第11話 バッティング
ヘルメットの内側に備え付けられているスポンジは通気性が悪く、すぐに熱気がこもる。被り心地がいいとはお世辞にも言えなかった。
打席に立ち、バットを構え直す。
画面に映し出された投手は一糸乱れぬ綺麗なフォームを見せる。右腕が振り切られた直後、ほんの少し、わずかに遅れて白球が放たれる。
100㎞/hのストレートのみ。変化球は来ない。
大きく振りかぶり、タイミングを合わせてバットを振るう。
イメージではそのままフルスイングするのだが、ミートを狙ってバットの軌道をスイング中に修正する。そのせいで勢いが落ち、当たっても金属バットの最低保証分くらいしか飛ばない。これではボテボテの内野ゴロだ。
次こそはホームランと言わずとも、クリーンヒットくらいは飛ばしたい。ネットの上部につけられた雑なホームランの的を見て、「こんなん余裕だぜ」と思っていた俺はもういない。
再度投球がオーバーハンドスローから放たれる。
流れてくる球は完全に同じコースではない。ボール球こそ来ないが、毎回少しずつズレている。故にヤマを張ることはできず、自身の眼で球を捉えなければならない。
バットを長く持ち、引き付けるようにして振るう。球を芯で捉えた感覚に合わせて振り切った。
ボールは金属音と共に右に流れて飛んでいき、ネットに突き刺さる。ホームランの的からは遠く離れているが、今日1番のクリーンヒットだった。
そしてこれでちょうどクレジット切れ。投手は投げてほしければ金を入れな、と立ち尽くしている。
「ふぅ……」
小さく息を吐き、ヘルメットを外す。バッティングに集中しすぎて被り心地の悪さを忘れていた。蒸れる髪から熱気を追いやるように首を振って髪を揺らした。
「やるじゃねえか! こいつは球技大会も期待できるな」
フェンスの向こうで大史が嬉しそうにしている。球技大会は秋にクラス対抗で行われる。その種目が野球なのだ。まったく役に立たない奴が仲間にいるよりも、出塁してくれる確率が少しでもある方が球技大会ガチ勢的には嬉しいのだろう。ちなみに大史はバスケ部で、野球に縁もゆかりもない。なのに130km/hを悠々と打ち返していた。運動できる奴は門外漢であっても、スポーツという括りならそつなくこなせてしまう。別に悔しくない。
バットをスタンドに戻し、ヘルメットを片付ける。ドアノブを回し、頑丈な出入り口から通路に出た。
バッティングセンターというか、アミューズメント施設の一部だが、訪れるのは初めてだった。悪くない。そこまで高くないし、また来てもいい。
「フォームもいいし、高瀬、お前本当は運動神経いいだろ」
「普通だ。ずっと運動してないし、部活動で鍛えている奴らには敵う気がしない」
意外に思われるのは当然のことだ。普段、保体の授業では積極性に欠けるし、なるべくチームのお荷物になるよう心掛けている。その方が何かと都合がいいからだ。帰宅部とアスリートを比べてはならない。
「勿体ねえな」
大史はそう言って何気なく笑う。
友達宣言をしてきた放課後、大史は部活が休みになったからと言って俺を遊びに誘ってきた。言われるがままにやってきたのがアミューズメント施設の一角にあるバッティングセンターだ。
こうして放課後に誰かと遊びに出向いたのは、随分と久しぶりに感じる。しょっちゅうはごめんだが、時折ならこういうのも良いものだ。
「いいんだよ。俺は」
疲弊した俺はすぐ近くのベンチに腰を掛ける。座った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。
「なんだ、張り合いねえな。高瀬は勝負事に興味ないのか?」
「勝ち負けに執着すると醜くなるからごめんだ」
「なんじゃそりゃ」
大史は理解できないと首を傾げる。
「勝ち負けで一喜一憂するのが嫌なんだよ」
「一喜一憂するのはみんな同じだろ。何がいけないんだ?」
「悪いことだとは言ってない」
「負けるのが怖いってわけか」
「……」
「図星か」
「中らずと雖も遠からずだ」
そんな極端な話ではない。勝ち負けが決まれば、それは必ず影響をもたらす。優劣が決まるのだ。それで人間関係に変化が生まれる。場合によっては悪い方向に進んでしまうことだってある。ならば、ずっと有耶無耶にしてしまえばいい。
敗北によって自分の立場が悪くなる、というのもそこに含まれているとすれば、大史が言った負けるのが怖いと言うのはあながち間違いではないと言うことだ。
「そいつはクールだな」
「そうかよ」
「でも俺は、お前の本気が見てみたい。少しは腹割ってくれてもいいんじゃねえか?」
「なんだ藪から棒に」
「エアホッケーで勝負だ。負けた方の奢りってことで」
今時、どこのゲーセンにもエアホッケーの台が置かれている。二人で遊技するには200円ほど掛かるので、負けた方がその支払いを請け負うわけだ。
負けても失うものは少ない。逆に言えば、勝っても得られるのは勝利という名誉だけだ。エアホッケーの勝敗が、俺の危惧する何かに直結するとは思えないので、受けて立つことに問題はない。
「俺にメリットがないだろ」
「何言ってんだ。損得勘定で友達やってられるかよ」
何気なく言った大史の言葉に、感動してしまう。それが本心かどうかはわからない。でも、その言葉が出てくる浅沼大史という人間は本当に良い奴なのだろう。
「とは言ったが、もし俺に勝てたら、とっておきの情報を教えてやらんでもない」
「なんだよそれ。まぁいい。その勝負、受けてやるよ」
エアホッケーなら、身体能力の差で勝負がつくとは思えない。一時期は速さに憧れていた俺だ。ゲームで鍛えた反応速度、見せてやるぜ。
――大敗した。
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