車に轢かれそうになった女は、おバカか天然かわからない

あかせ

第1話 変な女に絡まれた!

 「バールちゃん。遠慮なく私のおっぱい揉んで♡」


目の前にいる女、“矢表やおもてイリ”が俺に向けてふざけた事を言い出す。


「断る」


「何で? おっぱい嫌いなの?」


「そうじゃねーよ!」


「だったら揉んで! これしか方法がないの!」


何故こんな意味不明なやり取りをしているのか。それは十数分前にさかのぼる。



 俺、木野矢きのや スバルは、大学の1限を受けるために最寄駅から大学に向けて歩いていた。


大学生になって2週間ぐらいだな。来週からGWゴールデンウィークが始まるので、バイトのシフトをたくさん入れた。稼げる時に稼ぐとしよう。


…目の前の横断歩道を渡ろうとした時、運悪く赤になってしまった。ツイてない。


「ふんふ~ん♪」


信号が切り替わるのを待ってる間、デカい鼻歌を歌っている女が後ろから来た。視線はスマホに向けられており、片耳にイヤホンか。どう見ても危なっかしい。


…あの女、全然立ち止まる気配がないんだが? 片耳空いてるのに、車が行き交う音が聞こえないのか? 周りの奴も違和感に気付いていても、声をかけようとしない。


そしてついに、女は横断歩道に足を踏み入れる。このままだと事故っちまう!


「おい、そこのスマホ見てる奴。すぐ止まれ!」


「えっ?」


女が立ち止まって首だけ俺の方を向けてすぐ、その後ろを車が走り去る。事態を把握したのか、女はすぐ横断歩道の外に出て俺の隣に来た。


「何やってるんだ! 危ないだろ!」


ここは大学付近だから、この女も多分同じ大学生だろう。だが外見だけでは学年がサッパリだ。仮に年上でも非があるのは向こうだし、多少の暴言は許してくれるはずだ。


「……」


予想に反し、何も言ってこないな。事故る寸前だったからビビってる?


…ようやく横断歩道が青になった。さっさと渡るとしよう。


「ねぇ。住澤すみざわ大学の人かな?」


渡ってる最中、隣にいる女が声をかけてきた。


「そうだ」


「私もなんだ。さっきのお礼させてよ」


「しなくて良い」


「そんな事言わずにさぁ」


「しつこいぞ! しなくて良いと言っただろう!」


「そういう訳にはいかないよ。『お礼はちゃんとしなさい』ってお母さんに言われてるの!」


この女、予想以上に折れないぞ。めんどくせー。


「わかった。そこまで言うなら、何かしてもらおうか」

礼が終われば付きまとわれる事はない。


「じゃあ、私のおっぱい揉んで良いよ♡」


「…はぁ?」

何言ってやがる?


「だから、私のおっぱい揉んで良いって言ったの!」


「バカ! 声が大きい!」


急いで女の口を塞いだものの、俺が怪しい奴になってないか? 周りに誤解されないように、すぐ手を放す。


「大胆だね♡」


「お前のせいだろうが!」

頭が痛くなってきた…。


「大学の人気のない所で、2人きりで話そっか」


この女にしては名案だ。反対する理由がない。


「ああ」



 女に付いて行き、大学の人気のない所に移動した。これで口を塞いでも、俺が不審者扱いされる事はない。


「ねぇ。名前を知らないと呼びにくいから、名前だけ教えてくれる?」


それぐらいなら良いか。


「1年の木野矢きのや スバルだ。お前は?」


矢表やおもて イリだよ。私も同じ1年」


同学年か。本当に外見だけじゃわからん。


「バールちゃん。誕生日は? 住所は? 電話番号は? 趣味は?」


「お前、名前だけ訊くんじゃないのか!? それになんだ、“バールちゃん”って。そんなあだ名は初めてだぞ!」


「そう? 真っ先に思い付いたけど…」


「それが真っ先なんてあり得ないだろ! とにかく却下だ!」


「バールちゃんがダメなら…。スーバちゃん・スールちゃん、どっちが良い?」


「両方あり得ん!」

こいつのネーミングセンスはどうなってやがる?


「え~。…あっ、これなら気に入ってもらえそう」


「一応聞かせてくれ」

期待はできないがな。


「ババルちゃんはどう?」


「ババアみたいじゃねーか!」


「文句が多いな~」


さっきから本筋からズレまくっている。ここでクズクズしたら、いつまで経っても本題に入れない。


「…バールちゃんで良い」

さっき聞いたあだ名の中で一番マシだ。


「わかったよ、バールちゃん」


世の中に“苦渋の選択”は存在するんだな。今日思い知ったぞ。



 「んで、さっきからお前が言ってる『礼』についてだが…」

こいつと話してると訳が分からなくなる。


「私、お金に余裕がないんだよね。だからおっぱい揉んで良いよって言ったの」


「金に余裕がないのはわかった。だが、それと揉むのがどう関係する?」


「だっておっぱい揉むのはタダだから」


本気で言ってるのか? マジで理解できん。


「バールちゃん。遠慮なく私のおっぱい揉んで♡」


「断る」


「何で? おっぱい嫌いなの?」


「そうじゃねーよ!」


「だったら揉んで! これしか方法がないの!」


俺は変な女に絡まれたようだ。一体どうすれば良い? 頭をフル回転して考える。


「おい、そろそろ1限が始まるぞ」


スマホの時計を矢表に見せる。運は俺の味方みたいだ。


「でも、話はまだ終わってないよ…」


「昼休みに白黒つければ良い」


なんて言ったが、俺はバックレるぞ。こんな女に付き合いたくないからな。


「わかった」


「それじゃ、また後でな」



 せっかくの別れのセリフが全然活かせない。というのも、俺達は同じルートを通っているからだ。


最悪の結果が頭をよぎる。大丈夫、大丈夫だ。俺は心の中で願い続ける。


しかし悪い予感は的中してしまった。俺と矢表は、同じ講義室に入る事になる…。

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