珈琲14杯目 (25)「苦しかったろう? 今楽にしてやる」
「これはいったい、どういうことでしょうか?」
「こちらの質問に答えていただきましょう」
自称ビシェット氏の反問を、ゼルベーラ隊長はぴしりと遮られました。「あなたは、この二人を知っていますか?」
自称ビシェット氏は、即座に状況を見抜いたはずです――相方二人が警務隊に捕まっている以上、彼らを知っていますと答えた瞬間、二人と共謀の上リプホルト氏を騙した罪で、周囲の警務隊が一斉に逮捕しに飛びかかってくる、と。
「……存じません」
自称ビシェット氏に、答えを選ぶ余地などございませんでした。
「でしょうね」ゼルベーラ隊長は、無表情にうなずかれます。
「ところで、今日この店で魔導画と引き換えに得た千ゼカーノは、今どちらに?」
「背負い袋の中、あ、いえ、宿のお部屋に置いてきたかしら」
あまり聞かれたくない点を突かれ、自称ビシェット氏は必死に防戦に努めます。
「ごめんなさい、今は持っていませんの。おそらく、宿に置いてきたと思います」
「では、契約書はお持ちですか?」
「え、ええ。それでしたら、背負い袋の中にあったはずです」
ようやく警務隊の要求に応えることが出来、つかの間安堵する自称ビシェット氏。一方ゼルベーラ隊長は、自称未亡人が差し出した契約書を受け取られるや、別紙に記載された氏名住所を読み上げられます。
「リルハイン村のビシェットさんですね」
「ええ」
「本名は?」
「……どういう意味でしょう」
どうすればこの場を切り抜けられるか、自称ビシェット氏は懸命に知恵を巡らせていましたが、隊長は立て直す余裕を与えずに攻撃を加え続けます。
「リルハイン村に、未亡人のビシェットなどという女性はいない。役場の記録で確認済みだ」
リプホルト氏が黒沼カエルを押し潰したような悲鳴を発しましたが、隊長は目もくれずに、必殺の一撃を繰り出されました。
「自称ビシェット。お前はそこの二人と共謀し、リプホルト氏から千ゼカーノを騙し取ろうとした。詐欺の容疑で逮捕する」
「お待ちになって」
なおもあきらめず、自称ビシェット氏は身を乗り出しました。
「私、何も知りません。こんな男の人たちには会ったこともないし、どうして故郷の村にいないことになっているのかも……」
「サラングレス、そっちはどうだ?」
自称未亡人の訴えを無視して、ゼルベーラ隊長は店の奥に声をかけられました。
「まだ三割ほど残っていますが、これまで確認したものは全て該当しています」
サラングレス副隊長は、奥から顔だけのぞかせて答えられました。同時に、ファングルー治安判事も顔を出して、隊長に告げられます。
「一応全部確認はするが、もう十分だろう。治安判事としての意見は――」と、ちらりと自称ビシェット氏に目を向けてから、淡々と結論を述べられました。
「両者は、間違いなく共謀しているということだ」
「なっ……!」自称ビシェット氏は、さっさと奥に戻られた治安判事の背に、烈々たる視線を投げつけました。「何を証拠に、そんなことを!? 何も知らないって言っているのに!」
「何を証拠に、などと安易に口にしない方がいいな。そもそも、この二人組が泊っていた宿の部屋にお前がいた、というだけでも十分だと思うが……」
ゼルベーラ隊長は、表情は穏やかに、そして声は威圧的に、自称ビシェット氏に告げられました。
「決定的な証拠は、今朝お前が魔導画の代金として受け取った千ゼカーノだ」
この言葉に反応されたのは、犯人たちではなく、千ゼカーノを用立てたリプホルト氏でございました。
「え……あのお金は、私が銀行から……」
「帝国の大銀行では、金の行方を追う必要がある場合に備えて、本物そっくりのニセ金貨を用意しているのですよ」
隊長は、二人組と自称ビシェット氏から視線を外さずに、うろたえる店主殿へ答えられました。そして、ぎりっと鋭いまなざしで、犯人一味を睨みつけます。
