珈琲12杯目 猫と執事と「定めの鏡」
珈琲12杯目 (1)馬鹿と言ったら銀貨一枚
「ねえ叔母様。あの……」
いつものように話を切り出されたクラウ様でございますが、いつもと異なり、そこから先を口に出されるのを
「どうした?」
リュライア様はのんびりした口調で珈琲を口に運ばれましたが、その目で鋭くわたくしに警告なさいました――今日のこいつは普段と違うぞ、いつも以上に常軌を逸した寝言を言う気だ、いつでも金槌でブン殴れるようにしておけ――と。
わたくしは金槌の代わりに、珈琲の入った椀をクラウ様の脇机に置かせていただきました。「アーモック産の深煎りでございます、クラウ様」
「あ、ありがと」
わたくしを見上げられたクラウ様は、さらに何かおっしゃろうとなさいましたが、結局珈琲を口にされる方を選ばれました。これほど本題に入ることを迷われるクラウ様も、初めてでございます。
「帝都優駿の軍資金をくれ、というなら断るぞ」
リュライア様が、わざと冷たい口調で警告されました。が、これは誘いの囮でございます。少なくとも今月の帝都優駿に関する限り、クラウ様の軍資金は十分なはずでございますから。
「ちがうよ、そうじゃなくって……!」
果たして、クラウ様はむきになって反論されました。いえ、反論されようとなさいました。が、結局言い淀んだまま、視線をお手元の珈琲に落とされます。
「何か、お悩み事でございますか?」
僭越とは存じましたが、わたくしは膝を折ってクラウ様の目線を捉えました。
「もしよろしければ、お話だけでもうかがいたいと思いますが」
「う……」
わたくしの視線――
「あの、聞いて欲しいことがあるんだけど……でも、怒ったり、馬鹿にしたりしないでほしいんだ」
「無論そのようなことはいたしません」
「ファルじゃないよ、リュラ叔母様がだよ!」クラウ様はお顔を赤くして抗議されましたが、次の一言は余計でございました。
「叔母様と違って、優しいファルがそんなこと言うはずないじゃん!」
クラウ様の叫びに、リュライア様は「あ?」という険悪な表情で応えられましたが、わたくしが無言の視線でお諫めいたしますと、かろうじて呪いと悪罵の言葉を呑み込むことに成功されました。
「……わかった。怒ったり馬鹿にしたりしないでやるから、まずは話してみろ」
しかし本日のクラウ様は、まるで怯える子鹿のようでございます。警戒心もあらわに、叔母君に疑いのまなざしを向けて尋ねられました。
「話しても、馬鹿にしたり、怒ったりしない?」
「しないと言っただろう」
「本当に?」
「くどい」
「じゃ、もし馬鹿って言ったら、罰金一ゼカーノだよ?」
「……何でそうなる? そもそも高すぎる。一セリウスがいいところだろう」
普段ならその条件でも目を輝かせて応じられるクラウ様でございますが、本日は渋々といったご様子でうなずかれただけでございました。
「うん。じゃ、聞くんだけど……」
ようやく問題を口にされるクラウ様。わたくしも、そして興味のない風を装って珈琲を口に運ばれておられるリュライア様も、固唾を呑んで次の言葉を待ちます。
数瞬のためらいののち、ついにクラウ様は決然とお顔を上げられました。
「あのさ……魔法で未来を予知することって、できる?」
しばし、居間には沈黙の時間が流れました。リュライア様は無言でクラウ様のお言葉を反芻されつつ、珈琲をゆっくり賞味されておいでです。
やがて珈琲をすべて飲み終えられますと、おもむろに机の引き出しから小銭入れを取り出され、中からセリウス銀貨を一枚抜き出されました。そして大きなため息とともに、これまで我慢されていたお言葉をついに吐き出されました――必要以上に一部を強調されて。
「 馬 鹿 かお前は」
「ほら、言ったじゃん!」
抗議されるクラウ様に、リュライア様は銀貨を親指で弾いて放り投げました。
「そら、罰金の一セリウスだ。もしこれが新手の小遣い稼ぎの方法というなら、褒めてやってもいい。だが二度は通じんぞ」
「そんなつもりじゃないよ!」
クラウ様はご不満げに頬を膨らませましたが、つかみ取った銀貨はしっかりと上着のポケットにしまい込まれておられます。
「未来の予知でございますか」
わたくしは、リュライア様のカップにお代わりの珈琲をお注ぎしつつ、クラウ様に顔を向けました。
「時間、人間の思考、そして生命に直接干渉する魔法は禁呪とされております。もっとも、そのような魔法自体、原理的に不可能なものばかりでございますが」
そして、あくまで穏やかにお尋ねいたしました。「未来を予知する魔法があったとおっしゃるのですか?」
「うーん、魔法かどうかはわかんないんだけど」
クラウ様は珈琲をお飲みになられました。「でも、そうとしか思えないんだよね。未来の出来事を次々に言い当てるなんて……」
「何があったというのだ?」
苛立ちもあらわに、リュライア様が指でコツコツと机を叩き始められます。「学院に予言者でも現れたか?」
「それに近いかな」クラウ様は真面目な表情で、叔母君の言葉に返されました。
「去年の暮れ頃から、僕宛てに手紙が届き始めてたんだ。……実は寮の机の中にしまいっぱなしにしてて、つい最近まで忘れてたんだけど」
リュライア様は呆れ顔で口を開きかけましたが、小銭入れの中にセリウス銀貨が無いことに気が付かれて、口をつぐまれました。
「ほぼ月に一通届いてたんだけど、差出人の名前も封筒に書いてないし、捨てるのも面倒だから机に入れてそのままにしてたんだ。で、昨日また同じ封筒が届いたから、そろそろまとめて捨てようと思ったんだけど、ふと中身を読んでみる気になったんだ……もしかしたら、何か面白いことが書いてあるかもしれないと思ってさ」
そこで言葉を切られたクラウ様は、珈琲を大きく一口お飲みになられてから、足元に置かれた学生鞄から、封筒の束を取り出されました。
「そしたらさ、すごいんだよ! 手紙の中で、将来のいろんな出来事の結果が予想されてたんだけど、それが全部的中してるんだ!」
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