珈琲14杯目 (26)事によっては本物の屍に
「すごいです、皆さん! 詐欺師たちを、みんな捕まえたんですね!」
その日の夕方。セロンブラン嬢は、授業を終えられた足で、われわれの待つ<メナハン・カフタット>に来られました。
「捕まえたのは、あの酒飲みのお姉さんですよ」
珈琲をお口元に運ばれつつ、リュライア様が訂正されます。「そして策は、このファルが考えた。そこの馬鹿は、わけの分からん言葉をわめきながら王子様ごっこに興じていただけです」
「ちょ、叔母様、ひどーい!」
クラウ様は、いつものようにリュライア様へ抗議されました。セロンブラン嬢も、今ではすっかりこのやり取りに慣れたご様子で、運ばれてきた珈琲と焼き菓子を、笑いながら口に運ばれておられます。なお、「酒飲みのお姉さん」は、事件の調書作成やら犯人たちへの拷問、失礼、尋問やらでお忙しく、この場にはおられません。
「あの、もしよろしければ、皆さんがどんなふうに活躍されたか、教えていただけませんか?」
「いいよ!」
クラウ様は、得意げに胸を反らされました。わたくしの策は事前にご説明さしあげているとは申せ、セロンブラン嬢が直接関わっておられたのは前日の「仕込み」段階まで。「本番」となる本日は、学生としての本分を全うしておられましたので、自称ビシェット氏の眼前で繰り広げた寸劇の第二幕も、その後の二人組の逮捕と自称ビシェット氏が追い詰められるところも、ご覧になられておられません。
クラウ様は、多少の誇張と捏造を交えつつ、本日の状況を説明されました。
「でも、まさかビシェットさんたちが、四年前の事件の犯人だったなんて……」
珈琲とともに一連の説明を楽しまれたセロンブラン嬢は、複雑な表情で首を振られます。実は先日の打ち合わせの段階では、例の額縁を使った四年前の詐欺事件との関連について、まだはっきりと申し上げてはおりませんでした。
「彼らが詐欺師だと確定するまでは、申し上げるのを控えておりました」
わたくしは、申し訳ないとセロンブラン嬢にお詫びいたしました。
「自称ビシェット氏の話が本当で、彼らが『シロ』だった場合は、当然四年前の事件とも関係はございません。しかし警務隊の調査で、自称ビシェット氏が正体を偽っていると判明した時点で、四年前の事件とのつながりが見えてきたのでございます」
「へええ?」
焼き菓子を頬張ろうとされていたクラウ様が、驚いて固まられました。確かに、クラウ様にも四年前の事件との関連については、詳しく申し上げておりませんでした。
「そう、ファルに聞こうと思ってたんだ! 確かに奴ら、四年前の鏡の事件の犯人だったけど、どうしてそれが分かったの?」
「それも、例の額縁でございますよ」
わたくしは、控えめにお答えいたしました。
「四年前の事件の後、詐欺師に騙された侯爵夫人は、額縁をリプホルト殿に引き取らせました。そして今回の事件が起きるまで、額縁は誰の手にも渡らず、ずっとあの店の壁に掛かっていたのです」
あ、とクラウ様は何かひらめいたように目を輝かせました。そのご様子に満足を覚えつつ、わたくしは続けます。
「しかし今回、初めて二人組が店を訪れた際、彼らは額縁の裏に小さく記されたダイダマール師の署名の存在を知っていました。額縁を見ていたら偶然発見したのではなく、明らかに事前に知っていたのです」
「そっか! ダイダマール師の署名がある額縁の存在をあらかじめ知っているのは、その額縁を前に持っていた奴だけってことだよね!」
クラウ様は、頓悟の叫びをあげられました。「それはつまり、四年前の事件で鏡を用意した奴ってことだ!」
「はい。四年前の事件でまんまと六百ゼカーノせしめた彼らですが、数年で金を使い果たしてしまい、次の詐欺を考える必要に迫られたと思われます。そこで前回の詐欺で使った小道具を利用できぬか検討し、鏡の行方を調べた結果、額縁だけリンカロットの魔導具屋に売った事実を突き止めた……といったところでしょう」
