第7話 ひまわり
見渡す限り、視界一面に広がるひまわり畑……とまでは行かずとも、周囲一帯を覆うひまわりに圧倒された。
ひまわりの花はすべて同じ東を向いている。ひまわりの成長は太陽の光が影響するようで、日の出に合わせて東を向いて太陽を出待ちしているとのこと。この一説には補足があり、若いうちは太陽の動きに合わせて追いかけているようで、ひまわりがひまわり然としていないうちは東固定ではない。やがて成熟していくにつれて東を向いたままになる。ちなみに花を向けているというよりは茎を傾けているイメージらしい。
園内のひまわりは全盛期と言っていい見事な具合だった。
いくつかの区画に分かれて配置され、来客をもてなしている。一面をびっしりと埋め尽くすのも絶景と思われるが、人が通る道を用意することで様々な体験をすることができてこれはこれでよい。
ひまわり目当てで訪れている人が多い。陽菜と似たような考えなのだろうか、スマホを片手に行われるプチ撮影会があちらこちらで行われている。
当の陽菜も早く撮影会に臨みたいと高揚を隠しきれずにいた。
それにしても暑い。ひまわりが上手いこと日陰を作ってくれているみたいなので、撮影に乗じて陽ざしを避けられたら幸いだ。と思って挑んだ撮影。なんとカメラマンは被写体と距離を取る都合上、日陰に入ることができませんでした。
「大丈夫? 暑いよね? 休む?」
俺の心情を察したのか、陽菜は不安げに問いかけてくる。暑い暑くないの二択なら暑いと答えるが、大丈夫かそうでないかという話なら返事は大丈夫だ。首筋で汗が滲むくらいがちょうどいい。
「心配ない」
「ほんとに?」
眉間にしわを寄せ、懐疑の目を向ける。陽菜の中ではあくまで付き合ってもらっているという認識なのだろう。必要以上に心配してしまうのは当然なのかもしれない。なんなら俺は対価をもらっていない。バイトを雇用する店長と違って、業務だからと我慢してもらうわけにはいかないのだ。いや、アルバイトでもそんな扱いはするべきでないのだが。
「休むべき時はちゃんと休むから」
「高瀬くんがそういうなら……」
自分のことは考えているという旨を示したことで、陽菜は渋々引き下がる。
直後、カメラが捉える彼女の表情は不満げであったが、徐々に砕けていき、いつも通りに戻っていった。
笑顔、ピース、ひまわりと横並び。あらゆるパターンを撮っていく。
「あ、忘れてた」
突然何かを思い出した陽菜は自身のトートバックに引っかけていた麦わら帽子を被った。結構目立つところにあったわりに、俺も今の今まで存在に気づいていなかった。
「ひまわりと言えば、麦わら帽子だよね~」
ワンピースとの組み合わせもあり、麦わら帽子が彼女の可愛らしさを引き立てている。陽菜ほどの女子ならば、自分を上手く魅せる方法を熟知していても不思議なことではない。
すっかり海賊のイメージがついてしまった麦わら帽子だが、メジャーな認識は夏の風物詩だ。幼稚園の頃に歌わされた夏曲の多くは麦わら帽子がどうとか言っていた気がする。数年前はマリーゴールドみょんか。何年前の話してんだよ。何年前だ?
