最終話 約束と未来

 父さんに迎えに来て貰い、コンビニに寄って家に帰ってきた。

 乃愛を庭で待たせ、準備を終えて彼女の元へ向かう。


「お待たせ、乃愛」

「いえ、待ってませんから大丈夫ですよ。それで、最後にしたい事って何でしょうか? ……というか、バケツを何に使うんですか?」

「これの火消しに使うんだよ」


 乃愛に見せたのは、コンビニで買ってから一切見せなかった花火だ。

 全く予想していなかったのか、乃愛が蒼と黄金の瞳を大きく見せる。


「祭りは祭りで楽しめたけど、二人きりで何かしたいなって思ったんだ」

「ふふ、ありがとうございます。教仁さん達は?」

「もう寝たよ。後始末はちゃんとしてくれってさ」


 大学生になったのだからと、その辺は完全に任せてくれた。

 だからこそ、今からは何の遠慮も無い恋人としての時間だ。


「それで、どうだ?」

「勿論、一緒にしましょう。こういう花火、初めてなんですよ」

「そっか。じゃあ楽しむか」

「はい!」


 父さんから借りた道具で、二人の花火に火を点ける。

 蛍光色の火が暗くなった庭を照らした。


「わぁ……。凄いです! 二人きりで花火が出来るとは思いませんでした!」

「マンションだと絶対出来ないからなぁ」


 最近は色々と厳しく、公園ですら出来ない所があるらしい。

 けれど十分なスペースがある家の庭なら、何も気にしなくて良い。

 勿論、火事にならないよう気を付ける必要はあるが。


「ふふっ。くるくる~」


 余程花火が出来て嬉しいのか、乃愛が花火を持って体を回す。

 満面の笑みは、花火に負けない程に輝いていた。

 その後は色々と花火を楽しむが、コンビニで買ったものだ。あっという間に最後になる。

 残しておいた線香花火に火を点け、乃愛と身を寄せ合う。


「「……」」


 先程まではしゃいでいた乃愛も、今は黙っていた。

 ジッと線香花火を見る蒼と黄金の瞳は、寂寥を帯びている。


「なあ乃愛。祭りの会場で不安だから約束しようって言ってただろ?」

「は、はい」


 いきなり話し掛けられて、乃愛がびくりと体を震わせた。

 そのせいで線香花火が落ちてしまったので、新しい花火を持たせて火を点ける。けれど、それも後二本で終わりだ。

 緊張で手に持つ線香花火が震えてしまう中、ゆっくりと口を開く。


「乃愛が十八歳になったら、結婚しよう」

「え……」


 呆けたような顔で乃愛が俺を見た。俺も乃愛に視線を移したので、同時に線香花火が落ちる。

 滑らかな頬に手を触れさせ、ゆっくりと撫でた。


「俺は乃愛を絶対に置いて行かない。乃愛も俺を置いて行かない。年齢が違くても、俺らはずっと一緒だ」

「せな、さん……」


 小さな唇が、何か言いたそうに震える。

 けれど何も言葉を発せず、蒼と黄金の瞳は今にも涙を零してしまいそうな程に潤んでいた。

 何も指摘せず線香花火を手渡せば、乃愛がおずおずと持った。

 最後の二つが、俺と乃愛の手の先で火を放つ。


「どれだけ言葉で想いを伝えても、約束しても俺達の不安は消えない。でも何もしないのは、何も言わないのは嫌だったんだ。……こんな理由でのプロポーズは、駄目か?」


 中学生と付き合い、手を出したのだ。もうとっくに犯罪者なのだから、求婚しても俺の罪状が増えるだけでしかない。

 そんな増えた罪状で、乃愛の心の中にある不安が少しでも晴れてくれるなら俺は満足だ。

 小さく笑みながら尋ねれば、乃愛がゆっくりと口を開く。

 

「駄目じゃ、ない、です」

「なら改めて。好きだ――いや、愛してる、乃愛。十八歳になったら結婚してくれ」


 ちらりと乃愛を見つつ、線香花火を重ねた。

 二つの火は、大きな一つの火となって俺と乃愛の間に佇む。

 暫くそれを眺めていたら、重さに耐え切れなくなったのか音もなく地面に落ちた。

 真っ暗闇の中、蒼と黄金の瞳だけが輝いて見える。


「はい。……はい! 私も好きです! 大好きです! 愛してます、瀬凪さん!」


 先程までの花火の美しさが霞むほどの笑顔を浮かべ、乃愛が抱き着いてきたのだった。









「ん……」


 ゆっくりと目を開けて腕の中を見る。

 最愛の人が、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 頬を擽るように撫でれば、長い睫毛に覆われた蒼と黄金の瞳が露わになる。


「うん……。瀬凪……?」

「おはよう、乃愛。起こしちゃったか?」

「だい、じょぶぅ……。ふわぁぁぁ……」


 大きく欠伸をしつつ、俺の体から離れて伸びをする乃愛。

 あれから約六年経ったが、彼女の外見は殆ど変化しなかった。

 小柄な体型に雪のように白い肌。そして外見不相応の大きさのもの。

 どれ程一緒に居ても、体を重ねても、飽きる事などない。

 今日も見惚れていると、乃愛が近くのテーブルに手を伸ばして銀色の輪を掴んだ。

 一つを自分の左手薬指に、一つを俺の手の同じ場所に嵌め、彼女はにんまりと笑む。


「じろじろ見てどうしたの? たくなっちゃった?」

「ちょっとな。にしても、乃愛って全然変わらないよな」

「瀬凪専用だからいいんですー。瀬凪だって私じゃないと満足出来ない癖にー」

「大正解だ」


 ぷくりと頬を膨らませた乃愛を、思い切り抱き締めた。

 彼女は全く抵抗する事無く俺の腕に収まる。


「今日、昔の夢を見たんだ。乃愛と知り合った頃くらいのな」

「懐かしいなぁ……。瀬凪に置いてかれそうで、不安だったっけ」


 蒼と黄金の瞳を細め、乃愛が小さく笑う。

 あっという間に一緒に過ごすようになり、あっという間に付き合った。

 あの時は犯罪だったが、今は堂々と乃愛の彼氏として振舞える。

 乃愛の外見があの頃とあまり変わらないので、外でデートしていると偶に変な目で見られるのだが。


「ここまで来ると、六歳差なんて大した事ないって思うよね」

「今は大学生と社会人だからな。そりゃあ違うだろ」

「そうなんだよねぇ。ま、あれもあれで良い思い出だよ」

「だな。乃愛の押しの強さは六年経っても変わってないけど」

「ふふ、そうだよー」


 乃愛が唇の端を緩め、俺を押し倒した。

 外見不相応のものが揺れる素晴らしい眺めに、ごくりと喉が鳴る。


「そうやって私を煽った瀬凪の今日の予定は?」

「今さっき、乃愛といちゃつく予定に決まった」

「じゃあ、たっぷりないとね?」


 唇と唇を合わせ、お互いの肌に指を這わせる。

 愛しい妻との幸せな時間は、これからも続いていく。

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大学生活の為に上京して一年後。恋人に振られたらオッドアイの中学生との生活が始まりました。 ひるねこ @hirunekonekone

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