わたくしは、クラウ様とセロンブラン嬢に交互に視線を送りながら、ご説明を締めくくりました。「そこで、額縁を持つリプホルト殿を相手に、今回の詐欺を実行に移した、という次第です」
「彼らは、四年前の詐欺行為を、素直に認めたんでしょうか?」
本日の現場に立ち会われておられぬセロンブラン嬢は、ためらいがちに問われました。わたくしは、はい、とお答えいたします。
「無論、最初は否定いたしましたが」
自称ビシェット氏は、最後まで抵抗を諦めませんでした。フィロンチーニ侯爵夫人に、四年前の詐欺事件の犯人――鏡の仕掛けで「将来の息子像」を見せて六百ゼカーノをせしめた女占い師――だと指摘されても、何のことか分からない、人違いではとシラを切り通そうと試みます。
しかし、四年前に見た人相だけでは証拠能力に乏しいという懸念はわたくしも承知しております。わたくしは、リュライア様と視線を交わしました。
「ファングルー治安判事」
鉄の意志を持つ夫人を説得して連れ出すという大任を果たされたリュライア様が、判事殿に注意を促されます。
「モンビアル氏の契約書と比べて、いかがでしょうか」
「ああ、今見ているよ」
治安判事殿は、二つの書類を交互に眺めながら、ご主人様に答えられました。
「詳しくは専門家の鑑定に委ねるが、今こうして見比べただけでも……」
ファングルー治安判事は、お顔を上げて、じろりと自称ビシェット氏に疑惑の視線を向けられました。「……二つは同じ筆跡だと思う。ゼルベーラ隊長、四年前の詐欺容疑でも、逮捕して差し支えない」
「なっ……」
愕然とする二人組に対し、自称ビシェット氏には、状況が理解できた模様です。部下に三人を拘束するよう命じたゼルベーラ隊長は、治安判事殿から受け取られた書類を、自称ビシェット氏の鼻先に突き付けられました。
「帝国法に基づく契約書には、当事者の自筆による『以上のとおり相違ございません』の文言と署名が入る。こちらは、今日お前がリプホルト氏と交わした魔導画の売買契約書。そしてこっちが――」
隊長は、後ろに控えて犯人たちをにらんでいるモンビアル氏を振り返られました。
「四年前、占い師に扮したお前が、詐欺の舞台となる館を借り受けたときの賃貸契約書だ。前金しか払わないどころか、『占いの間』の壁を破壊して逃げたお前たちに、必ず残金と壁の修理費用を支払わせてやると、モンビアル氏は当時の契約書をしっかり保管していてくれたよ」
そして隊長は、ふたたび自称ビシェット氏に向き直られ、勝ち誇った笑みを浴びせられました。
「おかげで、契約書の文言と署名の筆跡鑑定が可能になった。当時の契約者名はダヤーナだそうだが、名前だけではなく、筆跡も変えるべきだったな」
今度こそ、自称ビシェット氏は観念してうなだれました。
「そんな証拠まで、用意しておくなんて……」
セロンブラン嬢は、感極まったかのような瞳で、わたくしを見つめられました。
「ファルさん、すごいです!」
「ね、だから言ったでしょ? ファルはすごいんだって!」
なぜかクラウ様は自慢げに、ふふんと鼻を鳴らされます。リュライア様は、お口許を珈琲カップで隠されながら、軽く舌打ちなされました。
「でも、リプホルトさんは、その……大丈夫でしょうか?」
詐欺事件は解決をみたものの、セロンブラン嬢としては雇い主の精神的健康状態が気になるご様子です。
この問いに対しては、クラウ様は焼き菓子を頬張ることで回答を避けられました。代わってリュライア様が、あたたかなお言葉で励まされます。
「ま、ここ数日は『生ける屍』でしょうね。おそらく三日もすれば生き返ると思いますが、事によっては本物の屍と化すかもしれません」
「ただし、後遺症は残るかもしれません」わたくしは急いで付け加えました。「リプホルト殿のお気持ちは、どうやら本物だったようでございましたから」
しかしながらこのファルナミアン、関係者を不幸にするのは本意ではございません。そちらの問題につきましても、一応の対応策は用意してございます――絶対、とはまいりませんが。
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