ジュレミントン東部で発見された頭の無い死体は一見して凄惨な状況である事を示しているが、意外にも殺害当初の目撃情報は少なかった。それは第三知覚のセーフモードと言う機能が関連しており、自動でグロテスクな要素を検出して視界に投影しない仕組みが存在しており、多くの国民はそれを導入している傾向にあった。

 無論メディアにもそれが直接関与する為に、映画好きなどは自動検出モードをオフにしており、それによって遺体を発見した。

「何か人が増えていますけど! リーネちゃんに先輩。それから見覚えのない女の子さんお久しぶりです!」

 フィーネの軽快な挨拶と相棒であるジェイデンは市警察の提供している新型のパトロールカーに乗って最初の事件現場へとやって来た。彼女はこれが自慢したくって仕方がないという様子であり、リリネルは素直にその事に触れてやる優しさで対応した。

「マスター、この小娘見た事があります」

 指を差したベレッタに対してフィーネは怪訝な顔で俺を見た。

「先輩にはリーネちゃんと言う庇護対象が居ながら、他の女に現を抜かすとはいい度胸ですね」

「俺に言うな勝手に付いてきているだけだ。それで事件の事に付いて聞かせて貰いたいんだが」

〈どうやら今回の現場では電脳都市景観の固定化現象は起こっていないようですね〉

 リリネルの言葉通り、彼女の口は閉じており若干息苦しそうだった。俺はリリネルが思考しやすいように彼女の背後に回って車椅子のハンドルを掴んだ。

「被害者は製造業の男性三十二歳。ジュレミントン南部に住んでいて、一人暮らし。この日は出勤する為に此処に来てそれで頭部が急に爆発して死亡……」

 ジュレミントン東部、海に面している事から一部地帯ではタンカーなどに積載物や他国への輸出品を取り扱う施設が多く。自動運転貨物車等が並んで走行している様をよく見かける。遺体が発見されたのが駅から直ぐ近くにある街道であり、一般的なオフィス街の様相をしているが、この先に少し行くと被害者の勤務先である工場がある。

「まさか被害者がダイラー社の社員とは思いませんでしたけど」

 ジェイデンの言葉通り、司法解剖の結果生体認識番号が判明し被害者の身元が特定された。それがダイラー社の社員である事は今の所警察関係者しか知り得ない。

〈被害者に特に変わった点などは無かったのですか?〉

 リリネルの疑問にフィーネも頭を抱えていた。

「正直ね、彼がダイラー社の社員と言う事意外は本当に何も分かって無いの。ダイラー社って本拠地が旭国だから捜査をするにも一々市警本部があっちの会社にコンタクトを取らないと行けなくって……。それで難航してるって感じ」

「この事件はお前達だけの担当じゃないのか?」

 俺の疑問にはジェイデンが答える。

「曲がりなりにもこの街で最大手企業の社員が殺害されたんです。本腰を入れて捜査してるって訳です」

 彼の言い分に納得した俺はこの少ない情報だけでリリネルはどう推理するのだろうと考えた。しかし、彼女は顔をこちらに向けるとにこやかに言った。

〈殺害現場の録画ログを見る限り……、爆発と言うよりは膨張に見えますね。遺体には燃焼作用による焦げ跡などが見られません、けどそれは余り大きな問題では無いでしょうね〉

「破裂による損傷……か。犯人像は分かっているのか?」

〈いいえ……、現時点では分かりかねます〉

 取り敢えず俺達は此処で今何を考えても出ない答えには固執せずに一度フィーネ達と別れた。そして彼女の車椅子を押しながら俺はベレッタに質問する。

「お前は俺達の為に何が出来る」

「マスターの為ならアタシは夜伽でも恙なく……、毎日可愛い下着を付けて待ってます」

 スカートを面前でたくし上げようとする彼女を留めた俺は、全くと溜息を吐いて彼女に対しての信頼の是非を確認する必要に駆られた。

「お前の主に関して分かっている情報を吐け」

「どんな事がお望みですかっ?」

 縋るような彼女に対して俺はにべもなく言いつける。

「言ったら喉元のナイフが引かれる位ヤバい情報だ」

 すると彼女は碧眼を細めて俺達に内情をべらべらと開示する。

「アタシの雇い主はレベッカ・プレスコット。ダイラー社の経営戦略管理部門の部長です。無論、王の一手は公共機関ですので、一般市民の私情に対して介入する事はありませんが、彼女の場合は別みたいです。そして何より悩みの種があるらしく落ち着かない様でした」

