「ジェイデン、捜査範囲をジュレミントン北部へ集中させて」

「何故北部へ?」

「モビリティ街、人目を避けるならそこが一番良い。先輩が居るとしたらそこだと思う」

 少女の濃紺の瞳が次に私を覗き込んだ。指先が冷たく持ち上げられる頬は徐々に彼女の全容を映し出した。

「リーネちゃん。必ず先輩を見つけ出すからね」

〈フィーネ。私ね最初からこうなると知ってたのかも知れません〉

 ジュレミントン市警には彼女等専用のパーテーションが出来、そこに私は保護されていた。同時に殺人犯の重要参考人として聴取される立場でもある為に今の私にとってフィーネは親友ではなく、恐らくは味方と呼んで良いのかも分からない。

「それは先輩が人を殺すって事? 周辺の記録端末はハッキングされて状況は残って無かったけれど、直前まで被害者が暴れて包丁を振るっていた事とそれを無力化したという状況は他の人々によって証明済みだよ。だけど逃げたのは悪手」

〈いいえ、違うんです。私もウォルターが約束を破るとは思えません、私が知って居たのは何時か彼は私の元から居なくなってしまうって事です〉

 悲観的な私の言葉に彼女は頭を掻いて難しさを表明するような顔つきになった。

「抱える過去も身分も、違うってのは知ってるよ。けれどさ、それって今先輩がリーネちゃんから離れた根本的な理由じゃないと思うな」

 私は困惑の視線を上向けた。彼女は腰に手を据えると私に向いて宣言をする。

「むしろ先輩なりにリーネちゃんの事を守ろうとしてくれたんだよ」

〈なんですかそれ、不器用過ぎますよそんなの!〉

「あはは、だよね。けど私もそうだった。リーネちゃんを悲しませるアイズマンを探す為に王の一手に戻った時と……。だから迎えに行って言ってあげないとだね。リーネちゃん」

〈フィーネ……、私は貴女の心遣いを知らずに酷い事を言ったんですね〉

「こらこら、感傷は後。今は目の前の事件に集中だよ」

 私に微笑みかける彼女の意思が、まるで事の真実を明かすかのように明快に私の頭を揺らし、そして導かれるように私の元へジェイデンが一報をくれた。

「リチャード・フリンネルと名乗る男性から貴女へ伝言です。中央病院までお一人で参られたし」

 何の事やらと受け取った電子書簡を私に送信した彼に、私は思わず笑ってしまった。

〈ありがとうジェイデン。さぁ、もう調書はこれ位にして私も本懐に入らなければ、良いでしょうフィーネ〉

 そう訊ねると彼女は仕方ないという顔でコクリと頷く。

「行ってらっしゃいリーネちゃん、けどちゃんと戻って来てね。親友が居なくなっちゃうのなんて嫌だよ。さーて、私達も捜査再会だ。行くよジェイデン」

 私は呆気にとられ、それから出口へ向かって車椅子を進める。油断なき微笑みを携えて。それから私はバスを経由して病院へ向かうとリチャード・フリンネルの名前を出して病室へと案内された。そこにはベッドに横たわる火を振るった軌跡のような髪とエメラルドグリーンの瞳を持った少女が寝かされていた。

