませんか?今の状況ではいつ襲撃を受けてもおかしくありません。」


彼は大きく身振り手振りをしながら熱弁する。


「……そして今、その志願者がいます。相応しいかはその目でお確かめを。私はあなたみたいな馬鹿野郎の進む道に興味があります。情報は、その後でもいいのでは?」


…どういう事だ?コイツはただの情報屋ではないのか?なにか、裏で手が回されてるのか。

だが、私の仲間だと?意味が分からない。それは自ら殺されに行くと同義だ。確かに仲間は必要だが、怪しすぎる。

ん?待て、今私のこと馬鹿野郎って言った?



間も無く、その協力者とやらが現れる。


「…失礼。あなたがジータか。お会いできて光栄だ。」


現れたのは私と同年代くらいの男。くせっ毛で鋭い目つきしている。身長は170くらいだろうか。ここでは少し低いくらいだが、しかし綺麗にスーツを着こなしている。恐らくマフィアで違いない。


「名前と軽く身分を。あまり時間はかけたくない。元々情報だけ聞くつもりだったから。」


「…そうだな、すまなかった。俺の名前はルーカ・ザーナ。ザーナファミリーの…若頭だ。Gに頼み込んであんたに会わせてもらった。」


「…ザーナのボスの息子さんかな?そんな大層な人が私に何用かな。」


思ったよりお偉いさんだ…なおさら私の仲間になりたいという理由が分からない。

とりあえず、話を聞こう。


「そうだ、だがそこは気にしなくていい。…簡潔に言わせてもらう。俺は、あんたのマフィアの撲滅に賛成している。そして、それがいかに無謀な事かも知っている。だからこそ、協力させてほしい。共にこの国を変えさせてくれ。」


とても素朴な理由だった。確かにもっともな理由だ。仲間は欲しいし、ファミリーボスの息子なら情報や資金も、ある程度用意できるのかもしれない。

だが怪しさは拭えない。信用にはまだ足り得ない。


だが、私を殺す事が目的ならとっくに手を出している。そしてGも、その様な事に手を貸す輩ではない。

本当に協力したいか、利用したいかどちらかだろう。

ひとまずは協力の姿勢を見せるべきか。


「…分かった、協力しよう。ただ、自分のファミリーはどうするつもり?私と組んだらマズいのでは?」


ルーカは素早く答えた。


「まだファミリーは抜けていないが、必要なら決別する。まだ信用されなくて当然だ。忠義は、自身の行動で示す。」


嘘をついている様子はないように見えた。だがここではそんなもの何の当てにもならない。…ラブは例外ってことで。

こちらも出来るのなら信用したいのだが…

まぁどちらにせよ、今の私の選択肢は多くない。


「…分かった、君を仲間として迎え入れるよ。よろしく頼むよ、ルーカ。」


私は手を差し出す。彼も呼応するように手を伸ばす。


「…あぁ!よろしく頼むよ。」


私達は固く手を握る。この契りは希望の兆しだ。

少なくとも、そう考えた方が気が楽だ。


「で、次は情報だ。待たせて悪かった、G。」


「いいえ、お気になさらず。早速本題に入りましょう。ここでの出来事は秘匿しておきます。」




ザカースファミリーはその圧倒的な力でマフィア達を押さえ込んでいます。


ザカースの拠点は3つ。


この国の北、中央、南にそれぞれ屋敷があるのですが、北以外の2つには「領主」が滞在しています。

そして北には「スレイヤー」が居ることが多いです。スレイヤーとの戦闘は避けた方がいいでしょう。


恐らくこの中で最も手薄なのは南の屋敷でしょう。

南は比較的マフィアの数が少なく、大きなマフィアも存在しません。


「…その領主ってのはどんな存在?」


文字通りその屋敷、そしてその周辺を支配している存在です。ですが、戦闘能力があるかは残念ながら掴めませんでした。なにしろ、スレイヤーの存在がザカースにとって非常に大きいのです。


