幕間 友人

 あまり長いこと考えたくはないし、他人に話したこともほとんどない。それほどうちの家庭環境は息苦しい。厳格な父に、厳格な家庭環境。「女ならこうでありなさい」と決めつけてくる両親。母は父の言いなりであり、私もそうだった。そうあることで決まったレールの上を走ることが出来る。たまに外れてみたい、外を走ってみたいとも思ったが、謎の恐怖に揺れて行動はできなかった。周りの人と違う行動は取れなかった。私も、いずれ父の決めた人と結婚して、父の望むような、母のような人に、人の形をした人形になる。自由なのは、今だけだった。自分で自分のことをどうにかできるのは、今だけだった。

田舎なのに、進学校に行けとか家業を継ぐためとか、いい婿さんを捕まえてこいだとか。家の門限も早い。どこにも行けない。私が行けるのは学校の他には、近所のるうの家だけだった。近所と言ってもそれなりに距離がある。家が隣に立っているのではなく、間に誰もいないと言うだけ。

うちの家族は皆んな元気だ。欲しいものは買ってもらえる。足りないものなんてない。私の成績もそれなりで、運動もまあできる。家事も小さい頃から母に教えてもらって、それなりにできる。一人暮らしの友達を支えられるくらいには。何も欠けているものなんてない。満たされているはずなのに、息だけがどうしてもうまくできない。山の上の方で酸素がやや薄いとはいえ、ずっと住んでいる場所なのに。だから、息が本当に切れて苦しくなってしまう前に、この満たされている状態が欠けてしまわないうちに、満たされたまま終わらせてしまいたいと思った。

そう自分の中で、自分で決めてからの人生は楽しかった。終わりがあると分かっていたから、その後過ごすのは、余生のようなものだ。決められた中であれば、何をしてもいい。結局のところ以前との生活とは変わらないのかもしれないが、胸の内側が、誰にも見られることのない心の持ちようが全く違っていた。何も気にせず、過ごせばよかった。願えば、『お前』はいつでも殺してくれる。そう約束したからだ。

だけど、出来るだけ綺麗に死にたいと思った。願ってしまった。死ぬことに対して余計な欲が出てきてしまった。だから『お前』を、るうの身姿をできるだけ整えた。早く思い出せるようにって、好きなお肉を毎日あげて、学校に行く日は毎日迎えに行って。遅れないように。少し気が抜けてしまったのか、久しぶりに月のものが来たからか、いつものカツサンドを、パン屋さんから買い損ねてしまった。そのせいか、るうは、体調を崩してしまった。私に出来ることは、るうをただただ頭の中にある知識だけで、看病することだけだった。学校から慌てて戻ってくると、玄関にはどこかで見たことがあるような靴が置かれていて、寝室にも座敷にも、もちろんお風呂場にもトイレにも、るうはいなくなっていた。そして、扉が半開きになった蔵の横、桜の木の下でるうの姿を見つけた。

『お前』の感情なんて、どうでもいいの。私の心の中は、私に対する想いだけで一杯だった。誰かに何かを向ける余裕なんてなかった。ただ、この心の中の重荷なのか空洞なのかを、どうにかして消してしまいたかった。記憶を消した、私の名前ごと忘れてしまったあなたが、るうのことが少しだけ羨ましかった。私の名前の由来なんて到底つまらないものだから、忘れてしまっても全く構わないのだけれど、るうの私の名前を、記憶を取り戻そうとするきっかけになれば、それだけれよかった。やっぱり、私は私のことしか考えられていない。ちっぽけな人間だ。

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