 私が病室に入ると直ぐに扉が閉められ、隣には拳銃を持ったミハエルが私を確認してそれをホルスターに戻した。

〈一体これはどういう組み合わせでしょう?〉

「私の元にこれが飛んできてね、彼女の元へと誘ったのだ」

 見ると彼の肩にはコルリが止まっており、今は休眠状態であった。

「マスター、は?」

 縋るような彼女に今はそれどころではないでしょうと私は諫める。

〈ウォルターは一人で決着を付けに向かいました。きっと思うところがあるのでしょう。さてさてミハエル中佐。このいたいけな少女の願いを聞いては下さいませんか?〉

 彼は引き攣った笑みを見せて丸椅子に座する。きっと私からとんでもない提案が成されるのだろうと覚悟したのだ。

「出来れば控えめな事だと嬉しいな……」

 私は彼に企画書を提示する。彼はそれを見据えて眉を色んな形に変えるのだ。

「何故これを私に? 何処かのプロダクションに頼み給えよ」

〈いいえ、準備は既に完了しています。本当に必要なのは〝これ〟を乗せる軍事回線です〉

 彼は顎が外れそうな程驚き、それから首を振ろうとして私の視線に射止められた。

「もし断ったら、無断使用するという意味に取って良いのかな?」

〈あら、ご理解が早くて助かります〉

 しおしおと干からびた彼は少し席を外すと言って扉から出て行ってこちらが視認できるベンチで頭を抱える。

「一体どんな無茶を言ったんだ? アタシの恩人殿に」

 ベレッタは訝し気に私を睨むが、何とも彼女とは折り合いが悪そうだと感じながらも彼女には彼女の働きがあると切り替えた。

〈簡潔に訊ねます。貴女はまだ戦えますか?〉

 すると少女は自分の手の平を見つめてからそれを重力に従ってベッドに落とした。

「アタシは大切な人からの言いつけも守れない質の悪い猟犬だ。きっとアンタの頼みだって失敗しちまうかも知れない」

 嗄れ声には覇気が無く瞳の色すらも失ってしまいそうにくすんでいた。私は彼女の手を取った。

〈貴女はどうして諦められるのですか? この私でさえもう一度立とうと言う時に〉

 悔しかった。握る手の平が彼女を捉えるが私の力などは正直有ってない無いに等しい。

「アンタはどうしてその成りでまだ立てるんだ?」

 彼女の言葉にはまだ悩むべく事柄が多く含まれていた。それでもただ一つだけ確かな事を私は告げた。

〈愛する男を救う為です〉

 たったのそれだけの決意が私を揺らすのだ。そうすると彼女すらも私の言葉に同調を示すように起き上がった。

「ふざけるんじゃねぇよ。マスターは私のテクでイカすんだよ。陸に打ち上げられた人魚姫はさっさと海に戻んな。泡になる前に」

 痛む身体を引き起こして、ぼやきながら暴言を吐く彼女は青筋を携えて私と対面する。

〈そうそう、その意気ですよ脳筋馬鹿わんこ。涎垂らして〝私の〟ウォルターに発情する前に邪魔な連中をぶっ飛ばさないと〉

 彼女はジトっとした目で私を睨む。

「ジョンはアタシの中でも恩人だ。それにマスターがそう望んだならアタシはマスターに捧げる清い身体に傷を付けた元凶をぶっ叩かねぇと気が済まねぇ」

 私は彼女が病衣のままにベッドから立とうとしているのを留めて、車椅子の下部に備えられた衣装箱から彼女の為に誂えたスーツと特製のブレスレットをプレゼントする。

〈フロンターゼ探偵事務所への入所祝です。ウォルターと御揃いですが、従来の王の一手から支給されるボディスーツとは一線を画しています。何故なら私の親友が設計したのです〉

「アタシは別に入所なんて」

〈福利厚生はウォルターの寝顔写真集〉

「ったく仕方ねぇなぁ」

 涎を垂らして私の展開した彼の可愛い寝顔を披露する。本当は自分だけの宝物だったが、この際出し惜しみは無しだ。何より彼女の決意が重要だった。ベレッタが衣服に袖を通したのと焦ったミハエルが病室のテレビを点けたのは同時だった。

『親愛なるジュレミントン市の皆々様。我々は北部帝政復古派閥と名乗らせて頂く忘れられし者達です。そんな我々からジュレミントンに住む三十万人の皆様にサプライズ、ダイラー社製のライン潤滑剤を投与した者に内緒で小型爆弾を植え付けさせて貰いました。そうです。一連の爆破死亡事件は我々の犯行に間違いはありません、皆様のお怒りは尤もで付け入る隙があるとするならば、それはダイラー社が長年に渡って隠し続けて来たある病に関しての情報です』

