転入生

「さて、今日の連絡は終わり。ここで、転入生を紹介する」

 僕の後ろの席に座っていた彼女が立ち上がる。よく物語上では、廊下から転入生が教室に入ってきて、黒板に名前を書き、クラスの前で自己紹介をする流れが一般的だ。しかし、これも僕の経験上、そんなことを経験したことはない。もちろん、転入生が来ることも珍しいともいえる。

霧里きりさと 遥嘉はるかと申します。短い間ですが、よろしくお願いします」

 みんなの視線が集まる中、彼女は礼儀正しい自己紹介をした。最後に、きれいなお辞儀をする。

 クラス内で拍手が起こり、普通に朝のHRは終わった。

 1時間目の準備をしながら、チラリと彼女の姿を見る。まずは女子たちがはるさんに話しかけている。

「霧里さん、すっごい髪きれいだねー。何か手入れしているの?」

 明らかにスカートを折っているとみられる女子が質問をした。はるさんはすぐに質問を返す。

「毎晩リンスをして、髪にダメージを与えないようにしています」

 僕が初めてはるさんと話した時と同じ口調だと思った。しかし、彼女の様子を見てどこかおかしいことに気づく。僕と話したときには、どこか微笑みのある表情だったが、今はその姿が見られない。凛として、何一つ自分を揺るがさない顔だった。なぜか起こっているようにも見える。

 それには触れずに、僕は前を向いた。そろそろ、授業が始まる。


「霧里、だっけ?あの有名な会社の跡継ぎって言われているんだよね」

 昼休み、彼女にそんなことを質問している男子がいた。最初からその話口調はやめとけよ。

「それが、何ですか?」

 そっぽを向いて、気にしていないふりで聞いていたが、後ろから聞こえる声で反応してしまう。少し辛辣な言い方だ。

「あ、あぁ。本当にお嬢様がこの世に存在しているだなぁって確認したくて、さ」

 1番最初に話しかけた男子は少しちぢこまり、もう1人が話を続ける。どんな人にもお構いなしというような口調で、はるさんは言葉を投げた。

「そもそも、私以外にももっとお嬢様はこの世の中に存在しており、そんなお嬢様はこんな学校にボディーガード誰一人雇わずに通いません。それに、私でお嬢様を確認しないでもらえますか。周りの人から、違う反応をされるのが嫌なので」

 この長文を約1分もかけずに、早口で男子たちに攻撃をする。これがいつものはるさん、なのか…?

 はるさんの周辺でうろうろしている男子たちに、正直僕も鬱陶しく感じられる。仕方ない、ここはひとつ、言ってやるか。僕は体を後ろに動かして、言葉を投げる。

「おい、霧里さんが困るから、これ以上のことは触れないようにしろよ」

 2人の男子は、俺の意外な言動に驚き、そそくさとはるさんの周りを去った。その状況を見届けたあと、僕はまた椅子に座りなおす。

「あの」

 やっぱり、彼女の声が聞こえる。

 僕は前を向いたまま、彼女と言葉を交わす。

「先ほどはありがとうございます」

「いいや。たいしたことしていないよ」

 それからまた無言になった。これが一番過ごしやすい。多分彼女も、教室では僕と関わりたくないのだろう。

 すると、トントンと肩を叩かれた。はるさんだと気づき、後ろを振り向く。

 無言で渡されたのは、一枚の紙だった。紙を受け取り、ひざ元で読む。

 『今日、図書室で会いましょう』


 帰りのHRが終わり、僕は帰る人達の流れに乗って、階段を下りた。中学2年生のフロアで、流れから脱出する。右を曲がって、まっすぐ突き当り。木製の枠にガラスが埋め込まれている扉を押し、中に入る。初めてはるさんと会った場所で、僕は待った。

 すると、1分もしないうちに、扉が開く音がする。その方向に目をやると、そこにはもちろんはるさんがいた。

「待たせてしまってごめんなさい」

「いや、本当にさっき来たところだから」

 はるさんの近くにある席を引き、座るよう促した。最初はしぶしぶ嫌がっていたが、僕の無言のアピールで座ってもらうことに成功した。僕も続けて隣の席に座る。

「さて、本題に移ろう。はるさんは、なぜ僕にお誘いを?」

 彼女は学生カバンを膝の上に置き、話を始める。

「話したい事があって」

 目をキョロキョロ動かしながら、何か言いたげだ。

 彼女が何を言いたいのか考えているうちに、あることを思い出す。本のオススメリストを渡さなければ…!

「僕も話したいことじゃないけど、渡したいものがあって」

 リュックからクリアファイルを取り出し、その中に入っているリストを手渡した。はるさんはそれを見て、目をキラキラ輝かせる。

「もう作ってくれたの…!?いそがしいのに、ありがとう!」

 リストから目を外して僕に感謝の言葉を述べ、また目線をリストに戻す。本当に本が、好きなんだなぁ。心の中でホッとした安心感に満たされる。彼女の好みに合った本がありますように。

 ハッと我に返ったはるさんは、僕が書いたリストを大事そうにしまった。

「本当にありがとう。実は、真剣に話したいことがあって」

 彼女は僕に視線を合わせ、背筋をピンと立てる。さきほどまでわくわくしていた表情は、いつの間にか暗い顔に変化をした。僕も真剣になって、髪の毛を耳にかける。

「今日、あの男の子たちから助けてくれたよね。ふみくんに行ってなかったんだけど、あの男の子たちが言った通り、私は親の会社の跡継ぎ任されているの」

 話終わった後、彼女は唇をきゅっと結ぶ。何かそれで辛い思いをしたのだろう。僕は普段通りに話をつづけた。

「そっか。それで、僕に頼み事?もしかして、普通の友達のように接してほしい、とか?」

 彼女は僕の言葉にビクッと反応を示す。そんなことだと思った。

「そ、そうなんですけど、ダメ、ですか…?」

 はるさんの声のトーンからわかる。答えを怖がっているんだ。いずれにせよ、これはキッパリと話を終わらせるべきだ。息をしっかり吸って、言葉に乗せる。

「僕は、はるさんは友達だと考えている。そう思うのは、悪い?」

 彼女はうつむいていた顔を上げた。目を少しうるませながら、こちらを見る。

「ううん。そう思って、欲しい。いつも通り、接してほしい」

 言葉の後半から、すこしかすれた声になっている。鼻をすする小さな音が、段々と大きな音になっていく。彼女は再び下を向き、目線を落とす。すると、彼女のバッグに涙が落ちた。それは、雫が水面で落ちるようなものだった。

 僕は慌てて姿勢を元に戻し、彼女に謝ってしまった。

「あっ、ご、ごめんっ!」

 僕は、泣いているはるさんの姿を見ることが出来なかった。きっと、見てほしくないだろうと、思ったから。

 すると、前から小さな笑い声が聞こえてくる。視線をおずおずと上げると、はるさんは口の前に手を当てて、クスクス笑っていた。

「ふみくんって、女の子に、弱いなぁ」

 笑いが止まらず、首を別方向に動かし、さらにクスクス笑うはるさん。僕は一瞬むっとしてしまったが、べつの感情が胸に沸いていた。

 はるさんが笑ってくれて、うれしい。

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