属性指定士 〜平凡男とあいさつナシ男〜

カワウソくん3656

第1話 トカゲ

 IDパスを入場ゲートにかざし、今日も長い一日が始まる。


「日本属性指定士協会 九州局」


 この呼称が俺にストレスを与え始めて、もうすぐ三年になる。

 当日持ち込みのスウィーパーの列を横目で見ながら、愛すべき職場のドアを開けた。


「(おはようご)ざいまーす」


「あ、おはよう」

「おすおすおすおす」

「おはようございまーす」


 たいてい俺が一番遅い出勤なので、他の局員は出勤しており、それぞれの職務にとりかかっている。

 自分のデスクのPCにログインした途端、無駄に響くテノールが後ろから飛んできた。

「袴田くぅん、佐藤さんの指定は終わったのかな〜?」

 二課長の長田が瞬きもせず、こちらを見ている。

 マズイ、マズすぎる! 佐藤さんの炊飯器の指定、後回しにしてたのすっかり忘れてた。

「90%、いや80%‥60%は終わってます! 大丈夫です! 大丈夫です!」

 全然大丈夫ではないが、慌てて取り繕うと、

「なら、いいんだけど?たのむよ〜?」

 疑いオーラ全開で二課長は去って行った。

 あぶねっ、朝から俺の限られたエナジーを削られるところだった。

 やりゃあいいんでしょ、やりゃあ。働かせていただきますよ。


 俺たち日本属性指定士協会九州局(以下、九州局)局員は、九州各地で発生するミッションにチャレンジするスウィーパー(掃除人)に対し、ミッション達成に不可欠なマテリアル(属性デブリの発生元)を提供するのが主な仕事だ。

 マテリアルを提供といっても、いかがわしい入手経路の武器を横流しするようなことではない。

 スウィーパー自身が持ち込んでくる様々な日用品(ドライヤー、炊飯器、懐中電灯、ハンディファンetc)の属性を「指定」することで、マテリアルを使用出来る状態にしている。

 スウィーパーは「指定」されたマテリアルを使ってミッション達成を目指す。

 現在、九州局には五名の属性指定士が在籍していて、日々指定に明け暮れている。


「時間になりましたので指定を開始します」

 始業時間になり、当日持ち込みの長い列がゆっくりと動き出す。俺の仕事は、スウィーパーにより持ち込まれたマテリアルが元々持っている属性を「指定」することだ。「指定」されたマテリアルから2、3日後に属性デブリが滲み出し、その属性デブリを使って、スウィーパーはミッションにチャレンジする。


