珈琲15杯目 (22)信頼は神聖にして

「……子供部屋だな?」

「はい」

 リュライア様の出された回答に、わたくしは短くお答えしました。すぐに真相にたどり着かれるとは、さすがはわたくしのご主人様でございます。


「なあ、間抜けな警務隊にもご神託を授けてくれないか」

 ゼルベーラ隊長が、われわれ主従を交互に眺められました。

「そうか……例の『あるべき物』は、ロットラン邸の子供部屋にあるはずの物ということか。そしてその物こそ、ロットラン氏が自作自演の誘拐劇を開催する羽目になった原因、ということだな?」


「そして誘拐劇は、ロットラン商会の信頼のためだという」

 シェンクルトン隊長は、口ひげの先端を指先でしごきつつ、唸るようにつぶやかれました。「金銭欲でも物欲でもなく、信頼のため、ねえ」


「で、叔母様は分かったの?」

 お腹を撫でさすりながら、クラウ様が身を起こされました。「子供部屋に、何があったっていうの?」


「人の話を聞け馬鹿」

 ふたたびわたくしの腕にもたれかかりつつ、リュライア様は無表情でクラウ様を叱責なさいました。

「『あった』のではない。『なかった』のが問題なのだこの薄らボケが」

 皆様は一斉に、子供部屋をご覧になられた際の記憶をたどり始めました。


「確かあの部屋には……遊んでいる途中の双六すごろく盤があったな」

 目を閉じて回想されておられたゼルベーラ隊長が、すぐに思い出されました。

「盤は木製、駒と骰子サイコロは象牙製の、子供用にしては贅沢な品だった」


「それと、絵本。あの可愛い庭妖精のやつ」とクラウ様。さらにゼルベーラ隊長が、

「そしてお嬢さんが気付いた、人形用の着せ替え服。人形は無かったが、それはお子さんが避難先に持って行ったと奥方が……」

「あ、待って」

 隊長の言葉を、クラウ様が遮られました。「箱が……あったよね?」


「ああ、あった。確か、遊戯用のカードの空き箱…………空き箱?」

「あーっ!!」

 クラウ様とゼルベーラ隊長が、同時に叫ばれました。


「中の札! もし子供たちが遊んでたんだったら、札が床に散らばってるか、箱の中に入ってるはず!」

 クラウ様が興奮して叫ばれると、隊長も同程度の興奮をもって応じられます。

「もし子供たちが避難先に札を持って行くのなら、箱に入れるはずだ! 何にも入れず、裸で札の束を持ち歩くとは考えられん」


「その箱に入るべき札が、『あるべきもの』か」

 シェンクルトン隊長は、そのまま考え込まれました。「札……もしや……」


「ここからの推理には、憶測も混じっております」

 わたくしは、皆様におことわりいたしました。

「この事件は、ロットラン氏が商品買い付けの旅から帰還され、魔術審議会に納品する魔導具を、自邸の倉庫に保管されたときに始まりました。通常であれば、数日倉庫で保管し、輸入手続きや梱包等の準備が完了次第納品。あとは魔術審議会の専門鑑定官が真贋を確認し、月末には支払いを終えて契約完了――と、なるはずでした」


「だが、そうはならなかった」

 シェンクルトン隊長のお言葉に、わたくしは小さくうなずきました。

「はい。そうならなかった原因は、ロットラン氏のお子様――おそらくはご息女ミリエル嬢かと思われます」


 これが数分前でしたら、意外な名前に皆様驚かれたことでしょう。しかし今は、どなた様も納得されたようにうなずかれておられます。

「乳母が気を揉むほど魔導具に興味を持たれている七歳のお子にとって、お父君が異国から持ち帰る品々ほど、好奇心をそそられるものはございますまい。そして魔導具を保管する倉庫には、子供部屋のある二階の廊下から直接忍び込むことが可能だと、本日奥様から聴取しております」