 この声音を聞いたベレッタは目を見開いた。

「ジョン……どうして?」

 私はその事よりもラインズフレニアについて一般周知が成される事が何よりも危惧された。これは恐慌となって押し寄せる波だ。ならばその波には波で対向せねばなるまい。

 深海の勝負なら負けない。

『ライン潤滑剤に使用されている旭国から伝わった――――があり、それによって――――を――する……。どうやら邪魔立てが入ったようです。なら趣向を変えましょう。この放送を聞くジュレミントン市民の皆様。本日二十四時までにダイラー社がライン潤滑剤による疾患の症例を公表するか、或るいは皆様の手によって白髪に車椅子の少女を確保するか。そのどちらかが行われない限り一分毎に順番に投与者を爆殺していきます。是非両者には賢明なご判断をお願いします。そして、この放送が嘘ではないという証明の為に三人、この放送を以って首を無くして貰いましょう』

 映像がドローンによる中継映像に切り替わる。街頭ビジョンを見上げる市民が写し出され、その三名の首が弾け飛んだ所で映像が途切れた。私は即座にラインを使用している全ての市民のセーフプロテクトをオンにした。

〈一刻の猶予もありませんね〉

「待ってくれ、彼の言っている事は本当なのか? その疾患と言うのは……」

〈本当です。中佐は私と初めて会った時の事を覚えてらっしゃいますか? 犯人が見せた電脳都市景観の固定〉

「小麦畑だったね。それが何か関係しているのか?」

 ユルゲンが調べ上げたラインズフレニアについての脳の働きは以下の要だ。

〈ラインズフレニア、ラインは脳に直接電気的信号を与える事によって映像を投影します。それが余計な脳への働きを加えられないように抑えるのがライン潤滑剤の性能です。ですが、これは同時に潤滑剤による脳への浸透率は通常脳の容量の五%程度に抑えられています。何故かと言えば脳の電気信号を肩代わりするラインの働きによって前頭前野の灰白質の厚みが減少し、神経細胞の減少が顕著に引き起こされるのです〉

「すまない、私は医療には明るくない……、言っている事はさっぱりだ」

〈簡単に言うならば潤滑剤の濃度に比例し行動や感情を抑制する脳機能に障害が起き、反社会的傾向が表れやすくなるという事です。今はこの程度の認識で構いません〉

 私は病室を出ようとするが彼は立ちはだかった。

「ちょっと待ってくれ、君は今狙われる立場だ。ここから出す訳には行かないよ」

 しかし、私は彼の電脳都市景観を改変する。すると成人女性が彼の前に投影された頃だろう。驚くと納得を携えて道を開ける。

〈私にはやるべき事があります。中佐は軍と警察と協力して暴動を起こす市民を鎮圧しつつ、余剰兵力を北部へと集中させてください〉

「簡単に言うね。見返りを期待しても良いのかな?」

 冗談めかしく言う彼に私は振り返った。

〈あら、奥様の美味しいプディングを今後も頂ける事が最高の見返りではなくって?〉

 よもやそこまでの事態が、これから起こる事の暗喩が、彼は突き動かした。

〈ベレッタ、貴女は……。もう人の話を聞かない子です〉

 彼女は窓から逸早く飛び立ち。そして私も病室を後にした。そこから既に勝負は始まっていたのだ。周辺に居る人々は口々に私の容姿に付いてのワードを口ずさむ。そうしてゾンビのように駆けまわる姿は都市の様相を一回りおかしくしていた。直後、ジュレミントン市長が会見を開き市民に自制を促すも、今や旭国とずぶずぶのアルフィニアにおいてその首都たるジュレミントンに平穏は無かった。

