第4話 指定士たち
今は使われていない地下街の区画。未だかつてない広さのフェノメノを無言で眺めるイヅツがいた。
一匹、また一匹とトカゲの孵化してゆく。その様子を見てイヅツは満足そうに微笑む。
「いい子だ、お前達! 這いずり回って俺の願いを叶えてくれ!」
誰も寄りつかない地下の片隅で、イヅツの、イヅツによる、イヅツのための復讐組曲が奏でられ始めた。
厚生労働省によるユキヲへの取り調べは、十二時間にも及んだ。厚生労働省職員は、ユキヲが指定したマテリアルから滲み出した人体に危害を加える属性デブリについて、どうやらユキヲが意図的に創り出したものとにらんでいるようだった。
「何度聞かれても分からないものは分からない! 俺は何も知らない!」
あくまでも否定するユキヲに、
「ちっ!もういい、今日の取り調べはここまでだ! 連れて行け!」
狭い独房で、ユキヲは最近行った指定業務について必死に思い出していた。しかしいくら思い返しても、今までと何も変わるところは無く、なんでこんな事になったのか、泣きたい気分になるだけだった。
次の日も激しい取り調べは続いたが、突然取り調べ室のドアが開いた。
「袴田、出ろ!」
「?」
言われるがまま部屋を出ると、複数の厚生労働省職員が待機しており、
「ついてきてください」
とだけ話すと、足早に歩き出した。
その後、ユキヲは車に乗せられ、しばらく走ったあと、見覚えのない雑居ビルの前に停まった。
四方を囲まれた状態で乗ったエレベーターは、5階で止まった。
「大変でしたね、袴田君」
そこには、九州局局長の津田歩が静かに立っていた。
三井右京はここ数日、九州局を無断欠勤していた。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいヤバイやばいヤバイ‥‥
右京にとって指定はすべての源だった。
右京が欲する虚栄心やパンショクからの憧れを生み出す便利な装置だった。
右京は家じゅうのマテリアルになりそうなものを、手当たり次第に指定しまくった。だが、一つとして頭の中に棒グラフを呼び起こしてくれるものはなく、目を閉じても空っぽの闇が広がるだけだった。
なぜだ?
疲れているのか?
休めば復活するのか?
指定ってどうやるんだっけ?
誰か教えろよ!!!
誰もいない部屋で窓ガラスが震えるほど叫んだ時、右京はふと昔ユキヲが言っていたことを思い出した。
「指定って不思議だよな〜、俺なんかいまだに上手く出来ないけど、それでもたまにスウィーパーからありがとうって言われることがあってさ〜、お礼言われると、やっぱうれしいんだよね〜」
‥‥袴田、バカっぽいな‥‥
‥‥俺って相手のことを想って指定なんかしたこと、あったっけ?
相手を想うって、どんななんだろうな?
そう想った瞬間、今まで育ててくれた両親や学校の先生、数少ない友達の顔が浮かんできた。
今まで経験したことのない不思議な気持ちになった時、ふと目の前に転がっていた目覚まし時計を手に取った。目を閉じて集中してみる。
すると、うっすらだが、確かに2本の棒グラフが浮かび上がる。
‥‥電気‥1‥
‥‥‥音‥‥3‥
音!?音ってナンダ!?
音属性なんて聞いたことないぞ!
初めはぼんやりした棒グラフがみるみるとはっきりした形を作ってゆく。
「見えた! 見えたぞ!!」
右手で小さくガッツポーズを作った時、この瞬間が三井右京の復活の瞬間だった。
雑居ビルの、ガランとした空間に津田局長とユキヲが向かい合っている。
「袴田君はこの男を知っていますか?」
津田はそう言って、一枚の写真を差し出した。
見ると、そこには何の変哲もない二十代後半の男が写っていた。
「見覚えはない‥‥、えっ、待って下さい、この男どこかで‥‥」
写真では黒髪、黒スーツで分からなかったが、ユキヲはこの男に見覚えのがあった。
‥‥‥‥‥‥‥‥!!!!
