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「どうにか巻けましたね」
僕は運転席のベルナルドに微笑みを向けると、彼は心底僕に対する憎悪を表明する事に暇がなかった。
「我々は無差別殺人犯ではない」
「飽くまでも思想犯ですよね? 大丈夫です。今回の手札は五枚。それに相手はこちらで既に選んでいるも同然です」
「何故そう言い切れる」
僕は彼のラインに特定の商品のパッケージ案を公開した。それは販売前の試作段階の製品で、テスターは同社の社員から選別する仕組みを採用している。
「成る程、腐りきった膿は自らで破裂させるという事か」
彼は納得した様子で光都からトルネシア北自治区へ向かう道を走らせる。
「それよりも、貴方の目的の方が僕にとっては恐るべき事です。どうしてそれ程までにトルネシア王朝に拘るのですか?」
退役軍人では醸し出せない負の感情を前面に出した彼は忌々し気に口を衝いた。
「大陸をトルネシア王朝が牛耳っていた頃、我々の帝国を誰もが恐れた。軍事力とカリスマ性のある皇帝一家、それに付き従う貴族連中、このどれもが我が国の誇らしい強度を他国へと示していた。それが民主化と言う俗物に濡れた手によって突き崩されたのだ。蓋を開けばエルビリアも旭国も双方帝政国家に等しく。故にこの国は他国の機運と言う厄介な事象に篭絡されたに過ぎないと分かった」
それが彼等にとって東西戦争、中央紛争に並ぶ戦時を引き起こす要因に足るのだろう。僕らにとってもそれは彼の復活と言う目的の最中には有り得て来るべき未来だと思う。
「成る程、貴方は王朝を復活させるだけの材料が手元に揃っているという事ですか?」
僕の質問に彼は遠い過去を思い返すかのように口頭を滑らせた。
「東西戦争末期、トルネシア皇帝の死後民衆が暴徒化し皇帝一家を襲撃に来ると考えた私は、二男四女の末女、リーネロッタ・ルイン・トルネシアを街はずれへと匿った。だが、心配されていた皇帝一家への暴動は起こらずトルネシアは小さな国家として維持されたのだ。それは旭国の思惑も絡んでの事だ。私は彼女を迎えに行ったが、その屋敷はもぬけの殻で以後の消息は不明だった」
「もう五十年以上も前の話ですよね? 生きていたとしても七十歳位ですか」
「あぁ、けれど、中央紛争幕開けの頃になって彼女の娘が一人の少女を産んだ事が分かったのだ」
「成る程、中央紛争を憂いて服毒自殺を試みた皇帝一家最後の生き残り。それが存命とあらば取り立てて然るべき相手でしょう。その方は今いずこへ?」
「分からん、アルフィニアの諜報員によって国外へと連れ出されたという声もある。噂では帝政の脅威に晒されん事を恐れる者によって情報の海に沈められたという風説も流れてくるのだ。だが、私は必ず彼女の子孫は生きている事を確信している」
「それはどうしてですか?」
「少年兵のお前達には分からぬ感情だ」
僕はフッと笑うとライン上に侵入者の検知が放り出されている事に気付いた。その特異な侵入者は僕の仕掛けた防壁の合間を潜り抜け情報戦を仕掛けてきている。
成る程、一挙に小さな情報の波を送って僕のライン上の防壁を破ろうって腹か。
「何を笑っている」
「いえ、僕が古巣に仕掛けた防壁に攻撃を仕掛けて来た者が居ましてね。どうやら辿り着いたようです。王の一手とダイラー社がひた隠しにするこの仕組みの闇に」
「そいつは手ごわいのか?」
僕は否定の材料を探した。けれども、さざ波程度の相手だと侮っていた者が幾数回のチャレンジで僕の力量を把握して、それをも飲み込む巨大な波を起こしたと分かった時、これを否定する事なんて出来るだろうか。
