側面をコンクリートに覆われた部屋の中、光源は天井に埋め込まれた薄いLEDライトであり破壊して部品と取り出す事が不可能であるのは以前殴って証明済みだ。分厚いアクリル板で保護されたその光源は丁度九時ピッタリに消灯し、七時には点灯する。故に時間の感覚はその時に養った。

 そうして七時になると食事の他に時折施設を管理する者が俺の前に現れて、天井と同じ素材のアクリル板越しに用向きを伝える。

「ウォルター、君は我々にとって重大な規律違反を繰り返した。よってこうして拘束されている訳だが」

「どうでもいいからさっさと要件を話せ。まぁ、言いたくねぇ事は絶対に言ってやらん、やりたくない事も絶対にやってたまるか」

「ふむ、まぁ、そうカリカリするな。我々は君にチャンスを与えようと思うんのだよ。曲がりなりにもこの機関において優秀な君をただこうして閉じ込めておくには勿体無い。ならば一つの交換条件と共に君を此処から出してやろうと言うのが局長の提案だ」

 条件? 提案? どうせ下らない困難な課題で俺を縛ろうって訳だ。始めからコイツ等は交渉なんて手札を持っていない。俺という個人を飽くまでも道具としての価値しか見出していないんだ。

 そんな態度が相手からも伝わったのか、俺のラインの閲覧制限を解除した。そして表示されたのは彼等所員の名前と役職、どうやらこの褐色の男は副局長という役職のようで白衣を思わせる制服が清潔さを物語り、落ち着いた声音が若者への慣れからくるものだろうと想像した。

「条件を言えよ」

 すると彼は俺の第三知覚に追加情報を付与した。そこに映し出されたのは車椅子に乗った少女である。一見していいトコのお嬢様というのが感想であり、自分とは一生接点の無いようにも思えた。

「リリネル・フロンターゼ。彼女は私立探偵だ。表向きには公表されていないが昨今起こっている多くの事件を解決している」

「それで、俺はコイツをどうすれば良い。まさか東の島国で流行ってる探偵活劇の真似事でもさせる気か?」

 最も重要なのはこの先だ。それがこの施設の意義であり俺が飼われている意味なのだ。

「似たようなものだ。君は彼女に接触して貰い、彼女についての情報を収集して欲しい。そしてこの少女が国家に不利益を齎すとコチラが判断したその時は、速やかに彼女を殺害してもらいたい」

 特別な感情は無かった。そして繰り出す答えも決まっていた。

「で? 交換条件というのは?」

 お優しいこって、コイツ等は成果報酬をくれるというのだ。唯使い捨てにすれば良い俺のような存在に。

「アルベルト・アイズマンの居場所を教えよう」

 彼の発言の真意を伺う為にその瞳を真っ直ぐ見つめた。アルテロイド特有の黄色い目が俺を睨んでいるがそれ以上の感慨を受け取る事は不可能だった。

「あぁそうかい。だが、良いのか? 俺が逃げるかも知れないぞ? 次逃げられたらお前らが絶対に見つけられない場所まで行ってやる」

 その子供のような言い分に彼は顔色すら変えずに言い切った。

「その場合はアイズマンの居場所が永遠に分からなくなるだけだ。安心しろ、尾行も盗聴ハッキングもしない。ただ君は情報をコチラに共有すれば良いのだ」

 俺は舌打ちして下がっていくアクリル板を眺めた。たったそれだけの条件で俺はコイツ等に首輪を嵌めさせる事を許容した。いいや、彼等はきっと理解して俺を選んだんだ。

 毒づいた俺は目隠しをされ、最低限の金と道具の入ったショルダーバックと共に解放された。着せられた服は体に密着するようなボディスーツを内部に纏いジャケットとスラックス姿という慣れない格好だった。

 早速俺は紺色のネクタイを緩めると手首に搭載された仕込み刀が展開するかチェックした。この先何があるか分からないのだ。用心に越した事は無い。

 さて、場所は恐らくアルフィニアの首都ジュレミントンだろう。久しぶりに青い空を見上げ、それ以上に空を飛び交う磁力推進車(マグネティックビークル)が放つ青色の電磁出力光が尾を引いて過ぎ去っていく。