 戦後処理によってかの国の属国と成り下がったアルフィニア、文化の侵食が先進的都市景観を産み出したが弊害は深く根付いて今まさに毒の青い花が発蕾し始める。

「君が僕の元へ至るのは時間の問題だよ。リリネル・ルイン・トルネシア」

 口を開くのは誰でもない市民、しかしその趣旨はジョン当人の物だろう。

〈何故貴方はウォルターを欲しがるのですか?〉

「彼は僕達の崇高な指導者だった。ベルナルドよりも力強い」

 ベルナルドと言う名を聞いた私は直ぐに母の語っていた青年将校の話を思い出した。私の祖母に当たる人物が彼によって国外へ脱出させられ、それによって母が生まれたのだ。

〈その現リーダーは私に何を求めているのです?〉

 街道を歩きながら代わる代わる声の主は変容する。

「ベールリッヒにはトルネシア皇帝一家と近縁の者が未だご存命らしい」

〈成る程、私にその種を植え付け皇帝の家柄を存続させる腹積もりって事ですか〉

「けどさぁ、僕はね。君みたいな皇族や僕らを雑多なゴミとして捨てた軍人が本当に嫌いなんだよ。だから、暴漢に君を集団で襲わせて壊す事にしようかな」

 男性の視線が一斉にこちらを向いた。よもやこれ程までに電脳に入り込めるなんて、と驚きながら駆け寄ってくる者達へ大量の情報を送り込む。すると糸が切れたかのように気絶して彼等は倒れ伏した。

〈私の身体に触れて良いのは、彼だけです〉

 酷く詰まらなそうに老人の声を借りたジョンは私に告げる。

「僕はウォルターに帰って来てもらえればそれで良い。それ以外は要らない。でも、そこまでに君が必要ならば確実な手札を切る事は厭わないんだよ」

 更に執拗な市民の先導を彼が引き起こすより前に、私の眼前に軍人が現れた。白髪頭の巨漢は物理補助具を外すと光線退色した赤い瞳を私に向けて言った。

「ジョン、余計な事をするな。お迎えに上がりました。皇女殿下」



 街頭ビジョンには多くの情報が行き交っていた。昨今この街で発生している殺人事件に関して、その共犯者として暫定的に挙がっている俺の存在はやはり奇妙と言って差し支えなかった。

 ここはジュレミントンの極北に位置する町、国家中枢からも見捨てられた廃棄区画として問題視されているモビリティ街である。絶えず此処に住む者は入れ替わる。施設も組織もその裏側のボスですら入れ替わる。何処からか積み重なった軽量鉄骨の違法建築物によって青い空は鉛色のシートに覆われ、その暗さが染み込んだ路地には排水溝みたいな臭い水溜まりが出来ている。

 軍の重要巡回ポイントとしてたまに通る装甲車と、磁力推進車なんて行き渡らない旧世代のガソリン自動車が混在する極めてカオスなエリアである。大陸暦960年を目途に浄化が始まるとされ、旧リーダーであったマフィア一党は断固対決の目途を固めていたが、それは凡そ数か月で別の勢力に飲み込まれた。

 それが北部帝政復古派閥であり、或る意味では旭国よりも厄介な存在だ。但し今の俺にとっては目的が分かり易くマフィア一党の建造した八十階建ての違法建築物を目指すのに迷いは無かった。しかし……。俺の視界はぼやけていく。やはり記憶の転移による後遺症と考えて良いだろう。

 あの日の光景が嫌でも浮かんでくる。

『必ず迎えに来るから、待っていてくれウォルター』

 施設から逃げ出そうとする俺達を追う王の一手の所員。彼等を巻く為に俺はジョンの身代わりになった。そのまま彼と生き別れになって、転じた再会がきっとあの頃信頼と共に駆けた日々とは相容れない。この予告めいた事象に俺は壁に身体を押し付けながら歩いた。

「おいアンちゃん。ライン潤滑剤でも買ってくかい? うちのは今問題のダイラー社製じゃないぜ? ちょっち違法だが品質はピカイチよ。頭が冴えてギラギラに成っちまう」

 俺はライン潤滑剤を鷲掴みにした。それを咎めるサングラスをした店主に刀を向け、そこに反射した自分の目が赤く輝いている事に逃れられない因果を催した。

「おいアンタ、あの時のっ」

 物理補助具を取り上げられたのか、彼は機械の両目をこちらに寄越した。

 そして潤滑剤を投与した俺は先ほどまで湿っていた視界が急にピントが合うような感覚になった。

「やっぱり違法な店じゃねぇか、浸透率十五%? はっ、最後を擁するにはお似合いの品だ」

 この世への手切れ金とばかりに彼に王の一手から最初に支給された路銀を叩く。約束通り客になってやった。結局最後の最後までリリネルの財布に世話になった事を含めて、これから彼女に借りを返さねばならない。

