普通を求めて
次の日。僕はいつもと同じように足を動かした。
よし、誰もいない。
教室に入るなり、自分の席に座って本を読む。僕としては、朝1番に読書をすることがとても気持ちがいい。まだ何にも支配されていない心を羽ばたかせられるのだ。
今日はライトノベルを読んだ。主人公とヒロインが協力して、次々と巻き込まれる困難に、彼らの力で立ち向かうという作品だ。この作品は、少しのギャグ要素が入っているにもかかわらず、細かな描写がわかりやすく描かれている。
気持ちを弾ませて読んでいると、視界の端で黒い人が横切った。もう生徒が来てしまったか。僕は気にせずに本を読み続ける。しかし、黒い人は僕の前で動きが止まった。僕に用事があるというのか。
目線を上げると、目の前にはるさんの顔があった。僕の頭の中で、ヒヨコがピヨピヨと回っている。彼女は僕の様子を見たのか、顔の位置を元に戻した。
「おはよう、ふみくん。何の本読んでるの?」
どんな本を読んでいるのか気になったのか。
しおりを挟んで、表紙を彼女に見せる。水彩画で描かれた美しいグラデーションに浮かび上がる、明朝体の文字。目線を表紙から彼女に動かすと、彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
「すごい、きれい」
心からの声だと聴いただけでわかる。はるさんがここまで気持ちを表すとは、思っていなかった。
昼休み。いつものように週2の図書室めぐりをした。はるさんと一緒に帰った日に借りた本を返しに来た。
僕の隣に彼女はいない。よし、それでいい。
最近、彼女は様々な人と関わっている。仲がよさそうにお話をしており、時折僕に見せる笑顔が、彼女らしい。だから、僕ははるさんに邪魔をしないよう、椅子に座っていつも通り本を読み漁っている。
僕は、いつも1人だ。いや、1人が生きやすいのだ。本という架空の世界に体を預けて、現実から姿を消す。この結果をもたらしたのは、僕のせいでもあるのだ。
けれども、この行動をはるさんにさせるわけにはいかない。彼女には、これからもっとクラスの人と仲良くなってもらって、僕が自然と離れられたらいい。こんな僕と付き合っていたら、大人まで仲良くできる、心からの友達なんか見つけられやしない。
本に羅列されている文章を読みつつ、頭の片隅でそんな考え事をしていた。これから、彼女と離れた方が、僕にとっても?いや、はるさんにとって、よい結果をもたらす。だから、自然と姿を消すようにしよう。
結局、最終下校のチャイムが鳴るまで本を読んでいたが、どんな内容だったか覚えていない。
校舎を出ると、外は曇り空だった。なんだか、雨が降りそうな天気だった。
次の日から僕は、『はるさんから離れる大作戦』を決行した。机が近いため、授業中のグループワークはどうしても同じ班になってしまうが、それ以外では関わらないようにした。
朝教室に入り、誰もいないことを確認して、荷物だけおいて図書室に向かった。はるさんは僕の次くらいに学校に着くように登校している。だから、すぐに教室を出て、なるべく顔を合わせない階段を選んで図書室に向かった。
ほぼ毎朝、僕たちは席に着くなり、お気に入りの本の話をしていた。これがオススメだとか、この文庫で出される本が面白いだとか。
そんなことを話していると、時々嫌な目線を感じる。彼女は気にしていないという風に話を続けるが、たまに彼らの方向に目を動かす。結構顔に出やすいタイプのなのかもしれない。
そんな1つのことが、彼女のこれからの学校生活に影響が出ることは、どうしても避けたい。
また考えながら歩いていたので、ポンッとつかんでいた文庫本を落としてしまった。腰を曲げて拾い上げ、昇降口の方を確認する。よかった、まだはるさんは来ていないみたいだ。
いつものように歩いたが、足を動かすスピードは速かった。
『はるさんから離れる大作戦』を実行して、はや1週間。向こうも何かを察したのか、こちらに話しかける素振りはなくなった。たまにこちらに振り返っては、彼女の友達と思われる人と話をしている。
僕の存在がまだ抹消されていないのは予定内だが、早く彼女の頭の中からふみくんという呼び方が消えておいて欲しい。
しかし、最近どうも何かがおかしい。教室にいると、やはり彼女のことを確認していしまうし、家に帰るとむしゃくしゃした気持ちに襲われる。
委員会の集まりが終わり、僕は教室にとぼとぼと戻った。今日一日中の疲れと、謎の気持ちが、僕の足をコントロールする。荷物を置きっぱなしにした机にむかい、あることに気づいた。僕の席で、彼女がまたあのノートを読んでいたのだ。
「あ、やっときた」
向こうからの話を無視して、ノートと机の端にかけていたリュックを肩にかけながら、教室をあとにする。僕は空気、僕は空気。僕は空気。
「ねぇ」
後ろから、彼女の声とは思えない声が聞こえる。そこには、彼女しかいないことは分かっているのに、分かっているのに。後ろを振り向いてしまった。
目を伏せている姿が見えると思ったら、彼女は僕に目線を合わせた。互いの瞳が、涙で満たされている。
え。いや、僕、なにか…。
「なんで」
「え」
今にも消えそうな彼女の声。先ほどとは打って変わった違う声色だった。
「なんで、話して、くれないの」
その言葉の後に、彼女のノートが僕に投げられた。
「うわっ」
慌ててキャッチをする。が
「ねぇ、なんでっ、なん、でっ」
彼女の通学カバンから、次々と教科書やらノートやら筆記用具やらが出され、僕に投げつけられる。
両手にもう何も抱えられるものが無くなったい状態の時、彼女はバックに伸びていた手をひっこめた。互いに息がゼ―ハ―している。
僕ははるさんがここまで乱暴的になるとは考えてもいなかった。床に落ちたノートたちを拾い上げ、それを近くにあった机に積み上げた。
「ちょっと落ち着いて」
落ち着かせようと手の平を床に向けてゆっくり上下に動かす。
「落ち着いていられると思ってるのっ!?」
彼女の瞳が大きく開いた。もう呼吸は落ち着ているはずなのに、まだ彼女の肩は上下していた。もしかして、あんまり体力ない感じ…?
「帰りながら…話をしようか…」
彼女の怒りの琴線に触れないように、僕は声をひっそりと出した。はるさんは顔を膨らませながら、静かにうなずいた。
僕が僕であるために ふわふわくまは、いつも妄想をしている @0510kumahuwahuwakuma
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