珈琲15杯目 (19)推理最終大決戦――川魚の捌き方
「なあリリー。確か君は、川魚を
リュライア様は、クラウ様に冷たい目を向けられました。
「今度やり方を教えてくれないか? ちょっと試したい相手がいるんでね」
「それよりもどういう事だ!? ロットラン氏が、誘拐のフリをしていたのか!?」
ゼルベーラ隊長にとっては、クラウ様の調理法よりも、誘拐事件が自演だったことの方が、はるかに重要事のようでございます。
「ああ、まさしくそういうことだ」
リュライア様はため息をつかれますと、クラウ様の
「六つの謎を覚えているか? あの謎のうち、四番目と六番目はこれで説明がつく。
誘拐犯と人質は、どうやって監視をすり抜けて展示室に入った? 誘拐犯兼人質のロットラン氏は、棺桶に入って執事によって運ばれた。
何故誘拐犯は捕まらないのか? どこに逃げた? 存在しない誘拐犯を追っているのだから、捕まるはずがない。ロットラン氏はもうお帰りあそばされたよ」
「……確かに、自演というなら説明はつく」落ち着きを取り戻されたゼルベーラ隊長は、疲れたように壁にもたれかかりました。
「だが、残り四つの謎は? いや、それ以前に、ロットラン氏は何が目的でこんな誘拐劇を仕組んだんだ?」
「彼の目的が分かれば、残る四つの謎もおのずと解ける。そして、自作自演の目的については……」
リュライア様は、ふたたび表情を曇らせ、クラウ様を苦々しげににらまれました。
「遺憾ながら、そこの馬鹿と同じ結論だ」
「え」
突然お名前が挙がり、クラウ様は目を丸くされます。が、すぐに何のことか思い当たられ、椅子から腰を浮かせて歓喜の叫びをあげられました。
「魔導具! ロットラン氏は、展示室にある魔導具を狙って、こんな誘拐劇を仕組んだんだ!」
「最初に君の推理を尋ねたとき、『忌々しい』と言ったのはこのことか」
ゼルベーラ隊長は思わず苦笑されましたが、すぐ真顔に戻られました。
「欲しい魔導具があるから誘拐を仕組んだ……ということであれば、魔術審議会別館を身代金受け渡し場所にした理由は分かる」
それから、クラウ様をちらりと眺められました。
「何故商会にあるときに失敬しなかったのか、何故ザル警備の別館から盗み出すことをしなかったのかについては、お嬢さんの推理と同じということでいいか?」
「そうだ。忌々しい思いをさせんでくれ」
リュライア様は憮然とした表情で応じられます。
「基本的にこいつの推理は、犯人がロットラン氏本人だと見抜けなかったこと以外、私と同じだ……きわめて不本意だがな」
「うーん」クラウ様は、複雑な表情で腕を組まれました。
「ほめられたって、素直に喜んでいいのかな? それとも、叔母様と同じ程度の推理しかできなかったことを嘆くべきなのかな?」
「リリー、さっきの川魚の捌き方の件だが」
「ちょっとお待ちください」シェンクルトン隊長が、リュライア様のお言葉と殺意を遮られました。
「もしロットラン氏の狙いが魔導具なら、自分で同じものを買えば済む話ではありませんかな? 執事が犯人の場合と違って、当主が犯人なら、商会の金でいくらでも高価な魔導具を買えるはずですが」
「確かに、大半の魔導具は金で買えるでしょう」
リュライア様は逆らわず、しかし、専門家の見解を淡々と述べられました。
「例えば今回商会が買い付けた魔導具の中でも、レスカランディルのガラス器などは美術市場にも出回ることがある品ですし、
今や部屋の全員が――クラウ様も含めて――リュライア様の解説に聞き入っておられます。ご主人様は明らかにそれを意識され、声に力をこめられました。
