第12話 バイト先
エアホッケーで敗北を喫したのち、アミューズメント施設を離れた。
これでお開きかと思われたが、大史の「もう少し付き合えよ」という一言から、放課後は続行する。
歩いていくうちに駅から遠ざかっていき、開けた道路沿いに出ていた。
「あそこだ」
そう言って大史が指さしたのは、ファミレスだった。誰でも知っている、一度は足を運んだことのある有名な看板。駅前にも同じ看板はあった気がするが、何故ここまでやってきたのかは尋ねなかった。それは野暮と言うものだ。多分、駅前は混んでいて利用しづらいとか、そういうことだろう。
「……ファミレスか」
「嫌か?」
「そういうつもりで言ったわけじゃない。ただファミレスに連れてこられるとは思っていなかっただけだ。俺とドリンクバーで乾杯しても楽しくないと思うけどな」
「そんなに卑下しなくてもいいだろ。それに、男同士で語らい合うためだけに連れてきたんじゃない」
「含みのある言い方に聞こえる」
「自分の目で見て確かめるといいさ」
その先は互いに何も話さず、無言のまま目的地を目指した。
ファミレスの敷地に入り、店前のスロープを抜ける。待ち受ける店の扉は手動式で、大史が先を歩いてそれを開けた。
時刻は五時過ぎ。飲食店のピークタイムから外れていることもあり、店内はガラガラだった。明らかに空席の量が目立っている。順番待ち用紙は、最後に赤線を引かれてからだいぶ時間が経っているようだった。
「いらっしゃいませ~……げっ、大史。バ先には来ないで、って言ってるじゃん」
出迎えたホールスタッフがお馴染みの挨拶を言い終えるや、不服げな顔をした。
ウェイトレスの恰好をした石川陽菜。近頃接点があったからすぐに気づけたが、もし今日までの2週間がなければ、いくらクラスで目立つ陽菜であっても、気づくことはなかったかもしれない。
「よっ、陽菜。遊びに来たぜ」
大史は悪びれる様子もなく、挨拶を返す。
「デリカシーなさすぎ。てか、高瀬くんも一緒なの?」
「どうも」
とりあえず会釈をする。
連れられてやってきた俺のことに気づいた陽菜は、意外な組み合わせだと目を細めていた。
「きちゃったからにはしょうがないよね。席は好きなところを使っていいよ。あとのおもてなしは、うちのネコ型ロボットがしてくれるから」
ちょうどよく配膳ロボットが近くを通り抜ける。すっかり慣れてしまったが、どこのファミレスも配膳ロボットを導入して人件費を削減した印象がある。会計もセルフレジへ移行し、ホールスタッフの需要は減ってしまった。いいぞ、その調子だ。早く人類から仕事を奪え。
「あそこにするか」
「ほい」
四人用のボックス席を選んだ大史についていき、向き合うように座る。
慣れた手つきでタブレットを手に取ると、スマホ片手に入力を始める。のぞき見をするつもりではなかったが、クーポン番号を表示しているのが見えてしまった。
「エアホッケーは俺が勝ったのに、結局、とっておきの情報を教えちまったな」
「え?」
俺がエアホッケーに勝利したら、大史はとっておきの情報を教えると言っていた。戦いは大史が勝利したわけで、それを教える義理はなくなった。しかし、すでに教えてしまったかのような口ぶりである。ここまでの道のりを思い出すが、それらしい会話をした記憶はない。
なんのこっちゃと怪訝な顔を見せると、大史はおいおいと肩を落とした。
「陽菜のバイト先だよ。クラスでも知ってる奴、あんまいないんだぜ」
「なるほど。そういうことか」
人によってはとっておきの情報かもしれない。さも当たり前に店へ入ったせいで特別感がなく、大史にとっても普通のことなのかと思ってしまった。
「なんだよ、その顔。随分落ち着いてるな」
「いや、石川のバイト先を知ったところで……」
「お前、まじで陽菜のことなんとも思ってないのか?」
「そんなわけないだろ。ちゃんとすごいなーって思ってるぞ」
「そうじゃねえよ……はぁ、まあいいや」
右手で顔を覆い、ため息をつく。どうやら俺に関する何かを諦められたってことで間違いなさそうだ。それはそれで俺が納得いかない。
「だったら、浅沼は石川のバイト先を知ってどう思うんだよ」
「陽菜の働いている可愛い姿が見られる、ラッキーと思う」
そう言って、フロアのどこかにいる陽菜を探す。陽菜はちょうどバッシングしている最中だった。確かに彼女が働いている姿は新鮮だ。というか、同級生が働いているところを見るのは初めてだ。
大史はそれをとてもありがたいことかのように眺めている。
「お前、彼女いるんじゃなかったのか?」
「それとこれとは別だろ。恋人がいたらアイドルは応援しちゃダメって言うのかよ」
「そこまでは言ってない。でも、アイドルとクラスメイトは違うだろ」
「ま、それはそうだな。実際、あいつの前では口が裂けても言えない」
俺の指摘に対して反論してきたわりに、自覚はあるようだ。本当に陽菜に対して恋愛的な好きが残っているように見える。