そして南の屋敷の要人たちが、2日後隣国へ出発するという情報が入りました。領主は同行しない意向だそうです。



そのルート、そして人員はこちらです。これらは直近のデータですが、「あくまで」直近のデータです。細微な変更の可能性はあります。

――――――――


情報を聞き終わり、私達は喫茶店を出た。


「俺も聞いてよかったのか?」


「もう『仲間』でしょ?いつまで経っても疑心暗鬼じゃ、何も変わらない。私はあんたを信じる。だからあんたも私を信じて欲しい。」


所詮はただの方便。だが、真偽は分からなくとも相手は一歩を踏み出している。自分もまた、一歩を踏み出すのは礼儀というものだ。


「そ、そうか、野暮な事聞いたな。…ジータって呼んでいいのか?」


「もちろん。よろしくね、ルーカ。」


所詮は方便。でも近々、「本物」になる事を願って。




「どうしたの、その傷!?やっぱ私いた方が良かったくない!?」


「いやぁ、まぁちょっとあってね。」


外は既に夕焼け。私たちはホテルに滞在することになった。今私達はホテルの個室にいる。足が付かないよう、まだファミリーに属しているルーカ名義でやってもらった。


ラブには連絡して来てもらった。新しいコートを着ているなと思ったら、それを脱ぐととんでもない傷を負っていた。


「だ、大丈夫なの?」


「んー、まぁ大丈夫だよ!数日したら問題なく動けるようになる…と思う。」


「てかそんな事よりさ、あいつ誰?」


ラブはルーカに指を指す。その目は嫌疑で満ちていた。あぁ、めんどくさい。


「あいつは私達の仲間だ。ちゃんと挨拶しておけよ。」


私の言葉を聞くと、ラブはドスドスと足音を響かせながらルーカに近づく。


「な、なん…でしょうか…?」


「ジータを誘惑しようとか思わないでよね!もしやるんだっ…」


ゴッッ


「あだっ!!」


「ルーカ、下でご飯食べに行っていいよ。」


「あっ、はい!分かりました!」



…しばらくして、私達3人は計画を練る。


私達は、要人達を襲撃することにした。


襲撃地点と屋敷の距離はおよそ25km。襲撃の後合流。南の屋敷を制圧、占拠を目指す。


情報を漏らさない為、例の要人達は全て始末する。


襲撃は私とルーカ。ラブは屋敷の周辺を監視。


決行は2日後の夜。



話の後、ルーカは自身の屋敷へ帰った。


夜が最も深くなる時間。

私は部屋で要人達のリストを薄目で眺めていた。

どの人物も過去に何かしら悪事に手を染めている。

殺人、放火、麻薬売買、数え挙げればキリがない。どうしようもない連中だ。

こいつらは私達に直接殺される。正義という大義のもと、殺される。


わたしは、間違っている。

どんな極悪人でも、殺しは殺し。決して許されることではない。それが多くの一般人を救えたとして、その事実は不変だ。


私は今日の少年のことを思い出していた。

私も、本質的には所詮他のマフィアと大差ないのかもしれない。


悪が正義を掲げ、悪を潰す。この簡単な矛盾が私の脳に、こびりついて離れない。やはり、私は…


コンコン


「…どうぞ。」


「…お邪魔するよ。」


入ってきたのはラブ。


こんな夜更けに何用だろうか。


「何の用?」


「レストランの件で話があるんだ。」


「……。」


「単刀直入に話すね。私のファミリーに命じたのは、ザカースの人物だった。」


「…!」


「話は終わり。おやすみ。」


「お、おやすみ…」


パタン



この矛盾を背負って、誰かが手を汚さなくてはならない。

それは、私達だけで十分だ。


必要なのは、心を殺した覚悟。

間違っていても、歩みを進める意思。



私の心は、偽りの正義に揺れていた。


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