過去に乗り換え
友達なんて、いらない。私がそう感じたのは、去年に起きたある出来事だった。そして、友達を作らないと心に決めた。そのはずなのに。私は友達を作っている。それも異性と。
図書室で少し話し合ったあと、互いに新しい本を借りた。ふみくんは、この前受賞されたばかりの小説と、人間関係に関する新書。私はというと、ふみくんのオスメリストに載っていた小説を借りた。
その後、最終下校時刻まで2人で本を読んでいた。
『ピンポンパンパーン。最終下校時刻に近づきました。まだ校内に残っている学生は、片付けをして帰ってください。ピンポンパンパーン』
不思議な音が前後に流れたが、ふみくんは自然にふるまっていたので、私も気にしないことにした。すると、隣でパタンと、本を閉じる音が聞こえる。私は自然とふみくんの方向に顔を向ける。
「もうそんな時間か。僕たちもそろそろ帰らないとね」
彼は少し微笑んで、私に話しかけてくれる。
「うん、そうだね」
私も本を閉じ、通学バッグにしまう。チャックを引いて、しっかり閉じたことを確認し、肩にバッグをかけた。
彼も同様に借りた本たちをリュックにしまった。その様子をじっくりと見つめていたら、ふみくんはすっくと席から立ち上がり、私の目の前に手を差し出した。
「あの、もう暗いから、一緒にかえりませんか…?」
ふみくんの目は、私を見てはいなかった。多分、照れているのだろう。
私はふみくんのお誘いを受け取り、そのまま二人で帰路に就いた。
「ふみくんがオススメしてくれた本、半分まで読んだけど、面白かった」
彼は急には話かけられて、眉毛をピクッと動かす。どうやら、私が最初に話題を振ったのに驚いたらしい。私の言葉に続けて、ふみくんは表情を和らげた。
「よかった。実は、オススメリストに入れた本、全部高校生向けでまとめてたんだ。ひょっとしたら難しかったかもって思ってたけど、はるさんを信じて正解だったね」
話終わると、彼はまた前を向いた。横顔を見ることが出来る特等席に私は立っているが、私も彼に合わせて前を向いた。
「信じてくれてうれしい。まだ友達になって1日しか経ってないのに、私のことよくわかってくれてる」
「そ、そうかな」
ふみくんは、こちらをチラリと見て、目線を戻す。
次は何の話を始めようか考えていると、今度は彼から投げかけられた。
「はるさんは、普段どんな本を読んでる?」
「えっとね…」
それから2人で話を続け、ふと気が付いた時には駅に着いていた。ふみくんと私は、どうやら別方向らしく、学校の最寄り駅でお別れとなった。
「それじゃあ、今日はお誘いありがとう」
「私こそ、ふみくんが付き合ってくれて、うれしかった。ありがとう。じゃあ、それじゃあ」
短い挨拶を交わし、それぞれ別方向に歩みを進める。足を動かすたびに、言いたい言葉が心の中で生まれる。今度は、それをはるくんと話し合おう。そして、いつか私のことも話したい。
駅内で、僕とはるさんはそれぞれ分かれた。最近、こんな時間を過ごしたことが無かったからか、心がふわふわ浮いている。いつもの軽い足取り以上に軽く感じられた。この気持ちも、彼女に共有しないといけないな。
長いエスカレーターを上り、ホームまで着くと、そこにはまだ電車がついていなかった。帰りの定位置に移動し、あと2分で来る電車を待つ。
ブレイブが足を揺らし、僕はポケットからスマホを取り出した。ホーム画面を開くと、はるさんのアイコンと共に、『前向いて!』というメッセージが送られてきた。ゆっくりと前を振り向くと、そこには控えめにこちらに手を振る彼女の姿があった。僕も控えめに振り返す。それがよっぽどうれしかったのか、彼女はさらに大きく手を振った。はっきりとは見えないけれど、彼女の顔には、笑顔が浮かんでいると感じ取れた。
僕もさらに振り返そうとした瞬間、電車のプォーンと言う音と共に、僕の頬に風を感じた。一瞬で、電車が目の前に現れる。まったく見えなくなってしまい、僕はまたスマホを見る。いつもと同じように、慣れない手つきで文字を打つ。
『ごめん、振り返せなかった』
既読がすぐにつき、返信も帰ってくる。
『仕方ないよね』
その言葉に続いて涙を浮かべる、ウサギのスタンプが送られてきた。そのスタンプがなんというか。クラスの人から見れば、彼女が使いそうにないスタンプで、それを見て1人で吹き出してしまう。
向こうから送られてきたスタンプで終わらせたくないので、僕も何とも言えないスタンプを送った。それは、みなさんのご想像にお任せしよう。
『このスタンプ、面白いね』
僕がスタンプを送ってすぐに、またメッセージが返ってきた。ここまでくると、はるさんはスマホ異常症の人並みに、キーボードを打ち込むのが早いとわかってしまう。また、彼女の意外な1面を知った。
すると、ホームでプロロロロ…とブザーが鳴った。スマホの時間を見ると、先ほど来た電車が出発する合図だったのだ。足を動かして、何とか電車に乗り込む。閉まっていない方の扉の窓から、先ほどよりも彼女の姿がはっきり見えた。
手を振り返そうとしたが、それと同時に彼女の近くに誰かがやってきた。はるさんよりも10センチほど背が大きい男の人だった。制服から見て、僕たちと同じ学校の生徒だとわかる。
彼女はその人を見るなり、顔をほころばせ、楽しそうに話を始めている。ゆっくりと動きだす電車の中で、彼女が口に手を当てて笑っている姿を見送った。
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