珈琲15杯目 (18)推理最終決戦――衝撃の真相と襲い来る殺気

「『本来なら残っているはずの、ある物が無いこと』? 身代金騒ぎのあった後の、展示室にってことだよね?」

 わたくしの懸念をよそに、クラウ様は叔母君が示された謎に挑んでおられます。

「何があるはずだったんだろ」


「誘拐犯の首に決まっているさ」

 本日のゼルベーラ隊長は、妙に犯人の首級をあげることにこだわっておいでです。葡萄酒を長時間摂取しないことが、凶暴性に影響しているのやもしれません。

「誘拐犯の良心……かな?」

 シェンクルトン隊長のお言葉には、どなたも反応されませんでした。


「リリー、ロットラン氏の拘束を解いたのは君だと思ったが」

 このお歴々に謎解きをやらせていたら日が暮れると確信されたリュライア様は、早々に正解をお示しになられるおつもりでございます。

「ああ、私だ。縄をほどくのが面倒だったんで、短剣で切ったんだ」

「切った縄は、今どこに?」


「ああ……一応、証拠品として調査に回したが……」

 奇妙な質問だとゼルベーラ隊長が眉をひそめた瞬間、クラウ様が叫ばれました。

「あーっ! そうだよ! 分かった!」


 長椅子から立ち上がられたクラウ様を、両警務隊長は奇異の目で、リュライア様はいまいましげに、眺められます。

 そのクラウ様は、何故かわたくしの方を向かれました。

「執事のベルーレさんも縄で縛られたんだよね? それをほどいたんだったら、その縄が床に落ちてるはずじゃん!」


「それに、目隠しや猿轡も見つからなかったようだな」

 リュライア様は、渋々クラウ様にうなずかれてから、ゼルベーラ隊長に問われました。「リリー、どうだ? まさか執事が記念に持ち帰ったわけではあるまい」


「……そんな……それじゃ……」

 ゼルベーラ隊長は、シェンクルトン隊長と顔を見合わせて、愕然とされました。

「執事が嘘をついていたというのか!?」

「そういうこ」

「ほら! やっぱり僕の言ったとおり、内部の人間が犯人だったじゃん!」

 リュライア様のお言葉を遮って、クラウ様が悔しがられました。


「落ち着け馬鹿」リュライア様は、興奮されるクラウ様をたしなめられます。

「謎を解く鍵は、もう一つある。次は『人』について考えてみろ」

「『いるべきはずの人間が、一人いない』ってこと?」

 長椅子に座り直されたクラウ様が、軽く首をひねられました。


「執事の話が嘘なら、誘拐犯自体そもそも存在しない、という意味か?」

 いまだ衝撃から立ち直りきれておられぬ口調でゼルベーラ隊長が問われますが、リュライア様は嘆息とともに首を振られます。


「現実の人間の話だよ、リリー。そもそも『誘拐犯』は二人組だ……が、それはどうでもいい。別館に馬車が到着した時のことを思い出してみろ」

 ご主人様の言葉に、皆様一様いちように黙り込まれました。この場にいる皆様は、まさにこの部屋の窓から、商会の荷馬車が別館入口に到着する様子を目撃しておられます。


「……馬車が停まると、荷台の中から執事が出てきた。そして御者のボッデルを呼んで、荷台に積んでいた身代金入りの棺桶を二人で台車に載せ、執事が別館に曳いていった。特に怪しいところは無かったと思うが」

 シェンクルトン隊長が、背後の窓を振り返りつつ、首を傾げられました。隣に立つゼルベーラ隊長も、そのとおりですと相槌を打たれます。


「……ねえ。荷馬車には、別館までの道中、誰も近づかなかったんだよね?」

 クラウ様が、興奮を押し隠した口調で、誰にともなく問われました。警務隊長おふたりは顔を見合わせましたが、回答役はゼルベーラ隊長になった模様です。


「ああ。ロットラン商会を出てから、馬車はずっと警務隊の監視下にあった。誰かが接近したり、ましてや乗り降りしたりすれば必ず気付くはずだが、そうしたことは一切なかったと報告されているよ」

