第2話 人類最後の希望

 今から八年前の出来事だ。日本の全国各地に、突如として鬼が現れた。これらの鬼は、古くからの伝説や神話に登場する存在とは異なり、実際に人間を喰らい、さらには他種族の鬼をも喰らいながら進化していった。その姿は恐ろしいもので、彼らの出現は瞬く間に社会に大きな混乱をもたらした。人々は恐怖におののき、日常生活は一変した。日本政府はこの危機的状況に対処するため、全世界に救援を要請したが、残念ながら人類の兵器では鬼に傷一つつけることができなかった。銃弾やミサイルは、彼らの頑強な肉体に対して無力であり、戦闘機や戦車も効果を発揮することはなかった。人々は絶望し、街は荒廃し、かつての平和な日常は遠い過去のものとなってしまった。


 そんな中、鬼を研究していた第一人者の鬼道アユムは、鬼の死体から「鬼素因子きそいんし」を発見し、一筋の希望の光を見いだした。この発見は、鬼の生態や進化のメカニズムを解明するための重要な手がかりとなり、彼はこの因子を利用して人類の反撃の糸口を探ることを決意した。人体実験を繰り返すこと数百回、ようやく完成した鬼素因子を周囲の反対を押し切り、自らの息子に投与した。こうして完成したのが「鬼人」のプロトタイプだった。鬼人は、鬼の力を持ちながらも人間の知性を保つ存在であり、鬼を殺せるのは鬼人だけであり、彼らは人類の希望の象徴となった。鬼道は、鬼人の力を最大限に生かすために、鬼人で構成した組織「鬼華」を結成した。この組織は、鬼との戦いに特化した部隊であり、彼らの力を借りて人類の生存をかけた戦いを繰り広げていった。鬼華のメンバーは、鬼人としての能力を持つ者たちで構成され、彼らは鬼との戦闘において圧倒的な力を発揮した。


 鬼華の活動は、次第に人々の希望となり、彼らの存在は恐怖の象徴である鬼に対抗するための最後の砦となった。鬼華のメンバーは、特訓を重ね、鬼の特性や弱点を徹底的に研究し、戦術を練り上げていった。彼らは、鬼との戦闘において数々の勝利を収め、少しずつではあるが人類の反撃の兆しを見せ始めた。


 そして、今日も一人の若者が鬼華の門をたたいた。青年の名は天城ユウ。彼の年齢は十八歳だった。ユウは、鬼の脅威にさらされる日常の中で生き延びるために、鬼人になることを決意した。鬼華の一員になれば、衣食住が保障され、家族がいる者は鬼華の保護下に置かれることになっていた。しかし、リスクはあった。適性のない者は鬼素因子を投与されても鬼人にはなれなかった。失敗すれば、彼自身が新たな鬼となってしまう可能性もあった。


 ユウは大きな部屋に通された。部屋の中は頑丈な壁に覆われ、壁には爪で引っ掻いた跡や血痕が残っていた。ユウの中で吐き気が込み上げた。目の前の光景は、彼にとって耐え難いものであり、恐怖が心を締め付けた。彼は自分が今、どれほど危険な選択をしようとしているのかを実感していた。モニター越しに鬼道がユウに声をかけた。


『天城ユウくん、気分はどうですか?』


 ユウは体の震えを隠しながら、小さく首を振った。彼の心の中には不安と期待が交錯していた。鬼人になることができれば、彼は鬼との戦いに立ち向かう力を手に入れることができる。しかし、その一方で、失敗すれば自らが鬼となり、恐ろしい存在になってしまう可能性もあるのだ。


『台座に横たわり、右手を装置にセットしてリラックスしてください』


 鬼道の指示に従い、ユウは己を鼓舞するように小さく頷いた。台座に横たわり、右手を装置にセットし、目を閉じて深呼吸をした。彼の心臓は激しく鼓動し、緊張感が全身を包み込む。鬼道は緊張しているユウを力強く励ました。


『安心してください。必ず成功します』


 ユウは鬼道の言葉を信じ、今まで一度も祈ったことのない神に祈った。彼に信仰心はない。しかし、今はすがるものがほしかった。装置が音を立てて右手を固定し、彼の体内に鬼素因子が投与された。


「がっ!」


 全身を駆け巡る激痛にユウは呻き声を上げ、身じろぎをした。額の左右の皮を突き破り、黒いツノが生え、全身の筋肉が隆起した。見ている者はこの十秒にも満たない時間を緊張した面持ちで見守った。


 ユウは激痛に耐え、全身汗まみれになりながら、ぐったりしていた。彼の身体は変化し、鬼にならなかった。ここに新たな鬼人が生まれたのであった。彼は鬼華の一員として、鬼との戦いに身を投じることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼喰い @kinogi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