夏の終わりの線香花火 1人台本(不問1)
サイ
第1話
なに、秋かい?
いやいや、まだ来ないよ。まだ夏が去ってないからね。
夏は去り際に涙を流すんだ。空から、こう、ぽたっとね。
そうさ、あんな底無しの明るさを持つ暑苦しい夏でも、去り際には寂しくなって、涙を流すんだよ。
もう十分すぎるぐらい居座っていたはずなのにな。
だから、俺たちが動き出すのはもう少し先だ。せいぜい、力を溜めておくことだな。
最近、ちょっと涼しくなってきたな。
そろそろ、彼がやってくるかもしれないぞ。
…ああ、彼ってのはな。夏の妖精を連れてくるニンゲンのことだ。
そのニンゲンはな、夏の終わりになると河原に必ずやってくるんだ。水がたくさん入った大きな器を持ち、夏の妖精を連れて。
ニンゲンは、夏の妖精になぁ…、
…おっと!これはホンモノを見てのお楽しみにしよう。
いや、実は俺もホンモノを見たことはないんだ。なにせ、最初で最後の秋だからな。
この話はカエルたちが話していたのをこっそり聞いたんだ。
…怖かったよ、もちろん!カエルに見つかれば食われるかもしれないしさ。
でも俺だって、秋が待ち遠しいんだよ。だから秋がいつ来るか知りたかったのさ。
いつ秋が来てもいいように、もう羽の使い方はしっかりマスターした。
あとは、夏がサヨナラするのを待つだけだ。
今から秋が楽しみだな!
やぁ、彼が来たね。
そうさ、彼が件(くだん)のニンゲンだよ。ほら、大きな器を持っているだろう。
今から手に持っているあの長細いものに火をつけて、夏の妖精を呼び寄せるんだ。
ニンゲンは最初、夏の妖精を光るススキに変化させるんだ。ほら、見てな。
…おぉ!!
見ろ、あれが光るススキだ!金色に光ってる!
なんて美しい…わぁ、色が変わった!赤いススキになったぞ!
百聞は一見にしかずとは言うが…夏の妖精がこんなに美しいものだったとは。
あぁすごい…これが夏の輝きか…。わっ、次は緑色に…すごい、ほんとうにすごいな…!
見ろよ、まるで星が降って来るみたいだ!光の粒が、あんなに…!
きっと、夏の妖精の、命の輝きなんだな、これは!!
なんか…今まで夏って、俺たちがただ過ごしにくいだけの、勝手の悪い時期だと思っていたが…。
この輝きを見ると、夏って捨てたもんじゃないなって思えるな。
いや、秋が来てくれないと俺たちは繁殖できないし、困るんだけど…。
…待て。
…ってことは、終わってしまうのか?
もう、夏が。
あんなに煩わしいと思っていたのに…?
…あぁ、ススキが消えた。
ススキが消えたら、いよいよ…最後だ。
最後の一本は、夏の妖精の最後の輝き。
去り際に残す、光の涙だ。
…なんだろう、さっきの輝きを見て、きっと最後はもっと美しいんだろうなって思って…早く見たいって気持ちもあるんだけど。
…まだ、夏が終わらないでほしいって思う気持ちもある。
秋に生きる虫が、夏を好きになるなんて…変な話だな。
…あ、光った!!
光が、だんだん膨らんで、
微かな音と共に、光が弾けて、
弾けて、
弾けて、
弾けて、
…あ、雫。
…真っ暗になっちゃったな。
夏は、いっちまった。
これから、長い夜をすごすことになるわけだな。
夏の終わりの線香花火 1人台本(不問1) サイ @tailed-tit
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