「じゃ、商会で棺桶を荷馬車に積んだときは?」

 クラウ様が指摘された瞬間、リュライア様のお顔に複雑な表情が浮かびました――馬鹿の癖に、こういう時だけ妙に冴えてやがる、と。


「棺桶を積んだときかね?」今度はシェンクルトン隊長が答えられました。

「私の部下が千ゼカーノ箱を持ってきて、執事の指示で棺桶に入れた。後は任せてくれと言う執事に私は呼び子を渡す。執事は、台車に載せた棺桶を荷馬車の後部に移動させて、荷馬車の荷台に――」


「誰とです?」

 ゼルベーラ隊長が、はっと目を見開かれました。「あの棺桶は、執事一人で持ち上げられる重さではありません。だから下ろす時は、御者が手伝った。そして積み込む時は――」


「荷台の中にいた、商会の従業員だ!」

 シェンクルトン隊長は、頓悟の叫びをあげられました。「荷台にいた従業員が、棺桶を引っ張り上げた。そして執事が荷台に乗り込んだが……その従業員は、荷馬車から降りていなかったはずだ!」


「だがその従業員は、別館に到着して棺を降ろす時、御者に手伝いを任せて自分は荷台から出てこなかった。いったいそいつは何をしていた?」

 興奮されたゼルベーラ隊長が、リュライア様に尋ねられました。ご主人様は、奇跡的とも言える努力でお顔の表情筋を引き締め、得意顔になられぬよう努力されておいでです。


「ちなみに言っておくと、君らが別館の扉を破城槌で破壊している最中、ファルが馬車の荷台を覗いたが、中には誰もいなかったぞ」

 ご主人様はわたくしを目で指し示されましたが、それはどうやら、どうだうちの執事はすごかろうと、警務隊の皆様方に自慢されておられるようでございました。


「その『消えた従業員』が、執事の共犯者というわけか」

 シェンクルトン隊長が、口ひげを撫でられます。「しかし、どこに消えたと?」

「考えられる可能性は、ひとつしかありませんね」

 ゼルベーラ隊長が、声を落として応じられました。

「そいつは荷馬車の中で、棺桶に入った。そしてそのまま執事に運ばれ、別館展示室の中に入って行った」


「だがそいつが共犯者だったとして、何をしに展示室に入り、どうやって脱出したのかな? それに人質のロットラン氏は、どうやって展示室に連れて来られた?」

 シェンクルトン隊長は、いまだ気付いておられぬようでございます。 ……いえ、あえて気付かぬていを装い、同僚やクラウ様が気付いておられるか、試しておいでなのかもしれません。


「考えられるのは、ひとつだけです」

 クラウ様が、先ほどのゼルベーラ隊長の口調を真似て、シェンクルトン隊長に答えられました。

「その謎の従業員こそ、誰であろう、ロットラン氏本人だったんですよ!」


「!?」

 この衝撃的な結論に、驚きをもって応じられたのは、ゼルベーラ隊長おひとりでございました。どうやらシェンクルトン隊長も、途中で気付かれていたご様子です。

「では、つまり、この誘拐事件は……」

 愕然とするゼルベーラ隊長。リュライア様は、敗者への憫笑びんしょうを浮かべられつつ、親友の後を継いで結論を口にされ……ることは、かないませんでした。


「つまりこの誘拐事件は、ロットラン氏の自作自演だったってことだよ!」

 クラウ様が、得意満面に結論――リュライア様とっておきの――を、先に言い放たれました。


 最も美味しい台詞を横取りされたリュライア様の心中を推し量るのに、神の如き洞察力は必要ございますまい。今ご主人様から放たれている凶暴な殺気を感じ取ることは、どれほど鈍感な感性の持ち主にとっても、造作もないことでございましょう。

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