「元王の一手の機能開発部の局長様か」

 俺は自分の記憶を頼りに彼女が元々王の一手の所員である事を開示する。

〈ある事情?〉

 リリネルは彼女の発言を気に掛けて首を傾けた。

「アタシも良く存じ上げませんが、何か命を狙われているというような危機感を抱いていたと思われます」

 彼女が人差し指を口元にやり上目に思い付いた彼女への印象、それがこの殺人事件に繋がっており、俺はどうしてもジョンとの因果を切って離せるようには思えなかった。

「それで全部か?」

「はぁい。後まだあります……」

「なんだ」

「アタシのこの下に隠してある蜜所に関しての、ブフェッ!」

 俺に擦り寄ろうとしたベレッタに対してリリネルは車椅子を急制動して鳩尾にハンドルがめり込んだ。そして何故か俺を睨め付けた彼女であったがすぐに目を逸らした。この前から様子がおかしい。

 俺は何も言わない彼女を覗き込むが、機嫌が悪いのか俯くと顔を逸らした。とはいえ、ベレッタの件に関しては信用ではないにしても利用は出来ると考えた。だから俺はこの街に潜伏しているであろうある人物の調査を、リリネルが風呂に入っている隙に頼んだ。

「ジョン・ミハエリ……あーっ、アタシその人知ってます」

「俺の記憶で、か?」

「まぁ、そうなんですけど、私達のような偽の記憶に結び付けられた子供達が共通として抱くイマジナリーフレンドが居たんです。それがジョンだったりジェーンだったりして、私の中でも彼は親友として出現しました」

 名も知らぬ遺体の名を冠する少年。俺の中で彼を規定する情報が崩れていく。俺は本当にジョンと共に戦ったのか? もしそれが偽りであり本当は俺のイマジナリーの見せる存在だとしたら、俺は……俺だけの感情で人を……殺したとでも言うのか。

〈ウォルター、貴方の思っている事は杞憂です〉

 不意に表明したリリネルに俺は乱れた呼吸を正して総括する。

「あぁ、そうだな。そしてジョンがこの都市に潜伏している可能性が高い。だからお前は彼の居場所を突き止めるんだ。コルリを連れて行け、そうすればコチラからもお前を探せる」

 彼女は自信アリ気に口角を上げて胸を張った。年齢はリリネルと変わらないのに服装からか強調される部分を認めて俺は視線を外す。最近なんだか妙な感覚だ。

「お望みとあらばソイツの首を持って帰りましょぅ。そうしたらたぁくさん褒めて下さいね?」

「バカ言え、手出しはするな。これだけは守れ生きて帰ってこい」

 すると彼女は手首に巻いたブレスレットを弄る。するとスルスルと身体に黒色のボディスーツが伸びて密着する。

「アタシは貴方の命令なら命を張れます」

 彼女は目線を下げて宣言するものだから、俺はベレッタの頬に手のひらを宛がって再度彼女へと命令を下す。

「何のためにお前達を生かしたと思っている。死んで欲しくないからだ。いいか、危険は油断からやってくる。肝に命じておけ」

 ベレッタは頬を赤くして俺の手を暫し手のひらで包み上目遣いを弄した後にホテルの窓から飛び去った。その数分して車椅子によって運ばれてきたリリネルがカーテンを閉める俺に対して深色の蒼を転がした。

〈捨て犬を拾って、良い飼い主気取りですか?〉

 棘の有る言いように彼女の心身の機微が分からずに眉を潜めた。そんな事を気にせずに少女は湿った髪にバスタオルを巻いて、バスローブを開けるとベッドにうつ伏せになった。

「その車椅子にマッサージ機能を付けたらどうだ?」

〈提案してみましょう。さぁ、早く〉

 俺は細い首に手を回して跨った少女の白くて滑らかな肌を擦っていく。今更ながら彼女の肢体は完全に等しい様相を呈している事を認識する。俺の中で芽生えた変化を悟られないように動機についての再定義を任じた。

 俺はアイズマンの情報を知る為に彼女と一緒に居る。そして王の一手が彼女の生死の天秤を死に傾けたなら、それと引き換えにしてアイズマンの居場所を聞き出す。

「王の一手はどれほどアイズマンの情報を持っていると思う?」

〈さぁ、何故そんな事を?〉

 何故? 決まっている。決まっているのか? 俺は彼女を……出来るなら彼女を殺したくはない。不明瞭だった感情が記憶の転移によって戻って完結した。だから俺はリリネルに対しての生死が死に傾くなら、生が平等を維持するだけの理由が欲しい。