 この血管のような青の残渣が、摩天楼の中にひしめくビル壁面を揺れ動く広告の中を突っ切る。

 現在は怪獣映画が公開中であるために、爛れたケロイド状の肌をしたモンスターが都市部を徘徊している。そうして下界に目を向ければポップ体のデカデカとしたライン潤滑剤の宣伝ビラがあちこちに貼り付けられ、四角く几帳面に形作られた都市景観をそうした情報の過多がカオスを生み出していた。

 俺は一度第三知覚を切って見ると、本当に何の変哲もなくただ白いだけの空間が広がって、まだ俺は喧騒の中に居たほうが楽だと第三知覚を再起動した。

 そう、アルフィニアは電脳の中で個性を見出した者達によってデザインされた電脳都市景観(サイバーランドスケープ)なのである。

 こうなる以前、大陸は一つの国家であった。それがトルネシアであり、長い戦争は国をアルフィニアとベールリッヒに分断した。

 この東西戦争後、アルフィニアを旭国(ヒノクニ)がベールリッヒをエルビリア帝国が復興を助け双方の国はそれぞれの国の色に染まった。

 そうして旭国から持ち込まれた技術はこの国の者達の凡そ九割にある物を付与する。それがラインであり、脊柱に直接電気的信号を送る事によって自らの脳内をコンピューター替わりに利用する技術で、それによって景観の中に浮かんだ広告やサイネージの事を第三知覚と呼んだ。

 俺は久しぶりに外の世界を見て、中央紛争時よりも随分変わった光景を目に焼き付けながらジュレミントンを散策する。さて、どうして件の少女に接触を行うかという問題に際して初めに当たったのは『ライン潤滑剤』の専門店であった。

 ラインを使用する際直接電気信号を送ると、副次的な作用として身体に不必要な信号を伝達し身体の不規則運動の症状が出る。それを防ぐ為に骨髄組織に似せた非金属マイクロマシンを用いて信号の緩和を行う。これは体格や年齢によるが一か月に一本の潤滑剤摂取が目安となっており、一本七百共通円からと絶妙な金額を推移している。

 つまりライン潤滑剤は誰でも使用し、水と同じ位の生活必需品という訳だ。

 だからこそ俺は四角いコンクリートが団子状に連なった建物群を地下に向かう。旭国の言葉で『大特価!!』と大げさに書かれた看板を横目に、自動で開いたスライドドアに従って店内へと踏み入る。

 四ノ月という温暖になり始めた気候にも関わらず店内は肌寒く、旧時代の電飾であるオレンジ色の電球がぶら下がった天井には蜘蛛の巣が張っていた。

「見ねぇ顔だな。大概この中を見たら踵を返して逃げちまうんだが」

 バーカウンターのような外見をした店内には椅子が文字通り幾つか並んでおり、その奥にある酒瓶を並べる棚には輸血パックの中に入ったライン潤滑剤がラベルを見せて商品価値をアピールされていた。

「ジュレミントンには最近越してきた」

 向かい合った男の風体が近づく程に明らかになった。褐色の人種であるアルテロイドは両目に物理補助具(エクステリア)を嵌め込んでおり特徴的な黄色い瞳は成りを潜めている。

「珍しいかい? これは」

 男は鼻梁を超えて両目を覆うメタリックな外装に、横一文字のアイカメラを備えた物理補助具を指差した。

「官給品がほとんどだ。市販されているのか?」

「俺のは特注品よ。さて奇特な旦那、何がお望みで? 俺の店にはダイラー社やマギスライナー社のような大量生産品は扱ってねぇ。百パーセント天然素材オーガニックな代物か、化学薬品ぶっこんで規制ギリギリを攻めたハイな奴かの二択だ」

 旦那と呼ばれる年齢ではないのだが、彼に自分がどう映っているかはさておき俺はカウンターの丸椅子に腰掛けてアイブラウジングを介して一枚の写真を共有する。

「買い物ついでに訊ねたい。この少女について何か知っている事はあるか?」

 写真を受け取るような仕草をした店主は眉を顰めてこちらを見上げる。耳どころか鼻にピアスを開けた顔は威圧感こそあるがこちらに引く理由は無い。

「なんだい、客じゃないのか? それにうちは情報屋じゃねぇ。用が無いなら他を当たりな」

 馬鹿正直に聞いても答えてはくれないだろう。

「そうか、ここに来れば裏稼業に筋の通った者達から落ちた情報が得られると思ったんだが……残念だ。不躾で済まない、もう一度聞くが本当にこの少女について何も知らないのか?」

