第9話

 私は死神に手を引かれ連れていかれたのはどこかの酒場という場所だった。平民は集まってお酒を飲みながら会話を楽しむのは聞いたことがあるけれど、初めて見たわ。


 酒を酌み交わす様子が私にはとても新鮮に映った。平民達は楽しそうにエールを飲み、話し声や笑い声が様々な所から聞こえてきてとても楽しそうだ。


「マノア、あそこを見てごらんよ。ほらっ。ノーラがいる」


 死神は楽しそうにふわふわと浮き上がり指で示している。そこには大きな口を開けて笑うノーラがいた。その後すぐにノーラの後ろの席に座ったのはアラン。一緒に座らない所を見るとノーラの様子を見ているのかしら?


「キャハハハ。楽しいわっ。私もあと少しで伯爵夫人よ!私に感謝しなさいっ」

「流石伯爵夫人!計画通りだな」

「そうねっ。あの女はもうすぐ死ぬわっ」


 毒を飲ませたのはやはりノーラなのね。自分の口から私を殺す計画を楽しそうに話している。ノーラの言葉に私はショックを受けた。


この人は人を殺す事に躊躇いがない。


 アラン達はノーラの言葉を聞いて怒っているように見えた。その事が少し、ほんの少しだけど嬉しくなる自分がいる。そして解毒剤が効かない理由も知ってしまった。でも、私にはどうする事も出来ない。ただ見ているだけ。周りに伝える事が出来ないもどかしさで一杯になる。


 その間にノーラ達はアランの執事と護衛に捕縛されて王宮へと向かったわ。


「ハハハッ。彼女のあの顔!お腹が痛い。どうする?一緒に王宮へ向かうかい?」

「うん」


 死神は上機嫌でアラン達の乗る馬車の天井に乗り鼻歌を歌っている。もちろん私は死神の横でちょこんと座っている。

 


 アラン達は王宮に着くと事情を説明し、騎士にノーラを引き渡しているわ。


「死神さん、彼女は死罪になる?」

「いいや?リストには載っていないね」

「そう」


 彼女は侯爵令嬢に毒を盛った事は罪になるけれど、私は死んでいないのだから死罪にはならないのね。

 騎士の話を聞いてアランは急いで私の家に向かっていった。残された執事は今まであった事を詳細に説明し、ノーラが今後どうなるのか話を聞いている。


 その後、ノーラと男は牢へ移された。ノーラは一応男爵位なので貴族牢へ入った。男はやはり平民だったようで地下牢へ送られた。


「マノア、疲れたかい?また薄くなってきた。少し寝ないとね」


死神はそう言って私の額に手を当てようとした時、私は死神にお願いした。


「まだ眠りたくないわ。ノーラが何を言うのか、どうなるのか気になるの。知りたいの」


死神はうーんと考えたふりをした後、にっこりと笑って答えた。


「じゃぁ、ノーラが尋問される時に起こしてあげる。君がこのまま消えるのは僕としても悲しいからさ」

「死神さん、絶対起こしてね」

「あぁ、分かったよ」


そう答えた後、私はすぐに眠りに落ちた。





 次に目が覚めると死神は神妙な顔つきで私を見ていた。


「どうしたの?死神さん」

「……マノア。もう長くはないかもしれない。見てごらん手を」


 そう言われて手を見ると、眠りに就く前と変わらないほど透けていた。私はもう、長くないのね。現実を何処か諦めに似た感情で受け入れている自分がいる。


「さぁ、後悔しないように行こうか。見届けるんだろう?」

「ええ。お願い、死神さん」

「任せて!」


 死神はパチンと指を鳴らすと一瞬で景色が切り替わった。ノーラは後ろ手に縛られたまま膝を突いている。ノーラの視線の先には王妃様と騎士がいるわ。どこか部屋の一室なのかしら。私は城に舞踏会で訪れた事がある程度なので何の部屋なのかさっぱり分からない。


死神はというと、ノーラの姿を見てまたケタケタとお腹を抱えて笑い始めた。


「死神さん、何がそんなに可笑しいの?」

「マノア、よく見てごらんよ。ノーラは涙を流して辛そうな顔をしているだろう?まるで悲劇のヒロインのようだ。騎士団長に引き渡された時はあれほど悪態を吐いていたのにね。

僕はさ、人の不幸や妬みを糧にしているんだ。担当した人間が不幸であればあるほど、憎しみや妬みなんかの負の感情が強ければ強いほど僕の力も強くなる」

「私は死神さんの糧になっている?」

「残念ながら君からは不安や絶望という感情はあるけれど、君自身が不幸だと思っていないし、あまり糧にはなっていないかな。でもさ、君の周りは違うだろう?

目の前にいる彼女からは恨みや妬みからくる嫉妬。人を騙しても構わないという傲慢さ。君への苛立ちや嫌悪感、優越感。負の感情のみが渦巻いている。

君を担当して正解だったね。君を通して彼女から膨大なエネルギーが送り込まれてくる。珍しい事なんだよ?だから今君が死ぬのは僕としては悲しいかな」


なんとも死神らしいと言えばそうなのかもしれない。彼なりに私を慰めているのだろうか。振り切った答えがなんだか笑えてくる。


「ふふっ。だとしたら嬉しいわ」


不思議と気持ちが楽になった気がするわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る