珈琲15杯目 (21)推理戦争終結――腫れ物の扱い方
「……あー、報告ありがとう。引き続き、誘拐犯の捜索に全力を尽くしてくれ」
ふたたび沈黙が流れる中、シェンクルトン隊長が、どうにか声を絞り出し、部下に退出を命じられました。
そして室内に静寂が戻りますと、空気は一層重苦しいものとなりました。
皆様、リュライア様にどのようにお声がけすべきか、真剣に悩んでおられるようでございます。
「叔母様、元気出してよ」
わたくしよりも先に、クラウ様が激励のお言葉をかけられました。どうやら腫れ物を見ると、ぴしりと指で弾かずにはいられないご様子です――特にその腫れ物が、リュライア様のものである場合は。
「自信満々の推理が大ハズレだったのは、仕方ないと思う。きっとお昼の後、ずっと珈琲飲んでなかったから、調子が悪かったんだ! ほら、僕の胸で泣いていいよ」
「お嬢さん、そのへんで勘弁してやれ」
ゼルベーラ隊長が、やさしくクラウ様をたしなめました。さすが警務隊隊長、腫れ物を見ると、まず苦痛の緩和を試みられるようでございます。
「リュラの推理は、いい線いっていたと思う。負け犬の中では最強、という奴さ」
どうやら隊長は、腫れ物を治すには焼きゴテを患部に押し当てるのが一番、というお考えの持ち主のようでございました。
一方リュライア様は、無言のままぐったりとうなだれておられ、心優しい姪御様と親友に恵まれたご感想を、その表情からうかがうことはかないません。
「私の部下が、気の利かん頃合いで邪魔してすまなかったね」
シェンクルトン隊長が、巧みに腫れ物から話題をそらされました。「ではいよいよ、ファルさんの推理を聞かせていただこうか」
皆様の視線を――リュライア様の死んだタラのような目からのものも含め――受けたわたくしは、かしこまりましたと応じて、背筋を伸ばしました。
「その前にひとつ、シェンクルトン隊長にお尋ねしたいことがございます」
「どうぞ」隊長は、おだやかに促されました。
「警務隊は、法を守り、帝国市民の生命財産を守るための組織でございますね?」
「そのとおりです」
「では仮に、軽微な過ちを犯した人間を裁くことが、当人やその家族、関係者に著しい不利益をもたらすような場合は、いかがでしょうか。あくまで法の遵守を優先いたしますか? それとも……」
「警務隊の立場からすれば、法を守らずともよい、とは言えませんぞ」
シェンクルトン隊長は、峻厳ともいえる口調で告げられてから、急に表情を和らげました。
「しかし、
シェンクルトン隊長が意味ありげに口の端を緩めると、隣に立つゼルベーラ隊長も、にやりと応じられました。
「お答えいただき、ありがとうございました。それでは、わたくしのつたない推理を申し上げます」
わたくしがそう告げますと、皆様の視線が一斉にこちらを向きました。
「最初にお伝えしておきますと、わたくしの推理は、リュライア様の推理とまったく同じでございます――ある一点を除いて」
リュライア様の目に、生気が宿りました。クラウ様は、何故か露骨に落胆の表情を浮かべておいでです。
「誘拐がロットラン氏の自演であること。執事と共謀し、棺に入って魔術審議会別館に侵入したこと。こうした点はリュライア様のお見立てと同じでして、例の六つの謎のうち、何故子供でなく大人を誘拐したか、どうやって別館に侵入したのか、何故誘拐犯は捕まらないのかについては、リュライア様の結論が正しいと考えます」
ご主人様は、わたくしにお体を寄せられて、満足のため息を漏らされます。そのお隣でクラウ様が羨望のまなざしを向けられておりますが、しかし主従の意見が分かれるのはここからでございます。
「ところでリュライア様は、六つの謎を解く鍵として、『いるべきはずの人間が一人いない』ことと、『あるべき物が一つ足りない』ことを挙げられました。前者につきましては、先ほどリュライア様がおっしゃられたとおりかと存じますが、後者につきましては、わたくしは『二つ』足りないものがあると考えました」
「執事の拘束具だけではなく?」
ゼルベーラ隊長が、鋭く切り返されます。
「はい。そちらも自演説の裏付けとなる証拠でございますが、もう一つ重要なものが――この事件の発端となる重要なものが――見当たりませんでした。そのことが、わたくしの推理を大きく飛躍せしめたのでございます」
わたくしが言葉を切りますと、皆様は一様に考え込み始めました。
「『事件の発端』ということは……」
わたくしの腕にしなだれかかっておられたリュライア様が、はっとお顔を上げられました。
「もしやお前は、ロットラン氏の目的が、皆の推理と違うものだと考えているのか?」
「はい」
やはりリュライア様は鋭い感覚をお持ちでいらっしゃいます。もう少しだけ注意深く観察されておられれば、不審な点に気付かれて、わたくしと同じ結論に至ったはずでございますのに……。
「ほう」シェンクルトン隊長が、興味深そうに身を乗り出されました。
「我々警務隊は、誘拐犯の目的は身代金だと考えていた。一方魔導士の皆様は、魔導具が目的と考えておられたが……どちらとも異なる、と?」
「おそらくは、そのとおりかと」わたくしは控えめにうなずきました。
「思わせぶりな言い方はよしてくれ」
ゼルベーラ隊長が、降参だというように両手をあげて首を振られました。
「ロットラン氏の目的が、金でも魔導具でもないというなら、何が目当てでこんな手の込んだことを仕組んだのだ?」
「それではまず、ロットラン氏の目的について、わたくしの推理を申し上げます」
わたくしは、皆様のお顔を順に見まわしました。
「ロットラン商会につきましては、誠実で信頼がおける貿易商だと皆様口をそろえておっしゃられます。特に、リュライア様がおっしゃられた表現が、わたくしの注意を
「私の?」
いつもの調子を取り戻されたにもかかわらず、依然としてわたくしの腕に寄りかかられたまま、リュライア様がお顔を向けられました。「どの表現だ?」
わたくしは、ご主人様の瞳をのぞき込みながら、この事件の根幹ともいうべき言葉を答えました。
「商会を評しておっしゃられた、『利益より信頼』というお言葉でございます」
「事実、そうではないかね?」
シェンクルトン隊長は、眉をひそめられました。
「ロットラン商会の商売は、誠実そのものだ。欲望と贋作渦巻く古美術界にあって、常に真正本物だけを扱ってきた、稀有な存在だ」
「おっしゃるとおりでございます」わたくしは首肯いたしました。
「しかし商売とは、つまるところ利益を上げるための行為でございます。並の商売人は、利益追求のため、さまざまな手を使うものです――時に犯罪まがいの手口を、そして時には、犯罪そのものを」
「ロットラン氏は、『信頼』のために犯罪を犯したと?」
慎重な口調で、シェンクルトン隊長が問われます。わたくしは、曖昧に微笑みをお返しいたしました。
「犯罪、とはおそらく申せますまい。自演の誘拐で警務隊の皆様のお手を煩わせたことは、何らかの罪に当たるやもしれませんが……」
「あっ!!」
唐突に、リュライア様が叫ばれました。すべてを悟った
「どうしたの、叔母様?」隣でクラウ様が心配されました。「とうとう、おかしくなっちゃった? あ、前からか」
「……何故、気付かなかったのだ……」
リュライア様は、がくりと
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