「本物との相違点について、お前らに詳細を明かす気は無い。だが、帝国造幣所の担当官なら鑑別可能とだけは言っておこう」
そう、先日の<メナハン・カフタット>での打ち合わせの際、ゼルベーラ隊長が言及されたニセ金貨でございます。
あの打ち合わせの後、隊長はクロストラ銀行頭取宅へ直行。リプホルト氏への融資には、この「公式ニセ金貨」を使うよう要請されました。
銀行が用意したニセ金貨千ゼカーノは、今朝頭取の手によってリプホルト氏の手に渡ります。そして直後に交わした契約により、ニセ金貨は魔導画と引き換えに、自称ビシェット氏の背負い袋に収まりました。
その後、自称ビシェット氏は二人組の待つ宿で共犯者達と合流。謎の王族に額縁を売りつける作戦を立案し、前金として用意したのが、リプホルト氏から入手したニセ金貨千ゼカーノというわけでございます。
その事実を証明すべく、先ほどから店の奥で、帝国造幣所の鑑定官――頭取や治安判事と共に来られた鞄の紳士――が、治安判事と警務隊の立ち合いの下、二人組が持参した
ゼルベーラ隊長は、ぐいと胸を反らせ、「証拠」を示されました。
「鑑定の結果、先ほどお前たち二人組が前金に差し出した千ゼカーノは、リプホルト氏が自称ビシェットに支払った千ゼカーノと同じニセ金貨だと確認できた。これが、お前らがお仲間であることの動かぬ証拠だ」
今度は自称ビシェット氏も、反論できずに黙り込むしかありませんでした。
衝撃のあまり、リプホルト氏は力なく椅子にへたり込みました。しかし恋の女神は、ひとたび奴隷とした者をそう簡単には手放さぬようでございまして、店主殿は最後の抵抗を試みられます。
「……き、きっとビシェットさんも、魔が差しただけなんですよ! 結果的に、お金も無事だったことですし、寛大な処分を……」
ゼルベーラ隊長は振り返られて、救いを求めるような目をわたくしに投げかけられました――なあ、何とかに付ける薬を持っていないか? と。
わたくしはかぶりを振り、入り口に視線を転じました。リプホルト殿の苦痛を和らげる薬はございませんが、たった今、その苦痛を終わらせる薬が届いたようでございます、と。リュライア様が、大事なお客様と共に到着されたのです。
「ファングルー治安判事、よろしいですか?」
リプホルト氏を無視されたゼルベーラ隊長は、店の奥に声を掛けられました。奥からのそりと、治安判事が出てこられます。「着いたかね」
「そのようです……こちらが、今回の契約書です」
隊長は、先ほど自称ビシェット氏から取り上げた魔導画売買の契約書を治安判事に渡されました。そして、入り口の警務隊員に目で合図されます。
「リプホルトさん」ここでようやく、隊長は店主殿に目を向けられました――苦しかったろう、今楽にしてやるからな、という憐れみの目を。
「この三人は、以前も詐欺を働いたことがあるんですよ」
「!?」
リプホルト氏は目を剥いて驚愕されました。一方、自称ビシェット氏ほか二名は、びくっと体を震わせます。
「ご紹介しましょう……と言っても、そこの三人には紹介する必要はないな」
開かれた扉から、リュライア様が二名の男女を伴って入ってこられました。同伴者は、困惑気味の男性と、傲然と背筋を伸ばした立派な身なりのご婦人。隊長は、男性から書類を受け取られると、それを治安判事に渡されます。
「さて、こちらは第六区で土地建物を貸しておられるモンビアル氏。そして――」
「この女です!」
紹介される前に、ご婦人が自称ビシェット氏を指さして鋭く叫ばれました。
「この女が、四年前、私を騙した占い師です。あの目と目元の
ご婦人は、占い好きのフィロンチーニ侯爵夫人。四年前、女占い師に騙されて、ご子息の将来を映す鏡に大金を払われた、詐欺の被害者でございます。
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