第6話 噴水


 またしても週末がやってきた。

 授業を受ける平日の五日間は土日と比べれば、とても長くて憂鬱な時間だ。それはきっと俺だけが感じていることではないだろう。きっと教壇に立って授業をしている教員たちも朝は自宅のベッドで「行きたくないよ~」と嘆いているはずだ。

 そんな平日があっという間に感じたのは、週末に予定を控えていたからなのかもしれない。


 電車を乗り継ぎ、東京を横断する。

 土日くらい家で寝てろよ、と悪態付きたくなるほどに車両内は人で溢れていて、窮屈だ。俺もそのうちの一人なのだが。ずっと立ちっぱなしで心なしか腰が痛くなってきた。

 閑散とした車両に暖かな陽ざしが射し込む光景を期待していたのに。


 中央線のホームから長いエスカレーターを下り、東京駅構内を大きく移動する。目当ては京葉線だ。道中には動く歩道が設置されている。それくらいには歩かされる距離と言える。

 東京にある身近な動く歩道と言えば、京葉線への乗り換えの道のりとサンシャイン池袋に通じている地下連絡路の二つだ。二人一組で報道ごっこをするのは定番の遊びだが、生憎と俺にはそれをする相手がいない。今日も今日とて陽菜とは現地集合である。

 京葉線、つまり舞浜方面。舞浜方面と言えば、かの有名なテーマパークだ。写真を撮るには絶好のスポットと言える。勿論、目的地はそこじゃない。石川陽菜とは、テーマパークで待ち時間を楽しく過ごせる仲ではないし、高校生にとってあそこの入場料は馬鹿にならない。月々のお小遣いだけでやりくりしている俺には到底無理だ。


 乗り継ぐ最後の電車に乗り込む。

 すでに電車は駅のホームに到着していて、出発の時間を待っていただけのことはあり、席は埋まっていた。

 発車時刻を待っていると、知っている顔の女子が現れる。向こうがこちらの存在に気づくまでのタイムラグはほとんどなく、驚いたと言わんばかりの顔をしてやってきた。


「おはよっ。まさか同じ電車とは、奇遇だね!」


 パステルカラーのチェック柄ワンピースを纏った石川陽菜はいつもの調子で話しかけてくる。

 これで陽菜の私服を見るのは二度目になる。前回のストリートチックな格好とは打って変わって女の子らしさが増した。これというこだわりがないのか、ただなんでも着こなしてしまうのか。

 服装に合わせて鞄もリュックからトートバックになっている。


「目的地、集合時間も同じとあれば、言うほど奇遇じゃないと思うけど」


 できる限りの低い声を出し、平静を装って答えた。普通に陽菜と会うのは緊張するからだ。二回目だからと言って心も体も早々慣れてくれない。


「ロマンチックじゃない返答だね」

「俺にロマンチックさを求められても困る。そういうキャラじゃないし」

「じゃあどういうキャラなのさ」

「人が苦しんでるのを見て、ほくそ笑んでるキャラ」

「感じ悪っ! 今すぐキャラ転向したほうがいいよ。……って、言うのは冗談で、高瀬くんは人を楽しませてくれるキャラだよね」

「そうか……?」


 嬉し半分、恥ずかし半分で陽菜の言葉を受け止め切れない。思わず人差し指で頬を掻いてしまう。一応、上手いこと会話を繋げられるような投球を心掛けているつもりなので、そこを評価されるとありがたいと思う。


「高瀬くんと話すの楽しいもん。話の落としどころを狙ってくれるからね。素で変なこと言ってる時もあるけど」


 不意な一言に動揺しているうちに、扉が閉まり、電車が動き出す。

 おや? 俺は常々気を付けているつもりなのだが、素で変なことを言っていると思われている瞬間があるだと。


 俺たちの会話が少々目立ってしまうくらいには静かだった車両内が、走行音で騒々しくなる。さっきまでのようにボソボソと話しかけても彼女の耳に届くことはないだろう。

 そこからは自然と会話が減った。だからと言って、互いにスマホを取り出してにらめっこを始めるわけでもなく、何でもない時間が流れた。

 陽菜は体重を預けるように吊革につかまっている。時折俺の顔を見て、何気なく微笑む。それがたまらなく魅力的で、目を逸らしてしまう。勘違いしてしまうからやめてほしい。あと心臓に悪い。


 自分に平常であることを要求しているうちに電車は目的地の葛西臨海公園駅へ到着した。大勢の乗客と共に電車を降りる。ICカードの残高に顔をしかめつつ改札を抜け、階段を下る。

 駅の入り口前には大きな噴水があり、その先に葛西臨海公園が待ち受けている。写真で見たことある展望レストハウス「クリスタルビュー」が遠くに見えて、やってきたという実感を得る。

 ちなみに葛西臨海公園は園内の入場料が無料であり、財布に優しい。すでに交通費だけでガリガリと削られてはいるんですが。


「着いたね! 早速1枚お願いしてもいい?」


 返事を待たず、噴水の前にポジションを取った陽菜は、「ほれほれ、撮りなはれ」と言わんばかりに両手でピースして激写を煽る。

 夢の国にも、ユニバーサルなスタジオにも噴水があり、その前で写真を撮るのはお決まりの行動だ。ここには地球儀みたいなシンボルないけど。


 俺は相変わらず首からぶら下がっているフィルムカメラに手を付けず、スマホのカメラ機能で陽菜をフレームに収める。今更、そのことでとやかく言うようなことはしない。スマホ以外のカメラを持っていながら、スマホを使っている奇妙な光景を当たり前のように受け入れている。

 撮影を終えると、これでいいかと撮ったばかりの画像を見せる。


「これでいいか?」

「ありがと、バッチリ! 高瀬くんも撮る?」

「俺はいい」

「そんなこと言わないでさ、はいチーズ」


 スマホのインカメを構えた陽菜は、ずいっと俺に近づいてパシャリと鳴らした。カメラが残した一瞬は、瞬く間にフォルダへ保存されて、残像のように画面から消えて通常のカメラモードへ戻る。

 何も構えていない俺のアホ面が捉えられた、という認識はできたが、キメ顔を作る暇はなかった。


「あははっ、高瀬くんきょどってる!」

「当たり前だろ。準備してなかったんだから」


 どういう意図で笑っているのか、それは定かでないが、なんだか小馬鹿にされているような気がしてムッとした態度を取ってしまう。準備が間に合ったからと言って、最高の1枚を提供できるかと言われたらそうではないざんすけどね。これ如何に。撮られ慣れしてなさすぎる。


「ごめんごめん。これはこれで可愛いよ?」

「さいですか」


 やめて! 異性慣れしてない男子は女子に「可愛い」って言われるとドギマギしちゃうから。言葉に気を付けろ????


「それで、どこから回るんだ? 石川はひまわりと写真が撮りたいんだったよな」

「そうそう、今回の目的はひまわり! 東京で手軽にひまわりと触れ合えるのはここだけなんだから」


 滾ってきたと拳を握っている。なぜ東京を横断してまで葛西臨海公園まで来たかと言うと、陽菜のひまわりと写真を撮りたいという願望故だ。話によると3万本のひまわりが植えられていて壮観とのこと。


「早速目的を果たしにいくか」

「れっつごー!!」


 幸い空は青く晴れ渡り、雲一つ見つからない。クリアすぎる。まさしく快晴。

 ただちょっとですね、陽ざしが痛い。太陽はしゃぎすぎだろ。

 などと耽っているうちに陽菜は先陣を切り、いつものように俺を置いていく。こっちの太陽も元気なようです。

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