「もしかして、石川に近づくために俺を利用してたりするのか?」
ふと浮かんだ疑問。それを止める関所はなく、ぽろりとこぼしてしまう。口にしてから、これは言うべきでなかったなと反省が追いかけてきた。
唐突な俺の問いに、大史は口をすぼめたかと思いきや、すぐに鼻で笑う。
「いや、高瀬に近づいたのは純粋な好奇心だ。陽菜が仲良くしているのを見て、影響を受けたと言えばそうなんだけど」
「そうか」
「無理に信用しろとは言わない。俺がお前でも疑っちまうだろうな」
「俺が石川に好意を寄せている前提で話を進めるのやめろよ」
「違うのか?」
「何度も言わせるな」
「ふぅん、まぁいいけど。あ、とりあえずドリンクバーだけ頼んでおいたわ」
会話を遮るように操作中のタブレットを見せ、注文履歴を確認させる。大史の言う通り、ドリンクバー×2が注文されていた。
「なら二人分、取ってくる。何がいい?」
「お、悪いな。それじゃあ俺はコーラでよろしく」
「了解」
離席し、ドリンクコーナーを探す。座った席の周辺がやけに空いているな、と思ったら、ドリンクバーから結構遠くに位置していたようだ。とは言え、店内が特別広いわけでもないので、移動に時間は掛からない。
グラスを取り出し、適当に氷を放る。頼まれていたコーラを注いでいると、俺もコーラの気分になってきた。
「よっ」
「ん?」
無心でコーラを注いでいたところ、聞き覚えのある声に呼び掛けられる。それが石川陽菜のものであることは一々確認する必要はなかった。声がした方に顔を向けると、すぐ近くまでやってきていた陽菜と目が合う。
「勤務中じゃないのか?」
「今そんなに忙しくないから。少しくらいは問題ないよ」
「へぇ……」
「なんか反応薄くない? ほらほら、ファミレスの制服だぞ~」
自身が着ている制服を軽く伸ばし、その存在を主張する。薄い紅色を基調としたシャツとそれよりも濃い色のパンツスタイル。言ってしまうと普通だ。希少価値を感じさせる何かがあるかとは思えない。
「もしかして似合ってないかな?」
返答に困っていると自信をなくしたのか、不安げに自身の制服姿を見回し出した。
これはよくない流れだ。ひとまずなんでもいいからフォローの言葉を入れる必要がある。
「似合ってないわけじゃないけど、私服の時のインパクトと比べたら特に……」
「え?」
初めは驚いていた陽菜だったが、徐々に意味を察したのか嬉しそうな笑みを見せた。
「それって私服が可愛かったってこと?」
「あ、いや、え、そうなるか……」
したり顔で俺の顔を覗く陽菜に、気恥ずかしさを隠しきれず動揺が言葉に表れてしまう。
「そう? ありがとね。次のコーデも頑張っちゃおうかな。期待していいから」
「しねえよ」
「そう? あ、せっかくだからこの恰好も撮っておいてよ」
「いいのか? バイトテロとか、写真に残すことに関してあまり良いイメージはないんだけど」
「いいよいいよ、SNSにはあげないし。高瀬くんが勝手に撮ったってことにすればいいし」
「おい」
「だとすると、ピースで映るのはよくないね。ちょっと仕事してるフリするから、良い感じに撮って」
顎に手を当て、ひとしきり考えた陽菜はドリンクバー付近の整理を始めた。
「ほらほら撮って」
こちらを見ることなく、シャッターチャンスだと俺に撮影するよう仕向ける。
素早くスマホを取り出し、他の客に気づかれないうちに業務中の陽菜をささっと写真におさめた。これでは逆に悪いことをしているみたいだ。
「撮ったぞ」
「ありがと。どんな感じに撮れた?」
「ほい」
「普通だね」
「普通だな」
スマホを渡し、陽菜が確認を終えるとすぐに返却される。
「おい、飲み物取ってくるためにどんだけ時間かけてんだ」
その時、少し怒った風な大史がやってきた。
「ごめんごめん、私が引き留めちゃった」
俺が言い訳するよりも早く、陽菜はてへぺろと大史に謝ってしまう。
「そう、か。まぁ、別にいいけどな。何してたんだよ?」
「撮影会だよ。ほら」
陽菜は俺の手にあるスマホを指す。電源はつけっぱなしで、撮りたてほやほやの陽菜の制服姿が表示されている。
「ほおん。そうか。道草食ってないで早く戻って来いよ」
大史はそれだけ言って席に戻ろうしたが、返したはずの踵を更に半周させ、こちらに戻ってくる。陽菜には聞こえないくらいの小声で俺に耳打つ。
「その写真、俺にもくれ」
「ああ、まぁ」
返事を待つことなく、大史は去ってしまう。陽菜に許可を取らず渡すのは如何なものかと思うが、バレなきゃええか。
俺もいつまでもここにいるわけにはいかないと、グラスにドリンクを注ぎ切る。
去り際に陽菜に呼び止められる。
「あ、高瀬くん。夏休みもよろしくね」
「ああ、まぁ」
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