 けど、言えない。こんな事は……。俺は自分の手を見て、自分の赤く染まった瞳を見て思うのだ。その資格は無いと。

 すると、彼女は仰向けに転じる。正に俺の意識を汲み取ったかのように凛とした蒼で俺を射止めた。そしてバスタオルに覆われた髪を解くと波のように白が放射状に広がった。

 固唾を飲む。喉の鳴りが激しく催され隠すべき私情を模した。彼女から逸らそうとして逆行する視線が主張の弱い胸鎖乳突筋から鎖骨へと這い、起伏が第二次性徴期によって引き起こされた凹凸と赤らんだ彼女の頬と同じ色調の転用を浮かばせる。血色の悪い彼女の足を重点的にほぐしていき、意識し始めた手が浮いたタイミングでリリネルは俺の手を取った。

〈ウォルター、私は貴方の過去を知って、他者の為に手を汚せる者に興味を抱きました。その生半可ではない覚悟の上に立つ者の目がどんなものか気に成り、それがあの招待状に繋がったのです〉

 俺との出会いを爪弾く間、心臓は早鐘を通り越して乱れ撃つ怒張となって響き渡った。

「何を言って……」

〈ウォルター、貴方になら全てを差し出せます。この儚く短い命にバラを手向けるのが貴方なら良いと思うのです〉

 俺の手は震えていた。この前も感じていた近づく度に離れていく。俺が生きていて欲しいと願う程に彼女は死に向かって突き進もうとする。その頑なさを俺は許せない。

「どうして……」

〈見たのでしょ? アイズマンが残したクラウドの情報を……そして戻り戻った記憶で理解した筈、貴方の守りたかった者達が何を求めて失われたのかを〉

「やめろっ!」

〈私の本当の名はリリネル・ルイン・トルネシア。貴方達を害した者達が命がけで得ようとした空白の皇位を埋める者〉

「だから何だ、そんな事は関係無い」

 彼女は俺の頬に触れる。

〈私が生きる限り、この国の人々は皇帝の呪縛から逃れられない。ならせめて最後くらい選びたいのです。自分の意志で〉

「どうしてそれが死ぬことなんだ」

〈ただ死ぬだけじゃない。愛する者に抱かれてから、瞳を愛でてそれから逝きたいの〉

「嫌だ。俺はっ!」

〈ウォルター。この限りなく自由から遠い存在の結末が何か。分からぬ筈も無いでしょう。死んだ足に閉じ固められた喉。それを圧して求むる者が望むのはこの女性としての機能だけ。そんな侘しい事は無いじゃありませんか。ならば尽くその悪辣を挫きたい〉

「あぁ、確かに俺は今のお前は特別だと思ってるよ! だが、お前の諦めの為に、俺の感情を利用しようと言うのか。ふざけんなよ!」

〈…………こんな身体を心底求めてくれるのが貴方だと言っているのです! どうしてわかってくれないの? 陸に上がり泡となっても良い。それが貴方なら黄昏の合間を埋める幸福を感じられるのです。それに私は貴方の事をっ! ……お願いウォルター〉

 俺は彼女の希死念慮に巻かれて迫る諦観と言う名の行為を紛れもない理性でねじ込めた。彼女の体を引っ張り上げて抱きしめた俺は合い向かいになったリリネルに向けて、目に涙を浮かべながら言った。

「そろそろ潤滑剤の投与時期だろ」

 その俺の強がりに対して彼女は腰を押し付けて言い返した。

〈意気地なし〉

 俺は彼女の髪に顔を埋めながら抗えざる本能を理性で御した自分を認め、代わりに彼女からの首筋への歯痕を甘んじて受け入れた。

 そうして互いの温度を身近に感じる程にただの夜を過ごした。



 暗闇を駆ける自分に浮かんだ高揚感が胸にひしめきアタシの腰を射抜く。あぁ、早くこの下らない事件とやらを解決して、それでマスターの熱い抱擁とあの精悍な顔つきからはきっと想像も出来ない程猛々しいモノで貫かれてみたい。

