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三件目の事件が起こったのは明け方の霧の蔓延った四ノ月の下旬である。被害者はやはり退役軍人であり、今回は路地に面した街灯に括られていた。前回までの杭を打った場所でない事に市警は類似犯の犯行を疑ったが、やはりか電脳都市景観に花畑が写し出されていた事によって同一犯の犯行であると決定づけられた。
「犯人はとんでもない変態ですね。彼の身元はライアン・ブロナー、市警のデータベースによると暴行と脅迫で執行猶予中の身だとか」
そう遺体を目にして呟いたのはジェイデンであり、フィーネは俺とリリネルを迎え入れて彼の声に合わせて死体を見上げた。
彼等の死因はそれぞれ全く別の方法が採られていた。
「一件目は絞殺、二件目は喉を裂いて、三件目は……」
フィーネは坊主頭で黒のスウェットを上下で包んだ男を見上げると気分が悪そうに眼を逸らせた。俺は遺体をよく確認する。男は腹を裂かれて内臓を地面にまき散らしていた。ズルっと零れ落ちた小腸から大腸が下腹部ごと切り落とされており、本来男性器の有る部分は空洞となっていた。これらの猟奇的犯行を見る限りでは本当に同一犯なのか疑いたくなる。
「三件共に殺害の方法が違う。これは本当に同一犯か? 模倣犯による犯行じゃないのか?」
俺の疑問に誰も介入の余地は無かった。ジェイデンは冷静に彼の様子を確認している。そしてフィーネも意を決するように遺体を観察し始めた。
「犯罪心理学の観点では、腹を裂いて内臓を散乱させる行為と性器への加害は相関性がありますが、以前の事件のような喉を裂くような犯行との相関性は薄いと判断がされます。その点で言うと貴方の言う通り、作為的に犯人を模倣した可能性もありますね」
「行動原理の空間分析ですか。確かに今回の事件は犯行時の行動をマッピングするとジェイデンさんのお言葉に信憑性があります」
「なんだそれは」と俺は問う。
「犯罪者の行動には一定の規則性があるという理論です。過去の犯罪の犯行方法を分析するとある程度類型化出来て、より近い場所にマッピングされた行動を行いやすいという点があるんです」
リリネルの解説を元にして俺も彼等の話に注目した。俺は決して犯罪者の心理を読み解くプロではないが、死体は見慣れているし殺し方のそれも心得ていた。
「けどおかしい、被害者の目を見て」
こめかみに指を這わせたフィーネの言葉に、皆が顔を上げて遺体の目を見据えた。
俺はその違和感に気付かなかったが、リリネルは成る程と口を衝いていた。
「目線の動きが意図的に作られていますね」
「うん良く気付いたね……ってリーネちゃん、喋れるようになったの?」
フィーネは殺人現場でリリネルが自分の口で話せる事を知らないのか?
「ふふふ、私は日々成長を遂げているのです」
はぐらかすリリネルにジェイデンは呆れ口調で俺達を見据えた。
「今は事件に集中してください。それで、目線の動きが何だって言うんです」
ジェイデンの疑問にフィーネは真面目な顔をして言った。
「私達が追っている犯人像は一件目の事件の時にあった目撃情報を元にしているでしょ?」
「唯一にして最大の証言ですからね」
「なら、どうしてその後の犯行は目撃情報が無かったと思う?」
ジェイデンは腕組みして考えた。その間にも鑑識ドローンが周囲を飛び回って遺留物の分析を行っている。
現場となったブロック一帯は通行止めをしておりこの現場には俺達しかいない。
「あの鑑識ドローンは何か見つけて無いのか?」
俺の疑問にジェイデンは首を横に振り、そしてフィーネの問いに答えた。
「犯人の隠蔽技術が単に優れていただけじゃ……」
言ってジェイデンは自らの言葉の疑問に気付いた。俺もその段になって彼女等が何を言いたいのかが判然とする。
「複数人の痕跡を消すのは容易じゃない、二人はこの事件が単独犯と言いたいのか?」
俺の疑問に答えたのはフィーネだった。