「いつもは乳母が倉庫への侵入を止めていたが、今回は監視の目が届かなかったのだろうな」

 リュライア様は依然としてわたくしの腕に身を寄せておいでですが、口調はいつもどおり、しっかりしたものでございます。

「そして今回仕入れた魔導具の中に、普段遊んでいる占い札と、まったく同じようなものを見つけた――『ベラルド・ルルの占い札』だ」


「絵のお好きなミリエル嬢は興奮され、早速子供部屋に戻ってご自分の札と見比べたことでしょう」

 わたくしは、その光景を想像して目を閉じました。

「あるいは、同じ札が二枚存在する状態で占いをしてみたり。弟君とカード遊びをしたかもしれません……しかし遊び時間が終わり、持ち出したものを元に戻そうとしますが、ここで深刻な問題に直面します」


「どっちが自分ので、どっちが倉庫から持ち出したものか、見分けがつかなくなっちゃったんだよね」

 クラウ様が、さもありなんとうなずかれました。「魔法が使えたら、絵が動く方が本物だってすぐ分かるけど。高級な模造品だと、模倣元と見分けなんかつかないよ」


「ミリエル嬢も、まさにそうした困難に直面したものと推察いたします」わたくしはクラウ様に微笑みました。

「ともかくミリエル嬢は、真贋入り混じった五十四枚の札ひと揃いを倉庫に戻し、残りを自分のものとしました。お父君はそうした状況を知らぬまま、魔導具を審議会に納品します――真正たることを証する、現地魔導士による鑑定結果を添えて」


「そしてその後、ロットラン氏は真相を知ったということか」

 リュライア様が、ぼそりとつぶやかれました。「事前に知っていれば、絶対に納品しなかっただろう……結果的に虚偽取引なのだ、商会の信頼は地に堕ちる」


「どのように真相を知ったかは不明ですが、納品物に模造品の札が混じっていることを知ったロットラン氏は、絶望されたことでしょう」

 わたくしは、氏に同情して首を振りました。

「月末までに、魔術審議会が鑑定するはず。形ばかりの鑑定とは言え、占い札の真贋は魔導士なら簡単に見分けられます……ロットラン氏は破滅を防ぐべく、執事ベルーレ氏と協議されましたが、占い札が審議会別館にある以上、打つ手はありません」


「警備は強化される予定だし、仮に侵入に成功しても、札の真贋が鑑定できない」

 ゼルベーラ隊長が、わたくしに視線を向けてにやっとされました。「ロットラン氏と執事は魔法が使えるかと、君がベルーレ氏に質問した意図がやっとわかったよ」


「おそれいります。鑑定できる魔導士を連れて侵入するという手段も、彼らにとっては論外だったでしょう……商会の信用を守るため、第三者に事情が知れることだけは絶対避けねばならない。魔術審議会に事情を告白するという、一番真っ当な方法も除外されます。彼らは何としても秘密裏に、占い札のうち何枚あるか分からない模造品の札を、本物に差し替えなければなりませんでした」


「そこで誘拐を思いつく」シェンクルトン隊長が、大きくため息をつかれました。

「『誘拐』当日、馬車と別れたロットラン氏は、夜を待ってひそかに自邸に戻り、執事の部屋かどこかに潜んだ。執事はあらかじめ用意していた『犯人からの手紙』を玄関に置き、主人が誘拐されたと家人に知らせる」


「あとはリュラの推理どおりか」

 ゼルベーラ隊長は、親友に賛嘆のまなざしを向けられました。

「ロットラン氏と執事は展示室へ侵入し、持参した占い札――子供部屋の空き箱の中身だ――と、展示卓の中の『ベラルド・ルルの占い札』を一緒に置いて、誘拐犯がすり替えを目論もくろむも警務隊の突入で断念したかのように偽装する。あとは人質であるロットラン氏を縛り上げ、執事が呼び子を吹くだけだ」


「占い札の鑑定は、魔術審議会がやってくれる。かくして商会が偽物入りの品を納品した事実は、誰にも気づかれない。神聖なる商会の信頼は、守られたのだ」

 リュライア様が、感心されたようにうなずかれました。「実に巧妙な計画だ……だがこの推理が正しいと、どうやって証明する?」


 この問いが発されることは予想しておりましたので、わたくしは警務隊の皆様のお顔をうかがいつつ、申し上げました。

「この推理を証明することは可能と考えます。しかし出来ることでしたら、それは見合わせた方がよろしいかと思料いたします」

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