珈琲12杯目 (2)「鏡に選ばれたあなたへ」

「全部的中、か」

 リュライア様は、無感動そのものといった口調で、クラウ様のお言葉を繰り返されました。「なあクラウ、偶然の一致という言葉は知っているか?」


「そりゃ、僕だって最初はそう考えたよ」

 クラウ様はむっとされた口調で答えられますと、鞄から取り出した手紙の束を、ひらひらと振られました。

「でも、とてもそうは思えないんだ。リュラ叔母様だって、話を聞けばそう思うよ、きっと」


 そして束ねた手紙の一番上を抜き出されました。「最初に届いたのは、去年の年末。ほら、これがそうだよ」

 わたくしはその手紙を受け取り、リュライア様にお渡しする前に、素早く封筒に目を走らせました。


 薄く茶色がかった白い封筒は帝国郵便が販売している定型の安物で、差出人の名前は無し。表面には十セルンの切手が貼られており、消印は昨年の十二月二十三日付となっております。

 そして宛先は活字印刷で記されており、プラトリッツ魔導女学院の学生寮二十二号室宛てとなっておりますが、宛名はございませんでした。


 わたくしから手紙を受け取られたリュライア様は、封筒の裏表を眺められた後、中の手紙を取り出され、しばらくその内容に目を通されておられましたが、やがて鼻を鳴らされると、お前も読めとわたくしに封筒ごと手紙を渡されました。

 封筒の宛名と同じく、活字印刷で記された手紙にいわく――。


<この手紙を受け取られた方へ

 突然お手紙を差し上げましたこと、深くお詫び申し上げます。

 私は『定めの鏡』を持つ者。遥かな昔、とある大魔導士が未来を見通さんと、戯れに作りかけた魔導具がこの『定めの鏡』です。


 この鏡、作り手が望んだほどの力は備わりませんでしたが、日常のささやかな出来事であれば、正確に予知することが可能な魔導具でして、長く北方の某所に死蔵されていたものを、私が見つけ出した次第です。

 鏡で未来を予知して映し出す原理はほぼ解明され、これを世のため人のために使いたい、しかしそのためには協力してくださる方が必要だと悩んでおりましたところ、鏡があなたのことを映し出しました。

 そこで、鏡が選んだあなたに、鏡の予言を送ります。なお、予言は決して他言なさらぬよう、ご注意願います。


“今年の冬至祭の、帝都地区対抗奉納拳闘試合決勝は、四区が勝利する。”


 繰り返しますが、決してこの手紙のこと、この予言のことは、他言なさらぬようお願いいたします。『定めの鏡』を作った魔導士は、呪いについても詳しいと聞いておりますので。

 では、次の予言まで。

                        『定めの鏡』を持つ者より>


 わたくしが読み終えた手紙を封筒にしまいますと、リュライア様は短くひと言つぶやかれました。「……あの試合か」

「確かにあの試合、四区の代表が勝っておりますね」

 わたくしがうなずきますと、珈琲と焼き菓子を堪能されておられたクラウ様が、そうでしょ、と身を乗り出されます。

「その手紙を見つけたのは、試合から四か月以上経ってからだけど、僕驚いちゃったよ。あんな番狂わせの試合を的中させるなんて!」


 帝都市民の娯楽のひとつである「地区対抗奉納拳闘試合」は、一年がかりで行われる、大規模な拳闘興行でございます。

 帝都の九つの行政区うち、前年優勝の区を除いた八区の代表選手が、勝ち抜き戦方式で拳闘の試合を行い、その勝者が前年優勝者に挑むというもの。


 一回戦は春の新花祭、二回戦は夏の夏至祭、三回戦は秋の農神祭で行われ、決勝は年末の冬至祭で行われますが、近年は第八区――己が肉体を資本とする労働者が多く居住する地区――が前人未踏の七連覇を達成しており、今回の「挑戦者」たる第四区――青雲のこころざしを胸に地方から出てきた青書生たちが集う学生街――の代表が勝利するなど、誰も予想しておりませんでした。


「年末年始は、帝都はもちろんリンカロットでもこの話で持ち切りだったもんね!

五十対一の賭け率オッズを覆して、前年王者を倒すなんてさ」

「さようでございましたね。あまりにも劇的な展開ゆえ、舞台化決定とうかがっております」

 わたくしは、手紙を卓上にお載せしてから、クラウ様のカップに珈琲のお代わりをお注ぎしました。


「確かに、史上稀に見る番狂わせだったそうだな」

 リュライア様は椅子の上でもぞもぞと身体を動かされてから、珈琲を口に運ばれました。「だが、手紙の差出人が単なる穴党、というだけかもしれんぞ?」

「そうかもね。でも、次の手紙もなかなかだよ」

 クラウ様は、束の中から二通目を取り出し、わたくしに渡されました。


「封筒は前回と同じものでございますね。宛先を活字で印刷しているのも同じでございます……消印は今年の一月六日付で、前回からさほど日は経っておりません」

 わたくしは二通目の封筒をざっと観察してから、リュライア様にお渡しいたしました。ご主人様は、あまり興味が無いという風情でお顔を窓に向けられましたが、封筒から手紙を取り出される際の素早い手つきから判断する限り、明らかに興味をそそられておいでのようでございます。


「……ほう、今度は天気ときたか」

 口元を不敵にゆがめられたリュライア様から手紙を受け取ったわたくしは、一通目と同じように活字で記された内容を読み上げました。


<『定めの鏡』に選ばれたあなたへ

 前回の予言は的中いたしましたが、鏡の力をもってすれば、さほど難しいことではございません。

 今回も、鏡が映し出した予言をお知らせいたします。なお、前回お願いいたしましたとおり、予言は決して他言なさらぬよう重ねてお願いいたします。


“今年の新年祭の『祈年舞』の日に、雪は降らない”


 では、次の予言まで。

                         『定めの鏡』を持つ者より>


「これも『番狂わせ』だったな」リュライア様は机の上で頬杖をつかれました。

「毎年一月の新年祭の期間中、なぜか『祈年舞』の日だけは、決まって雪が降るという根拠の無い言い伝えがある」

「はい。実際ここ十年以上は、毎回雪が降る中での舞踊となっていましたが……」

 わたくしは、二通目の手紙を一通目の上にお載せして、クラウ様と目を合わせました。「今年はなぜか、快晴でございましたね」


「そう! だからすぐに思い出せたよ。この『予言』も当たってるって!」

 クラウ様はこくこくとうなずいて、わたくしの言葉を肯定されました。

「拳闘試合の番狂わせを言い当てるだけでもすごいのに、今度は天気だよ? これはもしかしたらって思ったね」


「何がもしかしたら、だ」

 リュライア様が不機嫌そうにクラウ様をにらまれました。「必ず雪が降る、などと根拠の無い言い伝えだ。これまでたまたま雪が降っていただけだろう……そもそも一月上旬の行事なのだぞ? 雪が降るのは珍しいことではない」


「うん、一月なんだから雪が降るって考えるのが普通じゃん? でも、今年はなぜか雪が降らなくって、それを事前に言い当ててるんだよ? すごくない?」

 クラウ様は勢い込んで、椅子から身を乗り出されます。

「そして何が一番すごいかって言うと、こんな手紙が、あと三通も来てるってことなんだよ! もちろん、『予言』は全部当たってるんだ!」

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