「状況を考えるに、これ程の執念を他者が完璧にコントロールできるとは考えづらいの。そしてこの電脳都市景観が意図的に改竄されている件については、やっぱり高度なハッキング技術が鍵になってくるから」
そう言いながらもフィーネは未だ犯人を見定めるにはまだ遠いと考えていた。だが、ここにいる少女は違った。
「アルフィニア軍に中央紛争時における被害者の所属部隊を照会しましたか?」
彼女の疑問に対してジェイデンは肩を竦めた。
「先輩、またベラベラと被害者の情報を話したんですか? まぁ良いですけど……。照会を掛けたは良いが、何せ中央紛争はこの国にとっては汚点に等しい。だから当時参加していた部隊の情報は開示できないの一点張りでしたよ」
理解に落ちたリリネルはこちらに視線を送った。一体何だと思っていたら俺宛にメッセージが届いた。
それはミハエル中佐からであり、何かを了解する旨の返信であり肝心の中身は分からず仕舞いで、けれども顔合わせの場所が指定された事によって次の目的地が判明する。
「さて、後は優秀な市警の皆様にお任せしますか。行きますよウォルター」
わざとらしい芝居にフィーネは彼女の顔を覗き込んでから唸った。
「もう、何かわかった顔してるでしょ?」
「ふふ、犯人特定まで競争です」
俺は不謹慎な彼女の車椅子を方向転換してミハエル中佐との集合場所へと連れて行くことにする。リリネルは事件現場から遠ざかる程に体の動きが少なくなってくる。
「第三知覚は切れない、よな」
〈優しいのね。けど、心配しなくとも大丈夫よ? もう慣れたから〉
それが悲しく順応であると彼女は理解しているのだろうか。
〈そう言えば、王の一手へ送った貴方の報告書。大変面白かったわ〉
俺はやはり筒抜けだった件の報告書の内容を諳んじて、それにまつわる返信も同時に想起した。
「真面目に調査をしろと急かされた」
〈そうでなければ、彼の行方は教えないと言われたのね?〉
思わず足を止めてリリネルの後頭部を見据えた。
「アンタは知ってるのか? アルベルト・アイズマンを」
〈そうね、何から話しましょうか〉
その言い回しから彼女は自らの過去を開示する。
*
トルネシア自治区。東西戦争の終結の折に私の住む国は両国から浮いた存在として認知されていた。元々皇帝一家の住まいだった場所を一つの国家として存続させ、この地帯は中立として維持する事が他大陸によって結成された、国際治安維持組織により可決されたのだ。
故に、私が物心付いた頃には、出生国は小さな小さな箱庭の中という印象が強かった。それが始まったのは大陸暦889年、とある将校のクーデターがきっかけとなってトルネシア自治区は南北に分裂した。
元々この国家を運営するにあたって皇族の復興か民主制の導入か二分される事態となっていたが、旧トルネシア国軍の系譜に当たる二つの派閥は遂にその両陣営に別れて戦闘行動を開始したのだ。
南自治区と呼ばれた外れの地方に住んでいた私達親子は母と共に亡命を試みアルフィニアへと向かおうとしていた。そこに現れたのがアルベルト・アイズマン、この大陸がトルネシアと呼ばれた時代から存在する王の一手の諜報員である。
現在ではアルフィニアの国益の為に存在しているが、その当時は国家への不干渉を貫く心情の組織であり条件さえ争いごとの調停が任務の意義とされていた。
アイズマンによって私はアルフィニアの沿岸部にあるイシマツ理研へと身柄を移された。旭国によって作られたイシマツ理研の所長であるコウゾウ・イシマツは、海洋上にネットワークインフラを構築する為にこの大洋を貸し切っており、施設の上部に備えられた浮島には市と呼んで差し支えない街並みが存在した。
「今日から此処が君の家だ」
身長が非常に高く、筋肉質な男の外見は西部に住む赤毛の人種をそのまま表したような外見をしており、この国では少し浮く見た目である。私は一人でこの施設へと連れて来られ母は南自治区に残るという選択をした。
「どうしてお母様を一緒に連れて来られなかったのですか?」
幼いながらの質問にアイズマンはグレーの瞳を惑わせた。どうやらこう言った子供の扱いに慣れて無さそうな雰囲気がひしひしと感じられ、頬を掻く様はそれを象徴としていた。
