珈琲10杯目 (7)口の上手さは詐欺師以上
「……すごい! きっとこれなら、無事に馬券購入までいけそうです」
ルノートル殿が息を呑み、ついでに
「過分なお褒めのお言葉、痛み入ります」
「どう? ファルってすごいでしょ」
クラウ様は
「……何故お前が得意げなのかは知らんが」
二杯目の珈琲を飲まれながら、リュライア様は冷たい視線をクラウ様に投げつけられます。
「この手紙を使って、標的のクメルタイン殿を誘い出すのはお前の役目だ。つまり、万一この作戦が失敗したら、全てはお前の責任ということだな」
「え」
「当然だろう。手紙はエランナ姉様がお前宛てに出したということにしているのだからな。お前がクメルタイン殿に接触せんでどうするというのだ?」
クラウ様は呆然として固まってしまわれましたが、ルノートル殿は
「クロリスさんが説得役になることは理解しています。早速今日にでも、クメルタインさんにこの手紙を見せて誘い出してもらいます……問題は、当日ですね」
ルノートル殿は手元のお菓子を召し上がられてから、表情を引き締めてわたくしと目を合わせられました。
「競馬場までの移動、競馬場の入場、馬券の購入。これらのうち、馬券の購入はおそらく問題ないでしょう。その前段階の移動と入場も、クロリスさんの話術があればどうにかなると思います」
「さすがはプラトリッツの優等生」
頬杖をついた格好で、リュライア様はゆるやかな笑みを浮かべられました。「この馬鹿も、口だけは詐欺師並みだということをよく見抜いておられる」
「お言葉ですが、詐欺師並みなんてことはありません」ルノートル殿は真顔でリュライア様に反駁されました。「クロリスさんの口の上手さは、詐欺師以上です!」
……一見隙の無いルノートル殿でございますが、実はかなりの天然なのでは?
「馬券の購入の次は、レースの観戦です。それはつまり、コースの見える観客席に移動するということですが……」
「確かに、そこが一番の問題でございます」
わたくしはうなずいて、ルノートル殿の懸念に同意を示しました。
「過去の事例でも、幾多の挑戦者が涙を飲んだ難所でございましょう。今回の作戦でも、ここが最も危険ではございますが――」
わたくしは、ルノートル殿と、いつの間にか正気に戻っておられたクラウ様を安心させるように、声に力を込めました。
「策はございます」
数瞬、沈黙が流れました。リュライア様は静かに珈琲を楽しまれ、ルノートル殿は目を見開いて軽い驚きの表情を浮かべておいでです。そしてクラウ様は、目を輝かせて沈黙を破られました。
「すごいや、ファル! どんな策!?」
「お答えする前に、確認でございます」わたくしはクラウ様を落ち着かせるよう、ゆっくりとルノートル殿に顔を向けました。
「ルノートル様。『夜明けのカラス』の
「そうです。挑戦者が強圧的な手段に訴えていないかどうかは裁定者の判断が絶対ということになっていますし、その他、馬券を標的自身が購入しているか、ちゃんとレースを最後まで見ているか等も確認しています」
ルノートル殿は、最後に残っていた
「だから裁定者は、『夜明けのカラス』が始まったら標的の様子を監視して挑戦者側の不正な工作が無いか目を光らせているし、当日は標的にべったりくっついて監視することになっています」
「今回の裁定者は、どのような方でございますか?」
「ピクトワ・サーヴィルっていう四年次生だよ」クラウ様が横から指摘されました。
「魔術法の成績は、プラトリッツ魔導女学院の歴史でも最上位に入るくらいの優等生なんだってさ。フランが言ってたから、間違いないよ」
フラン殿とは、クラウ様のご友人のエリフランデ・フォンシール殿でございます。以前クラウ様と決闘し、その後無二の親友となられた方でございますが、魔術法が得意教科でいらっしゃいますので、この情報に間違いはございますまい。
「法の専門家ということであれば、かえってやり易くなるでしょう」
わたくしは安堵とともに笑顔を浮かべ、お二人に「クメルタイン殿にレースを観戦いただく策」をお伝えいたしました。
わたくしがご説明申し上げる間、お二人は身じろぎひとつせずわたくしの言葉に耳を傾けておいででしたが、わたくしが説明を終えますと、お二人それぞれ反応を示されました。
「ファル、すごいよ! これで『大勝』は確定だね!」とクラウ様。
「……ちょっと強引ですけど、現実に存在しない脅威は虚偽であって脅迫ではないってことですね。いけると思います」とルノートル殿。
ルノートル殿は、しかし、腑に落ちぬといった表情をわたくしとリュライア様に向けられました。
「あの……こんなにしていただいて、よろしいのでしょうか?」
「気にしなくていい、今日の勘定はこちら持ちだ」リュライア様は悠然と笑み返されました。「ああ、ご心配なく。そこの馬鹿の分は本人持ちだ」
「えっ」クラウ様が愕然と目を見開かれるのも構わず、ルノートル様はかぶりを振られました。
「それはもちろんありがたいのですが、私が言いたいのは……」
「何故ここまで協力するか、ということかな?」
リュライア様は大人の表情で応えられ、わたくしに視線を投げかけられます。わたくしは、ご主人様に代わってお答えいたしました。
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