第2話 白い男
叫びながら硬直した佐藤さんの両肩を強く揺さぶっていた俺は、目の前で起きていることが理解出来ず、次第に手を止めた。
「どうしたら‥どうしたら‥」
考えている間にも佐藤さんの顔色はみるみる土色に変色していく。
俺は震える手でバッグから携帯を取り出し、急いで119に電話をかけた。
「佐藤さんが! 佐藤が動かないんです! 救急車一台早く!!」
「落ち着いて! 救急ですね! あなたがいる場所と状況は説明できますか?」
俺は慌てながらも、分かる限りの場所の説明と状況を相手に伝えた。
「なんだ‥これ‥?」
到着した救急隊員達は顔を見合わせつぶやいた。救急隊員達が驚くのも無理はない。佐藤さんの身体は硬直が進み蝋人形と見間違うほどだった。
救急隊員達は四苦八苦しながら佐藤さんを救急車に乗せると、
「ご家族の方ですか? 救急車に乗ってください!」
家族ではないのだが、俺は慌てて救急車に乗り込むと、佐藤さんの手を握った。まだ温かい。
救急車は猛スピードで病院に向け走り出した。
その後、警察の執拗な取り調べを受け、家に帰る頃には日付が変わっていた。
取り調べをした警察官に赤黒く光るトカゲのことを話したが、当然のように信じてもらえなかった。それどころか、簡単な精神鑑定を受けさせられたほどだ。
「なんだったんだ‥‥あのトカゲ‥‥」
翌日、まだ少し混乱しながらも出勤した俺は、仕事の合間にあの時の状況を思い返していた。
あの時のトカゲはトカゲではなかった。まず胴が長すぎる。普通のトカゲの倍はあった。そして信じられないことに、トカゲ自体がうっすら光っていた。夕日は沈みきっていなかったが、それでも分かるほど。
さらに深く思い出そうとしたが、
「ハイハイハイ!仕事してよ!」
という長田二課長から発せられる雑音によって、あえなく失敗に終わった。
「袴田君さぁ〜、ここのところ業務量落ちてない?三井君なんて、アベレージ4.0超えてますけど〜?」
「(ムカッ)‥‥さーせん」
三井と比べなくてもいいでしょう、三井と。
あんなやつと比べられたらたまったもんじゃない。
アベレージというのは、平均デブリ指定率のことで、一つのマテリアルにつき、いくつの属性デブリを指定できたか表すものだ。
このアベレージが高ければ高いほど、優秀な指定士となる。
俺だって新人の頃の1.2から最近1.4にまで上がったんだ。
言い返してもしょうがないので、俺はすごすごと残りの仕事を始めた。
三井とは昔から気が合わなかった。
ランチの後、俺はコーヒー、三井は紅茶。
好きな音楽のジャンル、俺はK-POP、三井はJAZZ。
決定的に違うのは、俺は迷ったら楽な方、三井は迷ったら困難な方に進むことだった。
結果、入局後三年でこのザマだ。
今では、三井の背中が冥王星よりも遠く感じる。
入局後、一年過ぎた頃、三井の前でついグチを漏らしたことがあった。
「いいよな、天才クンは、あ〜あ、脳みそ取り替えてほしいよ」
それを聞いた途端、三井は、
「バカかオマエは! 俺がどんだけ自分の能力にコストを払ってきたと思ってんだよ!!」
何も言い返せなかった。
三井が今までどれだけ努力してきたかは分からないが、分かったところで自分にその生き方は出来そうにない。
俺はこの時から三井と張り合うのはやめた。
それから数ヶ月経ったが、俺の日常に変化はなかった。唯一今までと違うことは、一週間に一度、佐藤さんの入院している病院にお見舞いに行くことだ。
この数ヶ月間、佐藤さんの容体に変化はなく、警察の捜査も進展はない。
いつものようにお見舞いを終えて病室を出ようとドアに手をかけた時、廊下から看護師が話している声が聞こえた。
「406号室の佐藤さん、意識戻らないわよね」
「そうね、硬直も取れないし‥、ちょっと知り合いから聞いたんだけど、近くの病院に佐藤さんと同じ様な症状の患者が運ばれたらしいわよ」
「本当に?」
「でね、その人もスウィーパーなんだって」
「なにそれ、なんか関係あるの?」
「そんなこと私が知る訳ないじゃない」
他の病室のアラームがなり、看護師達はそちらに向かい会話は終わった。
他にも同じ様な患者がいる?
その人もスウィーパー?
そんな偶然あるのか?
佐藤さんを助けたい気持ちはあるが、何をどう動いたらいいのか分からない。たった一つの手がかりである赤黒く光るトカゲもどう関係しているのか分からない。明日の仕事もきっと忙しい。
ネガティブな条件が三つ重なった時、お得意の悪い癖が発動した。
あーめんどうだ。考えるのをやめよう。
認めたくはないが、どうやら俺はクズ男らしい。
前日の看護師の会話が気になってはいたが、とりあえず聞かなかったことにして、次の朝、俺は職場へ向かった。
ターミナル駅の大型ビジョンモニターの前に大勢の人だかりが出来ている。
見てみると、全てのミッションを管轄する厚生労働大臣が緊急会見を行っている。
「えー、ここ数ヶ月でミッション実施中、またはミッション実施後になんらかの原因で、数名のスウィーパーが意識を失い硬直するといった事例が発生しております」
「現段階ではミッション参加と硬直の因果関係は不明ですが、一方でスウィーパー硬直直前にトカゲの様な生き物の目撃証言もあり、スウィーパーの皆様にはミッションに参加される際、十分注意して参加されますようお願いします」
トカゲの様な生き物?
ほらみろ!やっぱりいたんじゃないか!
とにかくあの赤黒いトカゲのことを誰かに報告しないと。
俺は急いで九州局のビルに向かおうとした瞬間、すれ違う人とぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
反射的に謝ったが、相手からのリアクションはない。
ゆっくり目線を上げていくと、そこには白髪の、青白い肌をもつ男が立っていた。
その男は、晴れているのに真っ白な膝まであるポンチョを着ている。
二人は数秒顔を見合わせる状態になったが、白い男から目を背けるかたちで状態は崩れた。
そのまま白い男は無言のまま人ごみにかき消された。
「なんだったんだ、今の‥」
男の奇妙さに引っかかる感じを受けながら、優先させるべきトカゲの報告のため、九州局へ急いだ。
二課のドアを開けると、他の局員はみな出勤している。
あいさつもそこそこに、長田二課長のデスクに急いだ。
「二課長、ちょっとお話が」
「どうしたんですか、珍しく深刻な顔して」
二課長に佐藤さんが硬直した時の状況と赤黒いトカゲの話を話す。そのままの勢いで、朝の厚生労働大臣の会見の内容も話した。
黙って聞いていた長田の顔がみるみる青ざめていく。
「‥向こうで話そうか」
誰もいない会議室で、二課長は一枚の紙を差し出した。
受け取った俺は紙に書かれている文章を目で追った。そして添付されている写真を見て言葉を失った。
通達と書かれてあるトカゲに関する文章、その先の写真に透けるほど淡い青の一匹のトカゲが写し出されていた。
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