「いやぁ、大人の事情ってやつだよお嬢さん。ただ忘れちゃいけないのは、お母さんはこの争いが終わった頃に君を迎えに来られるように家を守っているのさ」
そんな方便が通用するほど、私は可愛い子供じゃなかった。故に事ある毎にアイズマンを困らせ、彼がいない時はこの施設を探検する日々を送った。
一年後、私の元に一人の少女が現れる。アイズマンによって連れて来られた少女の見た目は旭国の髪色をしているが、青のメッシュの入った髪とまん丸い濃紺の瞳は人懐っこさを体現するようで、彼女と私は直ぐに打ち解けた。
「貴女はどうしてここに来たの?」
普段から大人の言う事を聞かない私達子供は情報の海という恐るべき物が揺蕩うプールサイドを歩くのが日課だった。
「戦争でお父さんが死んじゃったから……、でも国の為だもの悲しくは無いわ!」
「私とおんなじね。名前を教えて? 私はリリネル」
「私フィーネ! よろしく!」
彼女とは同い年であった為にとても仲良くなれた。そして共通の趣味である探偵ごっこをする仲で、よく昔のドラマや映画を観てはそのマネっ子をして過ごした。
「東の島国には昔凄い名探偵が居たんだって、確かシャーロックとかって名前の」
フィーネは祖父から大層可愛がられており、私に東側からの輸入品の歴史書を自慢しつつもそれを二人で読んでいた。
「ならアルフィニアの名探偵はアイズマンに決まりね。何時か此処を出たらアイズマンと一緒にいろんな世界を回りたいの」
フィーネはその私の願いを聞いて膨れた。
「私だって!」
互いの共通の憧れについて語る時、私達は喧嘩もしたが一つ事実だったことは楽しかったのだ。
大人の話は詰まらないし、分からなかった。等身大の子供がその空間には居て、私達はここで少しずつ大きくなっていくのだろうと思っていたのだ。
けれども一つの事件が私を揺るがしたのだ。
それは母の急逝だった。事実を知ったのは誰かの通信に忍び込んだ時であり、私が天涯孤独であることを理解した時には既にプールサイドの縁に立っていた。
その時思った事と言えば、この情報の海の中には母の記憶が存在し私を見つけたならばきっと迎えに来てくれるだろうという、愚かな期待だった。
海の中に落ちた私、そして海洋を揺蕩う。私という人間が体から剥離していくような感覚、中身の無い情報程私の体に纏わり付いた。そして重大で密度の濃い情報は私が沈むのを待ってからいよいよ口を開いて飲み込んできたのだ。
クジラを思わせる強大な気配、パンクしそうになった私を勢いよく引っ張る手が海から私を救い出した。
「フィーネ! 大人を呼んできてくれ!」
アイズマンの声だった。私の目は光を観た。光、光、光。それが情報の波であると知ってアイズマンも同じ物を観ていたのだろう。だが、波はアイズマンの体を避けると空白(ヴォイド)を産んだ。
「リーネちゃん! 私の手を取って!」
「馬鹿野郎! この水に触れるな!」
私は泣き顔に染まっているフィーネの手を掴んでプールサイドに自力で這い上がった。遅れてアイズマンもプールサイドへと体を上げた。
「信じられん、リリネル大丈夫か?」
安堵、そしてそれが気を張っていた私に隙を与えると同時に押し寄せたのは、あの海の中で観たクジラのような情報の塊だった。
「あ、ziu/:;@:./」
言葉にノイズが入る。
「まずい、情報被爆を:p:sfidj¥_?:[」
そうして私の記憶がそこで途絶えた。
次に気付いた時、私の世界は大きくボタンを掛け違えたような違和感を噴出させて私という人間を犯した。
「リーネちゃん!」
声の方向を見ると潤んだ濃紺が私を見据える。しかし、彼女以外の周囲に揺蕩う光景はあの海の中で感じた物と同様だった。壁のホログラフィックは映像ではなくインポートされた情報がジクジクと脈打つ奇妙な様を見せ、この部屋のコンセプトである空中に浮かんだ魚は単なるバイナリ信号によって演出されていた。
「生きているのが奇跡だ」
