第3話 肖像画

 俺はあいさつをしない。必要性を感じない。


 午前8時40分に九州局の自室に入ると、早速内線がなった。

「三井さん、おはようございます、9時ご予約の御子柴様がお見えです」

「あぁ、時間まで待たせといて」

「承知しました」

 内線を切ると、見ていたかのようなタイミングでノックする音がした。

「どうぞ」

 二課長の長田は部屋に入るなり、

「おはよう三井君!先日君が指定した田川さんね、大変よろこんでおられたよ!またよろしく頼むね!」

「そうですか‥はい‥」

 そう言うと長田は、ビジネススマイルをひとつ浮かべ部屋を出て行った。 


 うぜぇ‥

 あの程度の仕事で感謝とか、たかが知れてるな‥


 俺の仕事、属性指定士は公務員にしては珍しく成果主義だ。その職員ごとに能力や実績に応じて給料が決まり階級が決まる。

 俺は一年前に仕事が認められこの自室を与えられた。どうも九州局創設以来、最速らしい。

 完全に一人で仕事が進められるこの環境が気に入っているし、一般職員(俺はパンショクと呼んでいる)と関わらなくていいとか最高だ。

 そもそも俺は普通の努力や運の良さでこの状況を勝ち取った訳ではない。最終的な目標を定め、そこに辿り着くにはどうするか逆算し行動した結果のこの状況だ。

 必要な努力を怠ったパンショクになど、だれがあいさつなんかするか! ブォケが!


 ‥‥つい熱くなってしまった。仕事をしなくては。


 今日の指定一人目の御子柴さんは、飲食チェーングループの会長だ。俺の太客の一人で、目に入れても痛くない大学生スウィーパーの孫のため、俺に指定を依頼し、マテリアルを渡しているらしい。

「三井さん、今日はこれの指定をお願いしたいのですが‥」

「‥電気ケトルですか」 

 電気ケトルは、小型の割に出力が高く、広い層に人気があるマテリアルだ。

「わかりました、少しお待ち下さい」

 そう言って、目の前のケトルに両手をかざした。目を閉じて集中する。すると、徐々に頭の中に棒グラフのようなものがイメージされ、属性ごとに形になっていく。 

 火2‥水2‥電気2‥‥

 指定の結果が表示されていく。

 パンショクならここで終了だが、俺が自室を与えられた所以はここからだ。頭の中にイメージされた棒グラフを無理矢理引き伸ばす。水は硬くて伸ばせなかったが、火と電気については、伸ばせる余地があり、引き伸ばしに成功した。

「御子柴さん、このケトルの指定は、火3、水2、電気3です」

「おぉ! さすが三井先生! ありがとうございます!」

 御子柴さんは満面の笑みで、俺の手を握り、上下にブンブンと振っている。

「いや〜大学生の孫がお金が必要らしく、難易度の高いミッションに参加するらしいのですよ」

「ですので、優良な指定を受けたマテリアルが必要でしたので助かりました」

「お金ならいくらでもやると孫に言ったのですが、じいちゃん、お金は自分の手で稼がなきゃだろ、と孫に叱られまして‥いやはや参りました!」

 ‥‥知るか! 興味ないわ!

 「つきましては三井先生、今回のお代なのですが‥」

 見ると、御子柴さんはテーブルに百万円の札束をすでに用意していた。

「御子柴さん、何度も言いますが、金品の授受は公務員法に違反しますので‥」

「何を言っているのですか、先生! これは肖像画の束ですよ、人物の絵を渡すことが公務員法に違反するのですか!?」


 ‥‥‥‥‥‥

 俺は御子柴さんのユーモアセンスが好きだ。


 俺は無言で肖像画の束を懐にしまうと、御子柴さんを丁重に見送った。 



 長田二課長から渡された一枚の紙には、通達と書かれた文章とともに、あの胴の長い淡く青いトカゲが写っていた。

 通達には、全国で硬直するスウィーパーが頻発していること、原因が分からないこと、唯一写真にとれたのが写真のトカゲであることが書かれていた。

「長田課長、これ‥」

「お前の見た赤黒いトカゲも、おそらく今回の事件に関係してる、ただ今は厚生労働省からの発表を待つしかない」

「そうですね‥」

 俺は全国で想像以上に硬直症が頻発していること、そして自分が重要な事実の目撃者かも知れないことに動揺していたが、出来るだけ平静を装って課長とともに会議室を出た。

 

