第2話 お礼の仕方

 1限が終わり、席に座っている俺は同じ講義室内で矢面やおもてが座っていた所を見る。お礼の件を忘れて講義室を出ると思ったからだ。


しかしまだ席にいる。…ヤバい。何かのサインと勘違いしたのか、こっちに向かって来るぞ。


ほとんどの人が出入り口に向かってるから逃げられない。万事休すか…。


「やっと1限が終わったね、バールちゃん」


「そうだな…」


普段は講義が終われば嬉しいのに、今は全くだ。講義に助けられるとは…。


「逃げられる前に訊いておくね。2限は何?」


「○○だ」


こいつと被りませんように。俺は心の中で祈る。


「それ、私も受けてる。一緒だね」


2限が終われば昼休み。逃げられるタイミングがないじゃないか!


「バールちゃんは私の命の恩人なんだから、気にせず揉んでくれれば良いのに…」


「そういう問題じゃねー!」


俺だって男だから、女の胸を揉みたい気持ちはある。だがそれは好きな女だから意味があるもんだ。


それに、未だにこいつの本性がわからない。もし揉んだ瞬間イチャモンを付けてきたらどうする? 手を出したのは明らかだから反論できないぞ。


「どうしよう。このままだとお礼ができないよ」


「本当に結構なんだが…」


「さっきバールちゃん言ったよね? 『何かしてもらおうか』って」


それはこいつがしつこいから仕方なく言ったに過ぎない。今更否定しても無駄だろう。


「金欠だからお金は使いたくないし、そもそも男の人の好みはサッパリだし…」


このままだと埒が明かない。俺が助言するのは気に食わないが、進展しないよりマシだ。


「お前がお礼にこだわるのは、お袋さんが言ったからなんだよな?」


「うん。『お礼はちゃんとしなさい』って、耳にイカが付くぐらい聞いたな~」


「それを言うなら“耳にタコができるぐらい”だ…」


俺はこんなボケにツッコみたい訳じゃない。無駄な事させるな!


「お前のお袋さんは、普段どういうお礼をしてるんだ?」


お袋さんの真似をしてもらう作戦になる。ただし、こいつ並の変人だったら意味がないな。


「そうだね~。お礼の言葉を言ったり、お菓子を渡したり、ご飯に誘ったりしてたかな」


お袋さんのお礼に『胸を揉ませる』はなかったか。こいつと違って常識人じゃないか。


「でもすごくお世話になった時は、菓子折り? っていうのを持ってその人の家に行ってたよ」


この流れ、嫌な予感がする…。


「私は車に轢かれそうになったからね。ただのお礼じゃ物足りないよ」


頼む、俺の予想外れてくれ!


「バールちゃん。私を今日、バールちゃんの家に連れて行って!」


やっぱりこうなるのか。当然断りたいが、これもお袋さんの方針によるものだ。こいつはその方針を曲げない気がする。


そうなると、お礼を言わせるのがベストか? 下手に言い争うより、こいつの気を済ませたほうが早そうだ。


「わかった。俺の家に連れて行ってやるよ」


「ありがとバールちゃん」


「ただし、バイトが終わってからな。昼過ぎから夕方までシフトがあるんだ」


「そうなんだ。どこでバイトしてるの?」


「お前に言う必要はない」

これ以上、個人情報を話したくないんだよ。


「それだと待ち合わせる事ができないよ?」


「心配しなくて良い、大学に近いからな。…あっ」


何やってるんだ俺! 自分でバラしたら意味ねーじゃん!


「大学から近いなら、そこで待ち合わせたほうが無駄がないよね?」


「まぁ…な」

墓穴を掘るってこんな感じなのか。


「バールちゃん。観念してバイト先を教えて!」


「仕方ないな。…ラーメン屋の『虎徹こてつ』だ」


「? どこそこ?」


「個人店だからな。お前が知らないのも無理はない。俺は偶然入って知ったんだが、結構うまいぞ」


常連の間では「テレビで紹介されるのも時間の問題だ」なんて言われる店だ。内装・外装共に古さは感じるが、味は良いと思っている。


「へぇ~。2限終わったらそこ行こうよ」


「お前金がないんだろ? 学食よりだいぶ高いぞ?」


虎徹が高いというより、学食が安すぎるんだが…。


「家にある貯金箱を壊せば何とか…」


「お前、未だに『500円貯金』とかやってんの?」

貯金は悪くないが、珍しい話だ。


「だって、通帳より貯金してる感じがするから…」


「そうか、貯金の仕方は人それぞれだな。バカにして悪かった」


「気にしなくて良いよ。お母さんにも『変わってる』って言われるもん」


1番変わってるのは、お礼に『胸を揉んで』と言い出すところだよ…。


「バールちゃん。もうそろそろ、2限のところに向かわない?」


矢表に言われたので講義室を見渡すと、席に座っている人をチラホラ見かける。この人達は1限の残りではなく、2限を受けるためだな。


「そうするか」


俺と矢表は一緒に講義室を出る。



 2限の講義室に着いた。さて、どこに座ろうか…?


「バールちゃん。隣座って良いよね?」


「はぁ? 何でだ?」

こいつがそばにいると疲れるんだよ。


「隣じゃないと、バールちゃん逃げるじゃん」


「もう逃げねーよ!」


もし逃げたら、こいつは『虎徹』の場所を調べて突撃してくるだろう。それぐらいはやりそうだ。


「逃げないなら、私のわからないところを教えてよ。この講義苦手でさ~」


「はいはい、わかった」


下手に逆らう方が面倒だ。俺は諦めモードになりながら、席に着くのだった。

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車に轢かれそうになった女は、おバカか天然かわからない あかせ @red_blanc

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