「言っただろ、俺は情報屋じゃねぇ」

「なら、この店舗が違法営業の可能性があると市警察(シティポリス)に告発をしてやっても構わないんだぞ? 浸透率十五%? 廃人でも作るつもりか?」

 通常の潤滑剤の浸透率は五%に抑えられており、それは安全性が加味されての数値だ。

 緊張が流れるのが分かった。男は暫時俺を見つめてから何かに気付いたように筋肉を硬直させた。そして右手が腰元へと伸び腕を引く、まるで一コマ一コマを切り取ったコミックのように彼の動きを捉えた俺は、左手で男の肘を抑えて右手の仕込み刀を展開して首元へと押し付けた。

「チクショウ! 軍人か! それとも政府の犬(ハウンドドッグ)かテメェ!」

 そのどれも外れだ。出来るだけ穏便に、なんて端から考えちゃいない、邪魔な物があるならぶっ壊して進んだ方が手っ取り早い。俺は相手の怖気を十分に引き出す名を口にした。

「王の一手(セプターコマンド)は情報を欲している。この少女の事について知っているならば今ここで話せ」

 男のアイカメラ越しに光る自分の赤い目を見据えて躊躇を押し殺す。だが、彼が先に折れて腕の力を弱め拳銃から手を離した事で俺も臨戦態勢を弱める。

「分かった分かった、オーケイだ。王の一手か。成る程確かにそれならこの子を追う意味があるってもんだ」

 椅子に掛け直した俺は男が汗を拭い情報を開示するのを待った。

「彼女は今ジュレミントン南部のオークシン市にいる。恐らくはそこからトルネシア南自治区へと向かうつもりだろう。だが向かうなら急いだ方がいい。先月初回運行が決定したリニアモーターカーの試乗会に彼女は参加している筈だ。それを逃したらこれからトルネシアまでは陸路で二週間は掛かる」

 彼の言葉を自動で文字起こししながら記録する。まぁ、これだけの情報があれば発見は容易だろう。後はどうやって近づくか、だな。

「手荒な真似をして済まない。その内用があったら立ち寄らせてもらう。客として」

「ハッ、期待しちゃいねぇよ。だが、気を付けるこった。あの子はうちの上客だったが、狙っているのはアンタだけじゃない。最近も同じ要件でここを尋ねた者がいた」

 他の諜報員(エージェント)か、それとも全く別の組織かは判然としない。

「アンタはそいつにも情報を滑らせたのか?」

「いいや、しらを切り通したさ。そいつの眼は人殺しのそれだったからな、うっかり話して首を掻かれたら世話ねぇ」

 そうか、と俺は踵を返して店を後にする。俺以外が動くとして副局長の言っていた私立探偵としての顔以外にも、彼女には何かしらの追うべき必要性があるのだろうか。

 未だ謎の多い少女を求めて俺はオークシンへと足を向けた。

 地下鉄道が運行を開始してからは移動手段が三分割されていた。地下鉄を使う層、地上を走る貨物車や清掃車、それから空を舞う一般車。そのどれにも役割ごとの利便性があり貧富の差が比較的穏やかなジュレミントンにおいて地下鉄はピーク時でも高確率で席に座れる。だが、オークシンへ向かう程に乗車率が高まってオークシンシティ駅に着いた頃には人でごった返していた。

 この町は摩天楼のような印象的なビル群が無く、安定して空を見上げる事の出来る一般的な都市だ。駅周辺にはデパートメントなどの高層化した建物が並ぶが少し歩けば戦前の頃建てられたであろう三階建てのアパートやブティックが通りに面し、その横を電気自動車や路線バスが行き交う様を見せた。

 ジュレミントンも南部へ行くほどに工場労働者で溢れオークシンは丁度南部、南西部、南東部へと労働者を運ぶ血管の役割を担っている。故に此処では貧富の差が少し色合いを変え沿岸部に向かう程にホームレスやスラム街と言った様相が浮き彫りになる。