黒髪を白髪、黒スーツを白ポンチョに変換すると、以前ターミナル駅でぶつかった男によく似ている。
「この男、会ったことあります!」
「この男はイヅツ、九州局の局員でした」
「イヅツは優秀な指定士でしたが、内面の極めて強い攻撃性や利己的な行動を協会本部から問題視され、除名処分を受けました」
「イヅツは激しく抗議しましたが、決定は覆ることなく除名は実行され、彼はそのまま行方をくらませました」
「そうだったんですか‥‥」
「各地で発生しているフェノメノや君の見たトカゲについてもイヅツが関わっているのです」
「どういう意味ですか?」
「昨日私のところにイヅツから一通の手紙が届きました」
「そこには、フェノメノは属性を持ったトカゲのタマゴであること、自分はその属性トカゲの孵化をコントロール出来ること、そしてその属性トカゲを使って人々を硬直させられることが書いてありました」
「!!」
「イヅツの要求は一つ、私と会って話がしたい、それだけのようです」
「私は一人で明日14時に指定された場所へ行かなくてはいけません」
「局長、危険すぎます!」
「私が指示に従わない場合は、街中に属性トカゲを解き放つと言っています」
「そんな‥‥どうしたら‥‥」
「袴田君、君のチカラを私に貸してください」
津田はユキヲの目を真っ直ぐ見てそう言った。
イヅツの指定した日は、明け方から雨が降っていた。
この街に暮らす人々が目にしたのは、街中に敷き詰められ、雨に濡れて光るフェノメノの海と、その海原を這いずり回る無数の属性トカゲだった。
「イヅツの奴、話が違うじゃねえか!」
三井は一つ愚痴をこぼして、今日すべきことの準備に取り掛かった。他の指定士も全員揃っている。
九州局員は不測の事態に備えて、今日の午前0時から九州局で待機していた。
局のエントランスホールに会議室からテーブルを移動させる者、九州じゅうのスウィーパーというスウィーパーに連絡をとるもの。
すべての準備が完了した時、長田二課長がありったけの大声で号令をあげた。
「それではみなさん!はじめますよぉ〜!!」
九州局のエントランスホールに仮設で作った受付目掛け、大勢のスウィーパーが大挙して押し寄せる。
「かかってこんかい!」
三井達指定士は自分の持てるすべての能力を使って、片っ端から差し出される大量のマテリアルを指定してゆく。
「三井さん、アベレージ落としてでも発動早めたほうがいいですよね?」
指定士では若手の白原ミキが、鬼のような形相で指定をしている三井に尋ねた。
「当たり前だろ、ヴォケ! スピード優先だ!」
「‥‥三井さん、こんな時でも口悪いんだ‥‥、引くわ〜」
三井達はこの属性トカゲの大量発生を想定していた。あらかじめ九州じゅうのスウィーパーに声を掛け、量には量で対応しようとしているのだ。
いまだスウィーパーの列は途切れないが、その列の近くで九州局の広報が走りながらなにか叫んでいる。
「ただいま属性トカゲの駆除率60%! 繰り返します、ただいまトカゲの駆除率60%です!」
白原がすかさず長田に確認する。
「あと40%! 長田課長、今日の仕事、特別手当出るんですよね!?」
「出す出す出す出す、出しますよ〜! さあみなさん労働の時間です!」
三井は珍しくニヤリと笑うと、指定を終えたばかりのヘアアイロンをスウィーパーに手渡した。
同日14時。
街を一望できるポートタワーの屋上展望に津田はいた。
エレベーターのドアが開き少し歩いた時、絡みつくような視線を感じて立ち止まった。
イヅツだ。
「ご無沙汰しております、津田局長」
「イヅツ君‥‥」
「まずは約束を守っていただけたことに感謝いたします」
「‥‥」
「そんなに緊張しないで下さい、津田さん、ワタシは貴方と話がしたいだけです」
「イヅツ君、あなたは局を去ったあと、どこに居たのですか?」
「フフ、内なる世界で今日の事を夢想していました」
「ワタシからも質問です。ワタシが局を去って貴方は悲しかったですか?」
「あの時の本部の決定は正しかったと思っています」
「ソンナコトハキイテイナイ!!!」
「ワタシは悲しかったかと聞いている! ハイかイイエ、二つに一つです!」
「イヅツ君、あなたは優秀な指定士でした。局として残念に思います」
「当時のワタシに怖いものはなかった。ワタシの実力があれば何でも思い通りになりました」
「‥‥」
「しかし最後まで本当の欲求は満たされなかった」
「‥何なのですか?」
「ワタシが欲しかったもの‥それは‥‥」
「貴方に認めてもらいたかった!! よくやったと褒めて欲しかった!!」
「‥‥‥!!」
「ワタシは内なる世界で夢想し、一つの結論に至りました」
「この願望は未来永劫、貴方と一つになる事でしか達成出来ないと!!!」
そう言い終えると、イヅツは右腕をダラリと下げた。指先から液体が滴る。