 きっとそんな想像を口にしたら引かれちゃうかも、なんて相反する心を抱き私は雇い主の居るダイラー社を合間にあるビルへと昇った。

 ジュレミントンを象徴する建造物はガラス張りで有り、隣り合うビルからはその全容が覗き得たが、きっとプロテクトも同様に介している筈だ。しかし、アタシは預かったコルリが実に有用だと理解する。これを飛ばすと一帯の空間を傍聴出来、ついでにあのいけ好かない赤スーツの女が誰と密会しているかを詳らかにする。

『何故呼ばれたのかは理解している筈。一体どういうつもりなの、貴方達の目的は南北の統一でしょう!』

 開口にして怒鳴った内容にアタシは首を傾げる。南北の統一と言うならば北部帝政復古派閥の事を指すのだろう。レベッカが恐れていたのは彼等だからだ。マスターから聞いたラインの臨床実験の内容を聞くに中央紛争はその実験場だったのだ。

 対する相手の姿は良く見えない。だが声音は青年のようだ。

『僕たちはそれを成しやすいように事を運んでいるだけです。四年前も一緒、今回の件に関しても任せておいて貰えれば悪いようにはしません』

『そんな事が信じられるとでも?』

『参ったなぁ、インメタリーフェノーでの一戦でアルフィニアの軍がしでかした虐殺に至る証拠を一切この世から消して上げたのは何処の誰だと?』

 彼の言っている証拠とはなんだろうか。アタシが王の一手から出る前の情報ならば知らぬとも道理だろう。

『貴方は単純に殺しを楽しむ異常者よ』

『アハハ手厳しい。それでも良いですよ? 僕は目的の為なら手段を選ばない。貴方の代わりに引き金を引いたあの日から、ほら旭国の言葉にあるでしょう? 一蓮托生ってね。貴女じゃ彼は手に余る』

『王の一手の運営は政府の方針よ。それなのにアイズマンは諜報員の育成に反対した。だから遅かれ早かれ彼には退場して貰う筈だった――』

 引き金を引いた。これは何かの暗喩か。それとも直接的な行動の証左か。ワナワナと震えだしたレベッカは象徴である赤のスーツの裾を掴んだ。

『良いこと、別に私は貴方の手を借りなくとも、アイズマンの息の根を止める事が出来た』

 重い口調と共に紡がれたその文言に私は足が浮きそうなほどの痛感を覚える。アイズマンを殺した? 

『本当にそうですかね? この会話を盗み聞きしてる者を気づかない貴女が?』

 凄まじい程の殺意がこちらを射抜く。私はつぶさにそれを確かめると相手は数十メートル離れたビルに居るにも関わらず手元の刀を抜いていた。しかし、同時に駆け抜けたのはマスターとの約束である。

 生きて帰る。きっとこのまま戦闘をすればアタシは死ぬ。分かるんだ。あの声の人物から溢れ出る殺気は人を何人も殺してきた者。アマチュアである私とは圧倒的な力量差が瞬時に次の行動を決定付けた。

 飛んでその場から逃げ去った。丁度良くビルの前を通るトラックに捕まって夜闇に紛れるが、後方から磁力推進車が近づいてくる事に気付いた。

 アタシの体が揺れたのと弾丸がネオン引き裂いて真横を通り過ぎたのは同時だった。

「乗り移る気っ?」

 磁力推進車同士が接触してガタッと揺れる。マスクを深く被って正体を隠しながらヘッドライトに照らされた後方部から誰かが上がってくるのを確認した。きっとあれは兵隊に違いない。

 そう感じたアタシは即座に時間稼ぎの為に超持続性の煙幕を張る。電脳都市景観がジュレミントンの夜景を彩る最中に退路を探した。しかし、煙幕の合間を縫うように現れた物理補助具の赤色光が視界を覆う煙幕を意に介さずに進んでくる。

 同時に回転するレールガン特有の動力を感知したアタシはそこから飛んだ。

「クソっ戦闘狂(フリークス)が!」

 コンテナを貫通したその銃撃はオレンジ色の軌跡を放って内部諸共焼き焦がした。

 この中身を受け取る荷主への同情も彼を前にするならば仕方ないという理解へと落とし込まれていった。こちらの武装は刀の一対、これを以て重火器を相手にすることの愚かさというのはアタシには死活問題だ。

 もしこれがマスターならきっと抗えただろう。そんな弱気を生きて帰ると言う目的意識に変換して立ち向かうのだ。切っ先を閃かせて煙幕の中から現れたアタシの刺突、自己評価は自惚れでは無くそれは高速を有しており受け止めるのは並大抵ではない!