 いたいけな少女が一人旅をするには危ういこの町に彼女はいる筈だ。

 少女をいち早く探し出し、その動向を把握せねばなるまい。なんて考えている俺の背中に呼び掛ける声があった。

 振り返る。するとそれは老婆であり彼女は市役所への道を訪ねて来た。この辺の地理には明るくないがアイブラウジングで地図情報を表示して市役所までの道のりを検索する。

 どうやら数百メートルで着くらしく、俺は彼女を案内する。

「ありがとうお兄さん、はい、これ」

 手渡された封筒を見て俺は首を傾げた。

「これは?」

「さぁ? 今日親切にされた方にお礼で渡すように言われたのよ。じゃあ、あたしゃここで失礼するわね」

 よぼよぼの老婆は杖を付いて市役所の中に消えた。俺は封筒を開けるとそこには数字の羅列が記載されていた。コンマで区切られた三つの数字の塊、これは恐らく前の二つは位置情報で、もう一個は多分…………。

 時間か。

 数字は十三を示し、俺は今が十二時五十分だと知るとそちらへ向けて走った。走り走る内に俺は街道を跨ぐ石造りの橋に差し掛かり、時代遅れの石炭機関車の煙に立ち往生する。架線の行き渡らない場所は未だに運行に蒸気機関を用いている為にこんな黒々とした煙を吐いているのだ。

 俺が煙の余韻に足踏みをしている内に次なるイベントが起こる。眼前、煙の奥は直進する道と左右に線路に沿う道があり、その境目が丁度指定された座標である。

「キャーーーーッ! 泥棒!」

 叫び声に俺は凡そ五十メートル先で、膝を付いた女性が左側へ走る者を指差していた。これが指定刻限通りの事象であると直感的に判断を下す。

 未だにその意味は掴めないし、誰が仕組んでいるのかも分からない。王の一手が俺に課した何らかの試練の可能性すら捨てきれないのだ。

 けれども動いた身体は直下の線路を走る機関車の貨物車両へ飛び移らせた。錬成金属の波打ちに膝を打ち付けながらもコンテナの縁に捕まって列車が街道に寄り添うタイミングを待つ。

 走っているのは三十代の男であり手には赤いブランドバッグが握られていた。ひったくりの犯人で間違いなく、俺はコンテナの上に乗って走り出す。眼前にはまた陸橋が見え早く飛ばなければ石にこびりつく染みになると考えながら助走を付けた。

 間一髪の頃合いでジャンプした俺は、丁度走りくる男に吸い寄せられるようにしてダイブする。

「フギャッ!」

 間抜けな男の声と共に赤いバッグが宙を舞う。それをキャッチして後方から駆け寄ってくる女性の存在に気付いた。

「ありがとう優しいお方!」

「フギョッ!」

 そのまま女性はひったくり犯を踏みつけて俺の手を取った。そしてまた封筒を手渡される。またか、と頭を抱えた俺はオークシン市警にひったくり犯を引き渡して封筒の中身を開いた。

「なんだこれは……」

 今度は一枚のチケット、それはこの街で初運行の開始されたリニアモーターカ―の乗車券であった。全く手の込んだ真似をしてくれる。俺は気に入らない感情を抱きながらもこの招待に乗っかってやる事にする。

 そしてオークシンシティ駅から離れ外れにあるターミナルへ向かった。立地の関係上現役路線を阻害しないように作られたリニアモーターカーと専用の線路、それらはアーチが何重にも組み合わさった形の建造物を始発点として出発し、トルネシア南自治区へと至る。

 全く舐められたものだ。仮にも王の一手はアルフィニアの国益を守る者を育成する機関であり、与えられた任務に対しては自らの力で状況を切り開けねばならない。

「分かり易いお節介を焼きやがって、クソ」

 そう口汚く吐き出しながらターミナルへ向かう路線バスから降りて、入口に繋がる階段を登ろうとした俺のジャケットを突く者がいた。

 振り返った瞬間に呼吸が止まりそうになった。

 彼女はそう、白百合の乙女と称して相応しい容姿を持っていた。端的に言うとターゲットだった。

〈階段の上まで連れて行っていただけますか?〉

 口は開いてない。恐らくは電子音声であろう。少女に擬態したその声に俺は紳士を装う。

「車椅子……、この施設はバリアフリーではないのですね」

 笑みを湛える少女に合わせて俺も外面を張り付けた。彼女は華奢な両腕をこちらに伸ばす。旭国の衣装である白絹のきめ細やかな模様、それは雪の文様のように思え彼女の容姿と相まって相乗効果の白さを演出する。