「局長、こんな事も出来るようになりましたよ」
滴る液体はみるみるうちに日本刀の様な形状に姿を変えてゆく。
「属性デブリはこんな使い方もできるんです」
素早く津田の後ろにまわり込んだイヅツは、自分もろとも貫こうと、属性デブリの刃を振り上げた。
「大願成就!!」
切先が津田の腹部をとらえる寸前、どういうことか刃はピタリと止まった。
「ぐあああぁぁあぁーーーーー!!」
断末魔の叫び声をあげながらイヅツが首を押さえのたうち回る。
「はあ‥‥はあ‥‥はあ‥‥はあ‥‥」
津田も手首を押さえ、かろうじて立っている。
津田とイヅツの様子をドローンを使い注視していた警察は、このタイミングを逃す事なく警官隊を屋上展望に突入させた。
「イヅツ確保!!」
屋上で呻きながらうずくまっていたイヅツは警官隊に確保されたが、左頸動脈の怪我の程度が酷く、すぐさま救急搬送となった。
津田もまたイヅツと同様のヤケド痕のような負傷をしており、緊急の治療が必要な状態だった。
津田は半ば気を失いながら、両脇を救急隊員に抱えられ、病院に急いだ。
ユキヲは津田と話して以来、厚生労働省にその身柄を拘束されていた。
「袴田、津田局長がお前に面会希望だ」
ユキヲが津田の入院する病室に入ると、
「外して下さい」
と津田は言って、厚生労働省職員を廊下に退出させた。
「局長、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。大した事ありません」
左手首に何重にも巻かれた包帯が痛々しい。
「袴田君、君のおかげでこの困難を乗り越えることができました」
ユキヲと津田が雑居ビルで会った時、二人は対イヅツ用の秘策を準備していた。
その秘策とは、ユキヲの指定によって発生する、人体に危害を加える属性デブリ(融解デブリ)を逆手にとるものだった。あらかじめユキヲによって指定された腕時計を津田が装着する。そして津田に危機が迫った瞬間に融解デブリを使うというどう考えても勝つ確率の低いギャンブルだった。
イヅツの属性デブリの刃が津田の腹部に届く直前、津田はイヅツの首に融解デブリの溢れ出した腕時計を押し当て、九死に一生を得たのだ。
津田の押し当てた融解デブリはイヅツの頸動脈付近まで達しイヅツは戦闘不能になったが、津田自身も相当なダメージを負った。
「君の属性デブリは相当痛いですね」
「‥‥‥すいません」
「冗談ですよ。君がいなければ私は死んでいました」
「イヅツとどんな話をしたんですか?」
「‥‥昔話をね、少ししました」
「私が彼にもう少し違ったかたちで接していたら、違う未来があったのかもしれません」
「僕にはよく分かりませんが、局長は悪くないですよ!」
「ありがとうございます」
「救われました」
「今後のことは、副局長にお願いしています。袴田君のことも解放するように厚生労働省に強く言っておきました。明日から通常の勤務に戻れるはずです」
「え〜、厚生労働省で出される食事、意外と美味くて意外と気に入ってたんですけどねぇ〜」
「仕事、がんばって下さいね」
「局長、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。袴田ユキヲ君」
IDパスをかざして今日も長い一日が始まる
「(おはようご)ざいまーす」
「あ、おはよう」
「おすおすおすおす」
「おはようございまーす」
「‥‥‥おす」
珍しい! 三井があいさつをしている!
だが、次の瞬間には気恥ずかしそうに急ぎ足で自室に入って行った。
(まあ進歩したほうだな‥‥)
イヅツ事件の事を後輩指定士の白原ミキから聞いた。
事件の犯人であるイヅツは、融解デブリによる頸動脈損傷が酷く、一時は生死の境を彷徨ったようだが、一命はとりとめ、今は警察病院に入院していて治り次第、取り調べが始まるらしい。
属性トカゲによって硬直状態になっていた佐藤さんや同じ症状の人達は、三井達の活躍のおかげで達成出来た属性トカゲの駆除やフェノメノ除去により徐々に硬直が改善し普通の状態に近づいている。
最後に最も重要な話なのだが、御子柴さんの大学生スウィーパーの孫は、九州局の応援要請に応えた結果、大学を留年することになったらしい。
今日も当日持ち込みのスウィーパーの列ができている。業務終了はどう見積もっても早くて夕方4時頃になるだろう。パンショクはパンショクらしく数をこなす事で貢献するしかない!
あなたたちが望むなら社畜ならぬ局の犬にもなりましょう! ワンワン!!
(おしまい)
3年目の属性指定士 〜平凡男とあいさつナシ男〜 カワウソくん3656 @kawausokun3656
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