部屋に居たのはフィーネの祖父であるコウゾウ・イシマツであった。彼は医師でありライン手術の第一人者で、私は首筋に巻かれた包帯から自分も手術をされたのだろうと気付いた。
「sm]:;xirlj];/:sgr.¥/][@:;」
自分の思考が声にならない。
「無理をしてはいけない、君は情報被爆によって脳全体に深刻なダメージを負った。言語野にあたる部分は情報被爆の影響を受けやすい。だからそのラインに慣れるまではアイブラウジングの音声アプリケーションで言葉を発すると良い。これで相手のラインに直接音声を出力出来る」
私は身の内に起こった変化を明瞭に感じとって、動かない足や体中に感じる異物感に自らの行いを後悔した。
けれど、私を案じる少女の右腕にも手術の痕がある事を知って、私の疑問に合わせて情報が流れ込んでくる事で、彼女も情報被爆に遭ったのだと理解した。
〈私の、せいでフィーネも?〉
疑問に彼女は首を横に振った。その優しさが私の目頭に得も言われない感傷を引き起こす、なのに、なのに涙を流せなかった。
顔の皮膚がまるで何かを貼り付けせたかのように動かないのだ。
「これからリハビリを行うが、それは酷く苦しいモノだ。けれども、それはねリリネル。死よりも辛い事ではない」
コウゾウの言葉に私は自分の犯した罪を自覚し、それを償う為の日常が始まった。
*
「それで、アイズマンと言う人は今何処にいるんですか?」
ジェイデンの疑問に私は憤慨を含みつつ市警の廊下を歩いた。
「知らない! いきなり居なくなっちゃって、それから音信不通よ。さてジェイデン、捜査を再開するわよ」
彼は肩を竦めると市警の地下に停めてある装甲車の一台のロックを解除する。
「いい加減僕たちにもまともな捜査車両を充てがってもらいたいものですね。目立って仕方がない」
運転席に座った彼は目的地を入力するとハンドルを握る。この車は自動運転装置も無ければ磁力推進装置もない。電力で動いているのがせめてもの救いという旧時代の代物だ。
「私が市警のマスコットと思われている内は厳しいんじゃない? だから分かり易い成果を出して見返すの!」
私の本気に彼は流し目で碧眼をちらつかせると装甲車を発進させる。私は湯を注いだカップ麺を啜ると運転しているジェイデンにも箸を向けて麺を向ける。彼は視線を前に固定しながらそれを啄む。これは私達が最近開発した昼食の方法である。
「王の一手から輩出した孤児が受け入れ先で目立ったら、より組織全体の肯定に繋がるんじゃないですか?」
ジェイデンの頬っぺたについたネギを指で取って口に運びながら彼の言葉に肯定した。
「そうかも知れないわね。けれど私はあの機関がどんな事を言われてもアイズマンの作り出した施策が間違っていないと思う。犯罪に手を染めるのではなく、国益に沿うように子供たちを導く。それが彼の信条だから」
ジェイデンは親の代から警察官の家庭で厳格に育ち、飛び級で大学を出て市警に配属された。けれどインテリへの洗礼で私と組まされている事は少しばかり負い目でもある。
「先輩が一人で背負い込む必要は有りませんよ。僕らは一応バディなので」
私は十四歳、彼は十八。それでも可愛い後輩です。
「ジェイデンは良い子だなぁ」
私がその金の髪を撫でると彼は露骨に嫌そうな顔をした。
「てか、この食事方法恥ずかしいんですけど……他の署員に冷やかされるんですよ」
「へ? なんて?」
「お、オシドリ夫婦」
私は真っ赤になって彼の肩をベンベン叩く。
そうしている内に装甲車は第三の被害者の自宅へと到着する。縦長のマンションの一室に彼の部屋はあり、ジュレミントンでも特区に分類される違法広告の多さが目を引いた。ジュレミントンから西部へと向かう程に薬物による汚染が取り沙汰される区域が増えるのだが、そうした地域はモビリティ街と呼ばれ浄化の対象として認識されている。
「埋込式の広告デバイスによって賃貸を安く貸し出す手法、ですね」
「そうみたいね、けれども広告宣伝法が改定されて建造物との間に五メートルの広告表示余間が設定されて以降は、あんまり見かけないけど」