 長くウェーブの掛かった髪を纏めて掬い上げると驚くほどに軽く、凡そ年齢が十四歳前後に見える少女の体重はきっと標準以下しかないだろう。

 彼女を抱えて階段を登りきると、置いてきた車椅子は変形して四足歩行になり自動的に階段を登り始める。よく見ると着座部分も見受けられる。

 少女の元に到着した車椅子基四足歩行ロボットは変形して元の形に戻る。俺は微笑む彼女を車椅子の上に戻す。

〈ありがとうございます。そして初めましてウォルター・アイズマン〉

 俺は警戒して彼女の微笑みの裏にある物を探ろうと一定の距離を取る。

「どうして俺の名を」

〈ウォルター・アイズマン、十八歳のA型。貴方は私の事を探る為に派遣され王の一手の諜報員。成績は優秀、けれども性格の獰猛さから施設の脱出歴があり投獄されていた〉

 まるで俺の内臓の中身までを見透かす、その蒼く深い瞳が俺を射抜く。耳に鳴る彼女の声に不快感を示すと瞬きをした少女は言葉を重ねる。

〈安心してください。貴方との会話は専用回線で構築されています。抱き上げられた時に少し細工をさせてもらいました〉

 思わず首筋を触るがそれらしい痕跡はない。腕の仕込み刀を気に掛けるが、まずは情報を得る方が先決だと認識を改める。

「お喋りな女だな。直接喋ったらどうだ」

 苛立ちを見せつける俺に対して、彼女は本当に困ったように眉をハの字にさせた。悲しそうな表情を意図的に演出しているのかはさておき、俺は舌打ちをして歩き出す。

〈諸事情からこのような電子音声に頼っている事を謝罪します。今回貴方を此処に招いたのは手助けを願いたいからです〉

「手助けだと?」

〈はい、私はあるお方を探しておりまして、その痕跡を辿るにはこの女の子の独り身では些か不安が滞在し、夜な夜なお布団の中で震える毎日を過ごしています〉

 腕を胸の前に寄せてギュッと握り込む仕草が鼻について目を逸らす。

「人探しか。目的は同じだな」

〈あら、意外な共通点! 貴方の探す方はどんな方で?〉

「大切な約束をすっぽかすクソッタレだ。アンタには関係ない」

ターミナルの半透明な床の上を歩きつつ広大なロビーに俺達の他にこの旅に招待された者達を観察する。皆一様に特権階級の者達だと分かる振舞いに身を包み歩き方にも品が介在する。

 俺はついそれを直視するのが辛く思い、白い骨組みに覆われたドーム状のロビーは一見しながら空港を思わせる内観に感心する。

 等間隔に配置された観葉植物の周りに置かれた白生地のソファーや、ガラス張りでこれから発車されるリニアモーターカーの行く先が一望できる展望スペース、チケットを提出し半券を受け取る事で乗り込める下りエスカレーターは緩やかで、車椅子の少女を乗せてもしっかりとブレーキを掛けていれば安全に昇降できる安定感があった。

「そう言えば、アンタの名を聞いていなかったな」

〈あら、では私の提案を了承して頂けるのですか?〉

「ふざけるな、俺がどういった意味合いでアンタを尋ねたか知らない訳でも無いだろう。このチケットだって、その策略の一つだろ?」

〈簡単に情報を操作しただけです。貴方の行動を逆算して私に辿り着くまでのルートを構築した。けれどもそれを成すには貴方に重要な素養が必要だった〉

 彼女を睨むが怯む事も無く言い放つ。

〈お人よしとしての素養、フフフ、人助けが趣味なんですか?〉

「一体何なんだアンタは」

〈リリネル・フロンターゼ。人呼んで名探偵『電脳人魚(サイバーシレーネ)』〉

 青筋を立てる俺をよそに彼女は本当によくできた顔でウインクをして誤魔化したのであった。

 そうして件の事件が起こった。

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