帝国建国の英雄と呼ばれた男の半生〜亜種族への葛藤〜

移季 流実

第1話 人族と亜種族


 俺は亜種族が嫌いだった。心の底から憎かったさ。


 だから心底身震いしたものだ。自身に亜種族___鬼族___の血が流れていると知った時には。


 


  *


 村長の息子。俺の義理の家族にあたる。


「おいライト、お前またそうやって1人で槍を振ってんのかよ?」


 奴は俺より歳が十ほど上。将来父親の跡を継ぎこの海沿いの村___シャトラント村の村長となることが確約されている。


「……そうだ、俺はこんなところで無意味に生涯を終えるつもりはない。亜種族共が掻き立てているこの戦争を終わらせてやる」


 無論引き取られた村長の下で単にただ飯食いをしているわけではない。村来る交易商を隣村まで護衛したり、早朝と深夜には一度ずつ村の巡回をしたりしている。


「こんなところだと? そうかよ、お前は育ての親でこの村の村長である俺の親父を侮辱するのか? そこまでの恥知らずだとは思っていなかったぜ」


「村長には感謝しているさ。母が死に身寄りがなくなった俺を引き取ってくれたんだからな」


 俺は物心ついた時から村長の養子だった。


「俺の母は、身籠っているときに殲獣から受けた傷が原因で死んだんだ。亜種族共がけしかけた戦争で悪化し続ける治安のせいでな。どうだ? 俺が殲獣を憎み、大陸戦争へ向かうのがそんなに不思議か?」


 突如現れ世界を壊し人々を殺し回った怪物を人々は、殲滅の獣 “殲獣” と呼んだ。


 世界各地でおよそ五十年前から目撃証言が相次ぎ、今や人々の生活に当たり前に存在するようになった。


 殲獣の登場によりかつて世界の九割を占めていたという人族は急激にその数を減らした。


 長耳族、小人族、鬼族、吸血鬼族、獣族……かつては世界のごく一部の地域で繁栄した人族の亜種族が急激に勢力を広げた。


 理由は不明だが、殲獣が現れてからそれぞれの亜種族が持っていた固有の能力や特性が強化されたことも、その原因であった。


 殲獣に手を取り合って立ち向かっていたはずの各種族は、やがてその力を掌握した気になり、その力を誇示するかのように、互いに研究した殲獣の力を利用して戦争を起こした。

 

 つまり、亜種族と殲獣のせいで俺の母は死んだのである。


「だからってよォ……そんなに朝から晩まで槍振り回したって、亜種族には勝てねェぜ? 知ってるだろう? 奴らの能力は殲獣が現れてから格段に向上して伝承の比じゃないんだ」


「そんなことはない。俺はこの前、村を襲って来た獣族の残党を追い払った」


 奴は中々去らなかった。いつもならば二言三言だけ吐き捨てて帰るはずだった。


「この岩場は潮風で寒いから嫌いなんじゃなかったのか?」

 

「まぁそう言うなよ。これでも俺はお前が羨ましいんだ。最近では、戦争や殲獣狩りのために旅立つ若者は“冒険者”なんて呼ばれて持て囃されているらしいぜ」


「俺は冒険をしに行くつもりはない。戦争を終わらせに行くんだ」


「戦争はもう十年は続いてるんだぜ。お前が言っても何もできるものか」


 奴はそう言い捨ててようやく村に帰っていった。


 俺はいつも通りに朝から晩まで鍛錬した。


 気を抜くわけにはいかなかった。


 俺が戦場へ向かい旅立つと決めている日は、齢十七となる明日だ。

 