私とジェイデンが覗き上げた視線の先には違法風俗や、恐らくは摘発対象のライン潤滑剤の宣伝が埋め込まれていた。
「その代わり賃借人に広告選択の自由が生まれて、こんな風に違法なサービスを告知する者達が増えたのも事実でしょうね」
ジェイデンは被害者の住む三階の一室に浮かんだ文字を読み下った。
「『Pain days』どういう意味でしょう」
階段を登って彼の自宅の電子キーを家主から借り受けたコードで解除する。扉を開けると典型的な1Kの間取りの中には薄暗い雰囲気があった。こういった物件では窓を塞いでしまうケースが十分に考えられ、そしてその補完として壁面にホログラフィックを投影し閉塞感を無くす仕組みが取られている。
六帖間には黒いシーツに覆われたベッドの他に観たことのない機材が対面に備えられ、そして床には円盤状の何かが積まれていた。
「DVDですね」
「なにそれ?」
私の疑問に彼は顔を引き攣らせた。
「三十年程昔に流行った記録媒体です。それ以前まではフィルムに映像を焼き付けていたらしいですよ」
「これは違うの?」
「この表面に1ビット単位の微細な穴を空け、そのバイナリで情報を読取る仕組みと聞いています。僕もあんまり知らないんですけど」
ジェイデンは、あんまりという部分を強調した。そうして機材にそのDVDの一枚をセットすると記録映像が映り始めた。二十七インチのディスプレイに映ったのはスナッフ・フィルムだった。
男が少女の腹を割いて内蔵を取り出す所でジェイデンは私の目を塞いだ。
「ジェイデン?」
「こんな物を先輩に見せる必要はありません」
そう言うと凄まじい悲鳴が轟いて思わず私も身を竦ませてしまった。映像を中途して彼の情報端末に残っていた顧客リストを洗う。するとこういった旧式の記録媒体に保存されたスナッフ・フィルムを高額販売し生計を立てていた事が分かる。
「悪趣味の報いを受けたのでしょうね」
ジェイデンはこの趣味の悪いDVDを押収対象とし、そして顧客リストを違法電気的記録物品を摘発する課へと引き継いだ。
そうして私達はこれらの顧客リストの中に一件目と二件目の被害者の名があることに気付いた。そこから類推される犯人像はこのスナッフ・フィルムという映像に対して反抗意識のある者、或いはこういった悪趣味な映像の被害者か……。いずれにしても次の被害者が出るとしたらこの中に居る人物の可能性が高い。
「此処にあるリストから中央紛争に従軍した過去がある者。またそれを隠す為に従軍期間の年数が欠落している者を中心に身辺調査を始めましょう」
「そんな人間大勢居そうですが」
「範囲はそうね、ジュレミントン南部に絞るわ。それから犯罪歴」
「犯罪歴は当然として、どうして南部に?」
「一連の事件はジュレミントンの中心部から外れるように起こっていて、連続殺人犯の場合犯人は住居圏内では殺人を行わない傾向があるのよ」
これは一般的な刑事事件捜査のプロファイリングである。
「では、犯人のバッファーゾーンの認知は既に終わっていると?」
彼の言うバッファーゾーンとは私の前述の通りで、容疑者が自らの居住している地点からドーナツの穴状に開いた区間であり、その周囲では犯行を行わないケースが多い。だが、これは犯人によってその空間が異なっている為に慎重に見極める必要がある。
「一件目はジュレミントンの駅から北、二件目は北東。三件目は西。これらを線で結ぶとジュレミントン駅からやや南市街地が交点として現れるわ。そしてその交点から各事件箇所を通る円を描く。すると推定される犯人の所在地から最も近い犯行の範囲が明らかになるでしょ?」
ジェイデンは空間に円を描いて頷いた。
「それがバッファーゾーンの推定に繋がっているんですね。そして犯行の特性上犯人は己の犯行に意義的な物を有しており捜査の手がジュレミントン北部へと向いている隙に南部での犯行を行う。ということですか」
彼の的確な言葉に私は頬を緩めてジェイデンの金の髪を撫でた。
「はい、良く出来ました!」
「こんどそれしたら、絞め技に移行しますよ……?」