ひまわりに並んだ麦わら帽子の少女は、どこか儚くて幻想的だ。こんなに眩しくて華やかとしているのに。これがどこぞの恋愛小説なら、陽菜の余命は半年で、終わりの時を迎えるまでにたくさんの思い出を残している最中、みたいな展開に違いない。
勝手なイメージを振り払い、カメラマンとしての仕事に従事する。
「こんなもんか」
あらかた撮った後、フォルダを開いて陽菜に渡す。普段スマホのカメラを使っていないので、直近の写真は石川陽菜で埋まっている。勿論共有はしているが、紛失されたら一大事というわけで、アルバムが完成するまでは消さないつもりでいる。
「どれどれ……」
依頼人である陽菜のチェックが入る。大量の写真を1枚1枚吟味し、問題がないかを確かめていく。すべての写真を使うわけではないが、逆に言うとどれだけ使うかまで設定されていない。物足りないと感じれば、追加で撮る必要がある。
熱心に写真を確認する。細かいところまで見ているらしく、ただ眺めるのでなく拡大も怠らない。修学旅行の写真販売で気になる人のベストショットを1枚吟味する男子学生を見ているようだ。自分が写っていない写真を複数枚も買うわけにはいかないからな。仮にバレても間違って購入用紙に記入してしまったと言い訳ができるように1枚までに抑えなければならない。なんなら自分の写真はすべてカモフラージュのために買っていると言っても過言ではない。我ながらキモすぎる発想でワロタ。
「はい。よく撮れてると思う。ありがとね」
「おう。あとで送っとく」
物思いにふけているうちにチェックを終えたらしく、礼と共にスマホが返還された。撮った写真はトークルームに貼り付けて共有する。この先も写真を撮るだろうし、逐一送信していたら面倒なので、あとでまとめてやってしまったほうがいい。
「せっかくだし、もう少しひまわり見ていいか?」
「え、うん。そうしよっか」
意外とでも言いたげな顔をしたが、すぐに朗らかな表情になり、俺の申し出を受け入れた。SNSに撮った写真を上げるためにスイーツを購入するが、あくまでそれは素材でしかなく、食べるのはついでないしは食べない。みたいな話を耳にしたことがある。それに乗っ取ると陽菜はひまわりと写真を撮りに来たのであって、ひまわり自体に興味がない。多分、意外に思われたのは、俺がひまわりに興味を持っているという事実についてだろう。
ひまわりに近づき、まじまじと見つめる。ひまわりと言えば、黄色い花びらと大量の種の印象が強く、視界が捉えるのは花とすぐ下にある2枚の葉くらいだ。意識すると根元まで目を向けられるが、気を抜くと横へスライドするように流し見して、どいつもこいつも同じ顔してんな、という感想に終わってしまう。ちなみに下まで見たところで大した感想は出てこない。よく細い茎でデカい頭を支えているな、とか面白いくらい綺麗に順序だって枝分かれしているなくらいのものだ。
これ以上何かを思うことはないだろう、とひまわり鑑賞に区切りをつける。周囲を見回し、陽菜の姿を探す。そこまで離れていなかったらしく、すぐに見つけることができた。一瞬、陽菜が俺に気づいて自身の後ろに何かを隠したように見えたが、なんだろうか。気になりはするが、知る必要があるかと問われるとそうでもないかとすぐに諦めがついた。
「どう、お気に入りのひまわり見つかった?」
駆け寄ってきた陽菜の第一声はそれだった。ペットショップに来たわけじゃないんですけどね。
「違いがわからなかった。そもそも大した数を見れてない」
「そっか。私はアレ!」
「一緒に写真撮った仲ってだけだろ」
陽菜が指さしたのは素材として利用した一本のひまわりだった。
「『だけ』って愛着もあるし、戦友だし!」
「それを全部ひっくるめて『だけ』って言ったんだけどな」
「そんな言葉で片づけられるほど、私たちの関係は希薄じゃないって。ちゃんと色々見て、あの子って決めたんだから。あれだよあれ、ひとめぼれ」
ほんと? 他の人とポジションが被らないところを選んだんじゃないの? という疑念を呑み込み、ほぉっと感心する顔を作る。
「嘘つけ、って顔に出てるよ!」
「え? まじ?」
普段人とコミュニケーションを取っていない分、アドリブに慣れてなく表情を隠すのが下手だったか。どんまい。
「やっぱり思ってたんじゃん」
「騙したな」
その口ぶりだと、カマをかけていたようだ。無鉄砲ではなく、細かな機微を読み取ったりしたのだろうが。
「まぁ、でも思ってたのは事実だしな」
「開き直った~!!」
「なに? 謝ればいいの?」
「むき~!!」
色々と弁えたうえでの憤慨を見せる。それが本当に怒っていないやり取り上の怒りであることは見て取れる。端的に表現するならば、あざといという奴だ。無論、その姿は控えめに言って可愛かった。
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