「このドライヤーの指定結果は、火1のみですね」

「えー、電気はつかないの?」

「はい、残念ながら‥」

「電気つかないと、ミッションの種類変えないとだよ?どうしてくれんだよ?」

「そう言われましても‥」

「ちっ、しょうがねーなー」 

「‥次の方どうぞ」


 マテリアルが持つ属性は5つ。

「火」「水」「電気」「土」「光」

 これ以外の属性は存在しない。  


 さっきのブーブー言いながら帰って行ったヤカラ男で言うと、火1というのが属性とその強さだ。

 ヤカラ男は電気属性もつくと見込んでいたようだが、このマテリアルではつかなかった。

 指定結果に文句を言っていたのは、指定結果がミッションの成功や失敗に直結するからだ。

 当然属性の数値や属性の種類が多ければ多いだけミッション達成に近づく。

 マテリアル指定に対応する属性指定士には主に二通りあり、当日持ち込みに対応する指定士と事前に持ち込み予約されたマテリアルしか指定しない指定士がいる。

 前者は一般的な指定士、後者はその局のエース級指定士だ。

 前者と後者では給料の額、自室のありなし、局内での発言力など、全ての面において雲泥の差が

ある。

 もちろん俺は前者である‥。


 指定の列が一息ついた時、先日、急がないからと預かり指定を依頼した佐藤さんが炊飯器を取りに来た。

「こんばんはユキヲちゃん、炊飯器の指定は終わってる?」

「あっ、佐藤さん、もちろん終わってますよ!」

「今回はどんな感じ?」

「今回わたくし死ぬ気で指定させていただきました!火1、水1、電気1です!」

「まあ、電気までついたの?助かるわ〜、ありがとうユキヲちゃん!」

 佐藤さんの満足そうな顔を見ると誇らしかったが、実は複雑だった。

 佐藤さんは知らないが、実は指定士の能力により指定結果に差がつく。

 この炊飯器にしても、事前予約が必要なエース級指定士が指定したら、それぞれの属性が2以上アップしていたはずだ。

「アイツならこんなもんじゃない」

 俺は顔では笑っていたが、内心気持ちは晴れなかった。


 三井右京


 九州局入局後、最速で自室を持った男。

 同期入局でなぜこんなにも差がついてしまったのか。


 薄暗い嫉妬の霧で目の前がかすみそうになった時、長田二課長の声が聞こえてきた。


「袴田君、佐藤さんさえ良ければ、今度のミッションに同行させてもらったらどうだ?」

「えっ?」

 なんだそれ?

 なんでわざわざ自分の仕事外のことをやらにぁいかんのですか。

「そうですねぇ、保留中のマテリアルもたまってますしねぇ‥」

 なんとか逃げ切ろうとモゴモゴ言っていると、

「あら、私はかまわないわよ、ユキヲちゃんとお出かけみたいで楽しみだわ」

 佐藤さん‥、そんなアシストいりません。

「袴田君はまだ自分が指定したマテリアルがどうやってミッションに使われているか見たことないだろう?今後の仕事のために見学させていただきなさい」

 こう言われると、現在次のボーナスの査定期間中であるため、完全に断れなくなってしまった。

「‥佐藤さん、よろしくお願いします」


 ミッション当日は思いの外、新しい発見の連続だった。

 まず、滲み出した属性デブリが鮮やかだったこと。

 佐藤さんのミッションは、民家の塀に発生した苔のような外見の「フェノメノ(現象・事象)」に、俺の指定したマテリアルから滲み出した属性デブリを完全に消滅するまで塗りたくるといった、よくあるタイプのミッションだった。 

 この日のフェノメノの属性は火と水であったため、電気は必要なかったが、その属性デブリの鮮やかなことといったら!

 火の赤は、等級の高いルビーのように透明度が高く鮮やかすぎる赤、水の淡い青は、日本で一番うまい水道水を想像させる極めて薄い青だった。

 あと、ミッションにいろんな背景を持つ人たちが参加していること。

 同行させてもらった佐藤さんは年金受給者だが、年金だけでは生活出来ないため、定期的にミッションをこなし生活をしている。 

 同じミッションに参加した田口さんは、プロスウィーパーで、毎月10から15のミッションをこなしている。

 他にもシングルマザーやリストラされた会社員などバリエーション豊かな人たちが、日雇いバイト感覚でミッションに参加していた。


 この日のミッションは、佐藤さん他があざやかな手さばきで属性デブリをフェノメノに塗りたくり、終了予定時刻より早く達成出来た。  


「ユキヲちゃん、今日は退屈じゃなかった?」

「そんなことないですよ、とても勉強になりました、佐藤さんがあんなに手際がいいとは思いませんでした」

「あらいやだ!なんか恥ずかしいわ」

「佐藤さん、局で会う時とは別人みたいでしたよ」

「そうよね、ユキヲちゃんと局以外で会うのは初めてですものね」

「私ね、ユキヲちゃんと局で会うたび元気をもらってるのよ」

「この歳になると、若い人と話す機会もあまりないじゃない?ユキヲちゃんと話せるだけで、なにか若返る気がするの」

「ユキヲちゃんが一生懸命仕事してると、自分の子供が頑張ってるみたいで、ついつい応援しちゃうのよ」 


「佐藤さん‥」


 佐藤さんに感謝の気持ちを伝えようと口を開いたその時だった。 

 赤黒く光る胴の長いトカゲが佐藤さんのうなじから現れたかと思うと、信じられない速さでアゴの辺りから佐藤さんの耳の穴に入り込んだ。


「えっ?えっっ?」


 途端に佐藤さんの両目は反転し白目に、身体は今まで話していた姿勢そのままにガチリと硬直してしまった。

 呆然とする俺は何度も佐藤さんの名前を呼び、両肩を揺さぶるしか出来なかった。




【用語集】

マテリアル‥属性デブリが滲み出す元になる物体

属性デブリ‥苔状のフェノメノを消滅させるため用いる属性を帯びた粘度のある液体

フェノメノ‥人間が生活するあらゆる空間に発生する苔のような物質

ミッション‥属性デブリを使いフェノメノを消滅させると達成となり、その工程を録画して収入を得る

スウィーパー‥ミッションに参加して報酬を得る人。掃除人。








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