「『ベラルド・ルルの占い札』は、もう新たに作ることはできない貴重品ですが、世界には少なくとも十組の完品があります。持ち主の中には、大金と引き換えに手放す者もいるかもしれない。しかし、どれほど金を積んでも、一つしか手に入れることができない魔導具も存在するのです」
「……『北天の舞い手』の
「大魔導士アンハーデルンが愛用した
リュライア様も、今回ばかりは素直にうなずかれます。
「盗み出す以外は、な。あの杖の希少性、あるいは杖の先端で輝く
「その結果、誘拐の自演という手段を選んだというわけか」
ゼルベーラ隊長が、感嘆のうめきをあげられました。しかしすぐに、疑問を口にされます。
「だが、彼は目的を達したのか? それに犯人がすり替えようとしていたのは、杖ではなく占い札のようだぞ?」
「倒れた展示卓にあった『ベラルド・ルルの占い札』は、本物と偽物が一緒くたになっていたそうだが」
リュライア様は、悠然と椅子に背をもたせかけられました。
「おそらくは、本命の魔導杖をすり替えるための囮だ。あるいは、杖を盗むついでに占い札も偽物にすり替えようとしたが、君たちの突入が予想より早かったため、すり替えの途中で放置したか」
「じゃ、本物の杖はどこにあるの?」
クラウ様が、勢い込んで尋ねられます。勝者の余裕ともいうべき微笑を浮かべたリュライア様は、いつになく穏やかに答えられました。
「棺桶の中だろうな。すり替え用の偽物をあらかじめ荷馬車の中に隠しておき、ロットラン氏と一緒に棺桶に入ったのだ。そして展示室で本物とすり替え、棺の中に隠す。誰か突入後に、棺桶の中をよく調べた奴はいるか?」
皆様、かぶりを振られました。棺桶に入っていた千ゼカーノ箱はすべて取り出されておりましたし、われわれが展示室に突入した時は、誰も棺桶には注意を向けておりませんでしたから。
リュライア様は、静かな自信をみなぎらせつつ、胸を張られました。
「以上が、私の推理だ。これで六つの謎のうち、残る四つも解けた……何故今の時期に誘拐したか? 自演なのだ、商会に金があるかどうかは関係ない。何故子供を誘拐しなかった? ロットラン氏の自演なのだから当然だ。何故魔術審議会別館で身代金を受け渡す? 欲しい物がそこにあるからだ。何故誘拐犯は何も盗らずに逃げたのか? 実際は偽物にすり替えて、まんまと盗み出したはずだ」
しばしの間、部屋に沈黙が流れました。シェンクルトン隊長は、目を閉じて口ひげを指でひねり回し、ゼルベーラ隊長は、腕を組んで一連の出来事と突き合わせつつ、ご親友の推理を賛嘆とともに検証されておられます。そしてクラウ様は……。
「でもさ、何で魔導士でもないロットラン氏が、魔導杖なんて欲しがるのかな?」
実に素朴な、しかし本質を突いた質問を発されました。リュライア様は、ふんと鼻を鳴らして応じられます。
「分かる者には分かる。魔導杖から放たれる魔力は……」
「僕、違うと思う」
クラウ様が、決然と叔母上の言に抗されました。しかしリュライア様は、余裕ある表情を崩さずに、むしろ優しく問われます。
「魔導杖の話か?」
「違うよ! 叔母様の推理そのものだよ!」
いつもであれば、ここでリュライア様からの決意表明――本日なら、クラウ様を捌いて燻製を作るといった――がなされるところですが、ご自分の推理に並々ならぬ自信をお持ちのご主人様は、ほう、と口元を緩めただけでございます。
「面白い。どこが間違っているというのだ?」
「どこが、はまだわかんないけど……」クラウ様の目が、わたくしと合いました。
「根拠は、ファルの顔だよ! 叔母様を憐れむような目で見てる! 『リュライア様ときたらまたアホなこと考えて』って目だよ!」
リュライア様のこめかみに、青い筋がびきんと音を立てて浮かびました。
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