 けれどもその男は視界不良の中何度も何度も軽々と回避し続け、その度にコンテナの立ち位置が入れ替わった。

「ちょこまかとうぜぇなド腐れ野郎!」

 股間に向かって放たれた蹴り、一瞬消えたかと思うほどに眼前の大男は横合いに回避するとアタシの首を掴んで引き倒した。

「少女兵か、その技は誰から仕込まれた」

 掴む右腕に両足を絡ませて一気に引き倒す。如何に男の腕力と言えど体重を一挙に掛ければバランスを崩すのは容易だ。コンテナ上での立ち位置は互角になった。このまま肩を外してッ! 

 アタシの考えとは裏腹に左手に持ったレールガンの銃口が回転する。馬鹿な、こんな近地点で放てば自分の腕だって、と考えた時指先にマニピュレータ特有のモーター音が響いた。

 義手? 理解に至った瞬間に音速を超えて放たれたアルミ製の弾核が肩を掠めた。きっと本体ではなく発射点で炸裂したソニックブームによる裂傷だろう。痛む肩と引き換えにしてアタシは腕の関節を外す。義手と言えど可動部分に負荷を掛ければ動かせはしない。

 けれどもその考えは想定より早い三発目の発射によって意味を介さなくなった。

 アタシはこれ以上腕の保持を続けるのは不可能だと判断して今度はレールガン本体の射程を気遣う。左手に持った五十センチ銀色のそれはアサルトライフルよりは大掛かりで、三発目を打ち切った男は銃本体からリボルバーのシリンダーを思わせる部品を取り出すと再装填する。

 なるほど、打ち切りではあるがその分連射が可能な仕様なのか。ならば厄介だ。と全く活路の見出だせない状況、相手の男は白髪頭で年齢はアタシよりも随分上だ。気に食わねぇ事にそれを引き換えにしても余りある戦闘能力だ。

「私はその技を使う少年を探している」

 マスターを? アタシは悟られないように会話の切り返しを考する。

「そんな者は知らないねぇ」

「そうか、お前は我々の育てた少年兵では無く王の一手が拵えた手札か」

 育てた? アタシの中で疑問が表出する。彼の言っている事がもし、あの忌まわしき赤錆で満ちた状況を言うのであれば、答えは決まっている。

「アンタ、北部帝政復古派閥か?」

「やはり我々の育てた孤児達か」

 この瞬間内から放たれた殺人の衝動は突き動かす刺突となって男を襲った。

「殺す殺す殺すッ! テメェ等全員ぶっ殺して、内臓引っ張り出してひき肉にして犬に食わせて終わらしてやるッ!」

 無尽蔵に浮かんでくる怒り、眼前で失われていった命、私の妹達は地雷探知犬が感知できない地雷を除去するために、その前段階の使い捨てとして消費された。戦う適正のない者は全てそうして土の上で虫や野犬に食われてハゲタカの啄む餌になった。

 育てるってなんだっけ。

 幸せだった事なんて無い。褒められた事も無い。飢えに寂しさ、寒さに凍え盗む事の後ろめたさも擦り切れて、暴力に怯えて生きるアタシ達に未来なんて無かった。

 レールガンの銃身を切り裂き溶断されたそれを捨てた男は、体術によって私を投げ飛ばす。だが身体能力はこっちだって負けてない。徐々にアタシの蹴りが芯を穿つようになってきた。彼の旧式の義手、ラインとのセッションが明らかに入力遅延を起こしている。勝てる。

 コイツを殺して褒めて貰うんだ。アタシを薄暗い闇から連れ出してくれたマスターに言うんだ! 

 マスター、私ね嬉しかった。あの日怖がる私を抱きしめて眠らせてくれた貴方と再会できた事が……。

 重たい銃声が腹を揺らした。

「えっ、カハッ」

 外した筈の腕が動いてホルスターから引っ張り出した古めかしいシングルアクションアーミーの撃鉄を叩いた。

 二発目が引き起こされる折にジュレミントンの夜景の雨が宿った。何処に居たのか飛び立った蒼い鳥が男の眼前に対空して視界を妨げている。アタシはそれを見て右腕の刺突を放とうとしてグラッと揺れる視界のまんま、コンテナから滑り落ちていた。

 落差数百メートル。その瞬く間がアタシの気を削いで行く。

 全部終わった後、貴方と歩む普通の世界が観たかった……。

 ごめんなさい、マスター。約束守れませんでした。

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