 俺は明日、村を出て戦場へと旅立つ。


  * 


 早朝。村の端の最も海に近い場所にある村長の家には、岩場ほどではないが冷たい空気が流れる。


「……そんな大荷物背負ってどこへ行くんだ?」


 奴は家を出ようとした俺の前に立ち塞がった。


「珍しく早起きなんだな。俺は今日から戦場へと向かう。邪魔をするな」


「邪魔なんざするかよ。……村の連中に何も言わずに去るつもりなのか?」


「お前以外には言ってあるさ。早朝の巡回のときに会う数人にはな。おそらく既に村の大半が知っている」


「な、なに……何も聞いていないが……そうか」


 いつもは飄々として軽い言動をするこの男だが、どこか戸惑った様子を見せた。


 ようやく自分が嫌われていることにでも気がついたのだろうか。


「思えばお前とは長い時間を過ごした。いくら村の嫌われ者といえども家族というべき存在だ。確かに別れの挨拶くらいしておくべきだったか」


「おぅ……まぁそうだ。分かればいい」


 俺が差し出した手を、奴は強く握った。いつも浮浪して隣町まで遊び歩いている癖に案外握力がある。


「……死ぬなよライト。生きてこの村に帰ってこい」


「当然だ。俺は戦争を終わらせ、帰還する」


 俺はこうして故郷の村を旅出た。


  *


 戦場への旅の道中。


 数多の殲獣を狩った。

 幻獣型の殲獣“ドラゴン”三体を。

 猪型の殲獣を無数に。

 大河の鰐型、そして幻獣型の“水虎”を。


 最も苦戦したのは蒼龍。蒼い、稀種のドラゴン。

 吐く蒼い炎は熱く、翼は天に馴染み


 俺が戦場に辿り着く頃には、俺は蒼龍狩りとして名を馳せていた。


 当時は珍しかったのだ。殲獣狩りを成す人族が。ましてや蒼龍狩りなど、あり得ない話とされた。



  *


 人族の王国の都の一つ。

 俺は都シュタットに辿り着いた。


 シュタットの近隣の村を未明に発ち早朝に人族大陸軍本部の門を叩いた。


「人族大陸軍に志願いたします。入軍試験を願い出ます」


「……本当にいいのか? 圧倒的な人口を持っているにもかかわらず、もはや人族は亜種族に負けていると言っていい。……将軍の私が言うことではないかもしれないがね」


「将軍が、このような場所で志願者の応対をなさるのですか?」


「人族は軍の形すら保てていない。かつて程の緻密な階級制は維持できていないのさ」


 戦争が始まったおよそ十年前。亜種族達の仕掛けた戦争を人族はその多大な人口で嬉々として迎え撃った。……はずであった。


 人族は亜種族を見下していた。種族固有の能力や特性に胡座をかき古典的で非現実の世界に住み着く愚者であると。


 その認識はすぐに覆されることになる。

 ただでさえも殲獣の登場から増していた亜種族達の能力、特性。

 殲獣の魔法じみた力を、その身体を利用して行使する“魔術”と呼ばれる新たな技術。


 胡座をかいていたのは人族の方であった。殲獣が現れたことで混乱する世界で、人口の多さに託けてかつての制度を維持することで手一杯であるとし改革を避けていた。


 各種族は続々と人族に戦争を仕掛け、いまや十年、戦乱は続き、人族の降伏は目前であった。


「……深刻な状況なのはよくわかりました。しかし、俺の意思は変わりません。

 たとえ……降伏するにしても、人族の意地を、反抗を見せつけなくてはなりません」


「君が、それを成せると?」


「その通りです」


「君が一体何者だというんだね?」


「俺はシャトラント村のライト。蒼龍狩りが噂になっているかと」

 

 そこから、機能していないというのは本当らしく、入軍試験すら省かれ俺は戦地に送られた。


 


  *



「似ている……アーサーに……」


 鬼族の戦地で言われた言葉である。


 四方八方から金属音が鳴り響く中、女は俺を遠くから見据えてゆっくりと近づいてきた。


 緑の髪に赤い瞳をした女だった。

 体躯に見合わぬ金棒を振り回していた。


 角(つの)は一本。近年生まれ出したという、元来は二本の角をもつ鬼族の、殲獣でいう稀種的存在だ。


「ははっ、わかったぞ。確かあいつは戦争が始まる十年ほど前に人族の女と駆け落ちた。行方知らずのままだが、まさか子を成していたとは」


「俺に親はいない。……まして亜種族の親など……。その口を閉じてもらうぞ」


 母は死んだ。父は知らないが、俺には人族と亜種族が結ばれるなど考えられなかった。


「私も古い記憶だからな。兄アーサーは私が5つにも満たない頃、家を飛び出した。人族の女と駆け落ちてな。我が家はそのせいで酷く迫害されたものだ……。まぁ私の一本角のこともあったがな」


「口を閉じろと言った」


「ふふッ……!槍使いか、いいな珍しい……!」


 女は俺の槍を金棒で軽々いなした。

 

 ただの槍ではない。旅の途中狩った蒼龍の牙で作られた槍だ。


「アーサーはどうした!? 死んだのか!?」


「俺に親はいない!」


「そうか捨てられたか! ……哀れね、戦争の直前に人族と鬼族に子か」


 絶え間なく攻撃しているにも関わらず、女は喋る口を止めなかった。


「っと……今のは危なかったね。流石に鬼族の混血だかあって油断ならん……!」


 女の金棒の攻撃は重かった。槍が乱れた。


 心当たりが無いわけではなかった。


 人より強い力。飲んでも酔わない酒。


 しかし。


「……俺は人族の村で生まれ、人族の村で育った……! 角だって生えていない……。 俺は人族だ!」


「それがどうした、鬼族の血を引いているのは事実だろう!」


 女は、俺の槍を避け後ろに大きく飛び退いた。


「私はアリア。あなたの、叔母に当たるのかな」


 俺は息が続かず膝をついた。猛攻の末、女に一撃も加えられず避けられた。


 怒りで槍が乱れていたのもあるかもしれない。


「また会おう。アーサーの忘れ形見」


 そしてその女は戦場に似つかわしくない緑の長髪をなびかせ、走り去った。他の兵達の戦いで舞う土埃で見失う。


 速く、とても追いつけそうになかった。


 村で言われた言葉が頭を過ぎる。


『亜種族相手にお前が行って何が変わるんだ』


「……クソっ!!!」


 戦地の喧騒の中、岩に当たった槍の音が響いた。


 俺は受け入れられなかった。何もかもを。

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