高い防壁の上で眺めていた僕の頭上に影を作る大波。まるで情報の権化と言っても差し支えの無いその破壊的な波の中に浮かんでいる人魚を僕は見た。彼女の周りを海遊するクジラ達は僕を包み込みながら、その深海の青と目が合う。
彼女の指先が僕に確かに触れた。そこから踏み込んできたのは光の乱流。
〈貴方の思惑は決して遂げさせません〉
思考が読まれる。咄嗟に僕は防壁を捨て脳が焼き切れる前にそこを離れた。
「アルベルトさん、貴方の聞いた風説の一つは正解かもしれません」
「何だと?」
トラックのハンドルを握る手が一瞬動きを止める。車線からはみ出しそうになったのを無意識下で修正したアルベルトは僕を睨んだ。だから教えてあげる事にした。
「貴方の探し求めた皇帝一家の生き残りが、確かにこの大陸の何処かに存在している事が判明したと言っているんです」
アルベルトは僕の話を下らないと切り捨てなかった。彼と接触して以降、僕が成し遂げて来た殺人の片棒を彼は理解していたのだ。
トルネシアの神聖な土地にレールを敷いた者への制裁や、更にはトルネシアの血を軽んじた者達へ、恨みを抱く者が手を下しやすいようにと周辺の警戒を希薄にさせた事等、僕は彼にトルネシアにとって公益性のある人物だとアピールしたのだ。
しかし、その全てを解決し白日に曝した者達が居る事が今まで偶然だと思っていた。僕の興味の矛先がウォルターと言う個人に向けられた時、薄く霧の掛かった彼の背後に居る者の存在に気付きながらも重要視していなかった。
だが、アルベルトの言葉を聞いてそればかりが重要であると再確認した。
「彼女は、彼女は今どこに居るんだ」
「さぁ、けれどアルフィニアに戻ると思いますよ。僕達が事を起こせば」
彼は納得して口を噤んでトラックの運転に専念する。
あぁ、楽しみだ。これから彼等がどう動くのだろう。
名も知らぬ皇帝一家の生き残りさん。
彼女には、僕のウォルターを取り戻す手伝いをしてもらおうかな。
*
携帯ゲーム機をポチポチと弄っていたリリネルがクスクスと笑い出した。
「どうした?」
〈動かざるならば、捨て置こうと思っていた者達が動き出したようです。ならばその手で止めねばなりません〉
「そうか……良く分からんが楽しそうで何よりだ」
彼女は横顔に笑みを宿しながら、その笑みは少しぎこちなかった。だから俺は空いた左手で頭を摩ってやる。
〈私の事を猫か何かと勘違いしていませんか? どうせ撫でるなら官能的でも良いんですよ?〉
「ふざけるな馬鹿」
俺は自分の手の中にある善意の種類が欠乏している事を感じながらも、茶化す彼女を睨んだ。すると俺の膝に頭を乗せる彼女が座席に横たわるようにしてゲームを続行する。なんでもオンラインゲームの記録も持っているとかで自慢された。
「今度それ、教えてくれ」
〈はっ! ウォルターがデレました! 今の音声は永久保存です。お任せあれ、一週間で世界ランカーにしてあげますっ!〉
クソ、調子乗らせちまった。彼女が別の事をしている内に報告書をまとめる。
雑記 大陸暦897年六ノ月壱日 某所。
――特段思い当たる危険な点は存在しない。彼女は単なる少女だ。――
〈可愛くって理知的な少女であると書き忘れていますよ?〉
報告書を盗み見たリリネルに俺は鼻を鳴らした。
「そんなに容姿に自信があるならアイドルにでもなったらどうだ?」
すると彼女はしたり顔で呟いた。
〈その手がありましたか。ならば貴方は趣味の欄には人助けと記載してください〉
「俺を買い被るな」
〈ふふふ、照れてます?〉
なんて余計な知恵を与えてしまった俺を余所に二人してトルネシア南自治区へと戻る。
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