第13話 開幕


 人間は往々にして怠惰である。

 学校が夏季休暇に突入してから、毎日そんなことを考えていた。

 これと言ってすることはなく、ベッドの上でダラダラと過ごし、時間を無駄にしてしまっているような感覚を味わう。それを意識したところで、何ができるわけでもなく、毎日毎日性懲りもなく更新されるコンテンツに齧りついている。あまりにも暇すぎて更新が待ちきれなくなってしまうほどだ。いつもは「あ、そういえば……」とドライな感じで接しているのに、「はやく! はやく!」と薬物中毒一歩手前だ。

 夏季休暇が始まってどれだけの時間が経ったのか、それを数えるのは酷であり、なるべく考えないようにしている。少なくとも、あと少しで七月が終わるとだけ認識している。


 二度寝三度寝四度寝はお手の物。気の向くままに睡眠を続けた。やがて何かしようという自らを律する心に動かされ、スマホで動画を見始める。横になって視聴しているとまた眠くなってしまうと上体を起こしたその時だった。


「ん……」


 メッセージの通知がぴこんと画面の上方向から生えてくる。

 送り主とメッセージ内容も表示されていて、わざわざ開いて確認するまでもなかった。今見ている動画の視聴を終えたら返事をしよう、と思っているうちにあれよあれよと次の動画を再生してしまい、やがて送られてきたメッセージのことを忘れてしまった。

 それを思い出したのは、着信により画面の操作を奪われた時だった。動画の音声が少し遅れて止まり、りんりんと着信音が鳴る。与えられた選択肢は、大まかに『応答』と『拒否』の二つだ。

 着信相手の名は、先ほどメッセージにも記されていた相手だ。


「もしもし」


 電話に出た俺の第一声はそれだった。正直、それが正しいのかわからない。


『高瀬くん、おひさー!』


 スピーカー越しに聞こえる石川陽菜は相変わらずで、ずけずけと土足で踏み入ってくる感じだ。勿論、悪い意味ではない。


「久しぶり……だな」


 言われたから合わせて返してしまったが、本当に久しぶりなのか、終業式からどれだけの日が経ったか思い返す。ちぃ、思いがけずして俺がどれだけの時間を無駄にしたのか知ってしまった。ちなみに一週間ってそんなに久しぶりかな?

 夏休みもよろしく、と言われながらも今日まで連絡を取ることは一切なかった。それを頭の隅で気づいていたが、悶々としていたわけではない。これで約束の日まで1日を切ったとあれば、「ほんまにあっとるか? 忘れられてないか?」と怖くもなるが、具体的な日付は決められていなかったのだから、怯えるも何もない。ただ忘れられているだけだ。


「それで、一体何の用で?」

『アルバムの中間発表をしようと思ってね』

「中間発表とな?」

『ほら、色んなところ行って写真撮ったじゃん? まだアルバム全部埋まったわけじゃないけど、途中経過を見せてあげようと思って』

「ほぉ」


 アルバムが見たいかと言われるとそこまでの興味はない。言ってしまうと、スマホのカメラロールにはまだ写真が保存されているからだ。見返そうと思えばいつでもできる。いつまでも残しているわけにはいかないので、役目を果たしたら写真は消すつもりだ。しかし、俺が撮った写真をどれだけ採用されているか、それは少し気になる。


『決まりね。それじゃあ空いてる日、教えてよ』

「空いてる日か……」

『え、もしかして夏休みほとんど予定埋まっちゃってる感じ!?』


 電話越しでも陽菜の狼狽ぶりが伝わってきた。さらに驚かせてしまうことを確信しつつ、次の言葉を放つ。


「いや、一日も予定がない」

『あ、ああ……そういうことぉ……』


 なんとフォローしてやろうかと思考しているのが、語気から伝わってくる。どういう形であれ、「俺、予定ゼロなんだよね」と語ってくる奴に対して返す言葉は俺にもない。


『じゃあさっ、今日は?』

「問題ない」

『ノリがいいね。場所はどこにしよっか』

「そうだな……」


 目的に対して場所が自動で定まっていないケースは今回が初めてだ。言ってしまえば、今回に限り、場所はどこでもいい。

 どこが最適かと考えているうちに、浅沼大史に陽菜と一緒にいるところを見られていたことを思い出す。学校の人間にそれを見られれば、誤解を招いてしまうことは必至だ。となれば、人目につかないところの方がいい。人目につかないところって、どこだ?


「俺の家、とか?」


 我ながら一番ありえない選択肢だと思った。普段外に出なさ過ぎて候補がまるで出てこなかったのが原因だ。すぐに撤回しなければ。


『高瀬くんの家かぁ……高瀬くんがいいなら、そうしようっ! 今から向かうから住所教えてよ』

「え、まじで言ってんの?」

『まじまじ。差し入れは何がいい? アイス? プリン? ゼリー?』


 陽菜は俺の家に来る気満々のようだった。さぞかし素晴らしい代案でなければ、彼女の意思を変えてくれそうにない。もし問題があるようなら近くの図書館にでも場所を移すとしよう。


「わかったよ。それじゃあ……アイスかな」

『おっけーっ! しばし待たれよ!!』


 プツリ、と通話が切れた。

 すぐにメッセージで『住所ヨロ』と追記されたので、位置情報を使って家の場所を教える。その後の返信で、到着まで三十分ほど時間が掛かるとわかった。その間に、家の情報を把握しておこうと自室を出る。


 家の中はあまりに物静かであり、人の気配がない。連日似たような生活を送っているため、父が仕事に、母がパートに出かけているとすぐにわかった。同じく夏休みで暇を持て余しているであろう妹の姿も見つからない。詳細は掴めないが、部活だろうなと決めつけることにした。

 階段を下りてリビングに向かうと、俺の朝食兼昼食として用意されたであろうおにぎりが皿の上でラップにかけられていた。置手紙のようなものを添える母ではない。そういえば腹を空かしていたような、とおにぎりを一つ手に取る。


 おにぎりを片手に家の中を徘徊する。やはり、家の中に人はいなかった。

 約三十分後、石川陽菜が我が家に到着してしまう。高校生の男女が一つ屋根の下で二人きりと言うのは些か不穏だ。

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