「私は柔術も強いんだぞ? 試してみる?」
「やめときます。さて、行きましょうか」
ジェイデンの呼び掛けに応じて部屋から出ようとした時、私の足が何かを遮った。すると途端に壁面に花畑が映し出される。
「これって……もしかして」
壁には白い花畑が映っており花弁の特徴は件の電脳都市景観にそっくりである。私はそれに見入っているとジェイデンが何かに気付いた。
「ガス、先輩!」
私は急に彼に担がれて部屋から飛び出した瞬間に抱きしめれる形で廊下の奥に飛んだ。
そうでなければ直後に起こった爆発によって吹き飛ばされていた。
部屋単体を吹き飛ばした爆発は火災を産みスプリンクラーを土煙の中に振りまいた。
私はジェイデンの体の重みを暫し感じていたが、彼の額から垂れた生暖かい感触が血出あることを認識すると悲鳴を上げる。
「ジェイデン! ジェイデンっ!」
冷静に、冷静になれと急かす自分、外では自動的に出動した消防車が消火を行い。救護ドローンが窓から侵入して私達にサーチライトを当てる。
『要救助者二名を確認』
寄ってきた廊下を埋める何台かのドローンによって私達は廊下の窓から避難する。鬱陶しい街の広告の中濡れたアスファルトの上にジェイデンは寝かされ、ストレッチャーを待った。彼は眠っているようにしてネオンの青と赤の中に表情を動かさない。
「死んじゃやだよ。ジェイデン! お願い、目をさましてえぇ!」
『一名意識不明の重体、一名負傷命に別状なし。至急搬送の手配を求む』
無人音声によって容態の確認が取られ、即座にドローン達によって彼は心肺蘇生を成された。私の無常の叫びのせいかは分からないが、彼に装着された心電図が動き始める。
その時になってようやく緊急用磁力推進車が到着して彼と私を運んでいった。
私は手を握り締めながら自分の無力を痛感する。警官二名負傷の一報によって同僚達からの連絡が一挙に受信される。そしてその中にはジェイデンが裏で内偵を進めていたウォルター先輩についての調査報告書も同時に上がっていた。
病院に搬送され一命をとりとめたジェイデンであったが、後頭部に爆発の衝撃で吹き飛んだ建築資材の破片を受けている為に緊急手術を行い。輸血が必要という事で私は自分の血液を分け与えた。
手術が無事に成功し、後は彼が目を覚ますかどうかという所になった為に病室に移され、私は彼の手を握って目を覚ますのを待った。
「私と同じ血液型で……良かったね。これじゃあ捜査は中止かな。リーネちゃんに任せるしか無いのかな」
そんな皮肉を嫌な顔をして反論して欲しい。なんて弱気な私の手を彼が握り返したような気がした。
「そっか、ジェイデン。捜査を続けろって事ね……分かったわ。何が有っても捕まえてやる」
体の奥から湧いてくる感情は確かな怒りを有して立ち上がる事を急かした。その足で警察署のデータベースにアクセスし、押収した顧客リストとスナッフ・フィルムでデータ化してあった物に何か潜んでないかを確認する。
その合間に、先輩についての情報を展開する。私自身、彼がどういった経緯で王の一手に入所したのかは分からない。それは諜報員を育成する段階においては不要な知識であるが、殊更彼についてのデータには不信用な点が多く見られた。
中央紛争時にトルネシア北自治区の少年兵として従事し、あらゆる作戦に参加した。だが、何れも生還し彼の配属された少年兵部隊の少年少女等は皆生き残った事から終戦時保護された時の異名が守護天使と呼ばれていた。
しかし、不可解なのが彼の配属された部隊ではトルネシア北部解放軍の成年兵士の死傷者が異様に多い点であった。
アルフィニアとしては第十八師団の派兵先である点から激戦が予想された為に、このデータも彼の人間性を裏付ける信用性に欠けるとして、余り重要視されていなかった。
けれどもジェイデンはその報告書を求めた。リーネちゃんの傍に居る存在、私はその複合的な状況を解決するためにも、まずは犯人を見つけねばと意気込んだ。
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