 その日一日の事はよく覚えていない。

 夕方まで仕事をしたはずなんだが、気がつくと自分の部屋のベッドに横たわっていた。

「なんで、部屋?」

 思わずつぶやくと、目の前のミネラルウォーターを一口飲んだ。

 気がつくと上着のポケットの携帯が鳴っている。長田課長からだ。

「おい袴田! 今どこだ!」

「えっ? 今は自分の部屋ですけど‥」

「お前の指定したマテリアルで怪我人が出たらしい! 今から九州局で緊急会議があるからお前も来い!」


 マテリアルで怪我人!?

 訳がわからん!

 もう休ませてくれ!!


 状況が飲み込めないまま、九州局に向かうと、局長以下、局のお偉方が揃っていた。普段見ることこのない顔ぶれに、ことの重大さが身に染みる。戸惑っている俺に、津田歩九州局局長が静かに話し始めた。

「袴田君、ご苦労様」

「端的に話すけど、あなたの指定したマテリアルを使ったスウィーパーが負傷しました」

「本来なら無害である属性デブリで重症のやけどを負ったみたいです」

「これからあなたの身柄は厚生労働省に移送され、取り調べがあります」

 津田局長は静かに、だが口を挟むスキを与えず、一気に話した。

 津田局長が話し終えた途端、待機していた厚生労働省の職員が俺の両脇をガッチリホールドし、無理やり連行させようとする。

 俺はすがるような目でその場にいた長田課長を見たが、課長は下を向いて首をふるだけだった。

 


 袴田が厚生労働省に移送された頃、硬直した佐藤さんの体は帝都大学病院にあった。

「教授、やはりこれは間違いないのでは」

「そうですね‥硬直症の原因が分かったかもしれません」

 佐藤さんの頭部のMRIを撮影したところ、延髄の「橋(きょう)」といわれる部分に、一部変色した部分があった。

 教授その他の共通の見解は、なんらかの作用でこの橋がダメージを負ったというものだった。この見解は翌日の教授会で正式に承認され、厚生労働省より公式な発表として報道されることになった。


 この報道をネットニュースで知った三井は、このニュースに対してあまり興味を持てないでいた。


 だからなんなんだよ‥(属性デブリのような)あんな得体の知れないもの、スウィーパーもリスクを承知で扱ってんじゃないの?

 完全に人ごとだ。


 三井がいつものように自室に入り、一人目の顧客の指定に取り掛かった時、その異変は起きた。

 いつもなら目を閉じ集中すると浮かんでくる棒グラフが今日はいつまでたっても浮かんでこない。

 あれっ? なんだ?

 それから数分がたつ‥。

 なにも浮かばない。

「すいません、今日は体調が悪いみたいで‥、また後日の指定でかまいませんか?」

「は?冗談じゃないですよ! 三井さんの予約をとるのに三ヶ月待ったんですから! なんとかお願いしますよ!」

「‥体調が悪いって言ってんだよ! さっさと帰れ! ヴォケ!!」

「なんだその態度は! 二度と来るか! SNSに晒してやるからな!」

 顧客は激怒し部屋を出て行った。

 あんな初見の客、どうでもいい。俺には太客がいる。

 俺はすぐさま受付に電話し、今日の予約の全キャンセルを伝えた。


 なぜ、イメージできない?

 原因はなんだ?

 すぐに原因を突き止めなくては‥


 もし原因が分からない時は‥

 その時は‥‥‥終わりだ。

 

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る