『ウォルター。ウォルター・アイズマン。我々より正式に彼女の処遇が決まった』

 リリネルから離れた事により王の一手による通信がようやく繋がりを見せた。

『リリネル・フロンターゼを確保せよ。これはアルフィニア国家としての命令だ。現在彼女は廃棄区画の通称クライシスリバティビルに北部帝政復古派閥によって移送された事が判明した。チルドレンをそちらに向かわせる。合流して彼女を捕獲し、抗うならば生殖器官を傷付けない程度に痛めつけても構わない』

 一方通信はこちらからの注文を端から聞く耳を持たない事を示しており、それが俺にとってどんな心境を持つかも、きっと彼等は信じていない。王の一手にとって俺は未だに自由に動かせる駒なのだろう。そうだよな、未だ出会ってたったの二ヶ月だ。

 けど俺にとっちゃぁ、自分の人生よりも大切な人なんだよ!

 この状況を鑑みるにレベッカ・プレスコットと王の一手は未だに繋がっている。そして件の疾患に関しての情報を外部に流出させる事を恐れているのだ。

 どいつもこいつも勝手な事言いやがる。だが、俺も十分勝手な男だ。きっとリリネルは怒るだろうな、でも許してくれ。

 俺は首に下げたアイコンダクターを装着する。闘争の呪縛がクライシスリバティビルの正面に介した。

「お前がウォルターか」

 俺と同じような支給品のボディスーツを纏った青年達がビルの歩哨をしていた者達を鏖殺していた。彼等もまたアイコンダクターを利用している。

「早く行くぞ。リリネルとかいう女をさっさと生け捕りにするんだろ?」

「アソコが無事なら愉しんでも構わないってんだろ? なぁ、ウォルター。アンタの噂は聞いてる。黒鎌だっけ? 見せてくれよ。アンタの殺しを」

 彼等の顔は知らなかった。きっと別の部隊に所属してる連中なのだろう。きっと彼等も利用されているだけなのだ。けれど。

「何人殺した?」

 俺の質問に彼等は勲章をぶら下げるように数を数え始めた。

「ひーふーみー、あぁじれったい。でもどうせ下らない連中だろう。数なんてどうでもっ!」

 俺はビルに向かう幅広の階段の手前ですれ違った者の首に腕を振り下ろした。即座に失神して倒れ伏した仲間に他の者達は俺にそれぞれの得物を引っ提げた。

「殺人中毒者(マーダーアディクト)共が、横に並べ! 雁首揃えたその喉元に俺の鎌をぶっ刺してやるっ!」

「テメェ! 裏切ったのか!」

 バカ面ぶら下げてダガーナイフを振り下ろした左方の青年の腕を取って背負い投げる。

「裏切る? 最初に裏切ったのはお前達だ。どうして考え付かなかったんだ」

 彼等を捌きながら俺は思い至らしめた。王の一手から出向したレベッカ、そしてベールリッヒの潤滑剤工場を調べていたアイズマン。この構図の裏にあるダイラー社。

 肘を打ち、顎を捉え、峰内を弄し、彼等を落とす。今の俺には彼等を救ってやる事は出来ない。それでも進むしかなかった。

「アイズマン、アンタの果たしたかった事を受け継ぐ為に」

 ビルの正面から入り昇降機によって上階へと昇っていく。俺の思考の中には常に声が蔓延っていた。

『他人の為に力を使える者になれ、ウォルター』

 はっきりとした口調でそう言ったアイズマン、アンタは一体誰の為に力を使ったんだい? そして、どうして居なくなっちまったんだ。答えが喉元に迫るかのように中間地点で昇降機が停止された。

 俺は腰を上げて開いた扉の前でサブマシンガンを構えるマフィアを見て思った。コイツ等はヘッドが誰であっても関係無いのだろう。従える者がいるだけで光栄だと思えるのだろう。それはかつての自分だった。

 マズルフラッシュの合間を縫って走る。肩に9㎜口径の弾丸が掠り血が飛んだ。その焼ける痛みを認識した俺はアイコンダクターとの繋がりを強固に求める。俺を導け、そして全部終わらせよう。

 最初の一人の首に小指の側面がめり込んだ。

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