Leviathan
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北側の赤い扉に手をかける。扉のてっぺんから下の方まで目の覚めるような赤色だった。
赤は警告の色だ。
なにか危険がひそんでいるのだろうか?
それでも剣の柄を握りしめ、扉を開けた。
またしても同じ作りの正方形の部屋に出た。
ざっと見渡すと、扉はなかった。
突き当たりの壁に人が倒れているのが見えた。
スーツ姿の初老の男性だ。
「大丈夫ですか⁉︎」
部屋の中で最初の一歩を踏み出したとき、剣の平たい面に何かが映り込んだのが見え、僕はぎょっとした。それと同時に猿のような鳴き声が左後方から聞こえてきた。
僕は一歩後ろに下がった。
目の前をなにか細いものが通り過ぎていった。矢だ。それは壁に深々と突き刺さった。
ぎぎぎぎぎ……。
猿のような鳴き声がふたたび聞こえてきた。
僕の視線はとらえた。その生き物の正体を。子どものような背丈。赤子のようなしわくちゃな顔、豚の鼻、上半身は裸で、下半身は茶色く汚らしい被毛におおわれていた。まるで中世ヨーロッパの
そいつが手に持っているのは弓。
いまや二発目の矢がつがえられているところだった。
「BZDLKEONKOMALE」
意味のわからない音声が、悪魔の口からこぼれる。声は甲高く、まるでバイオリンの最も高い音をならしたかのようだった。
悪魔が弓を引きしぼる。わけのわからない言葉で叫ぶ。
殺される。
真の恐怖にあったら身がすくみ、なすすべなく死んでいくタイプだと、自分を認識していた。
僕は立ち向かった。
はたして「立ち向かった」という言葉が適切だったかは分からない。
僕は怯えきっていた。
怯えきっていた僕は、回避的な行動よりも、攻撃的な行動を取った。
剣を構え、悪魔に向かて突撃していったのだ。
「MZOLABCLOEIIILOO」
悪魔のむき出しの胸の中央に深々と剣を突き立てた。悪魔は何ごとか叫びたて、そして、口から血の泡を吹き出した。
「ああああああ!」
悪魔の体から剣を引き抜くと、僕はそいつに向かってなんども振り上げた。
切り刻まれる悪魔の体。悪魔の上げる悲鳴が耳に心地よかった。
死ね!
死ね!
死ね!
気がついた頃には、悪魔の全身は血まみれで、あたりに肉片が散らばっていた。
汗で身体はじっとりと濡れていた。
これはすべて僕がなしたことなのだ。
悪魔は仰向けに倒れていた。その悲惨な状態になった顔をじっくり見なくて済むのは
必死の行動が報われた結果だが、僕は特に達成感を覚えなかった。
なんだよあれは……。
恐怖が全身を駆け抜けた。
この屋敷は……どうなっているんだ?
「怪我はないかね?」
声をかけられた。
振り向くと、そこにはスーツ姿の男性がいた。思慮深そうな顔つき。口元を覆う整えられたヒゲ。スーツは仕立てがよく、いかにも高級そうに見えた。
「あなたは? ここの方ですか? この化け物はなんなんですか?」
「家内のせいだ。すべてな」
「奥さん? あなたの奥さんが何をしたと言うのです?」
悪魔の死体に目が走る。死した身体はぴくりとも動くことはない。
「悪魔を呼び出し、永遠の命を得た。それと引き換えに自らも悪魔になってしまったのだよ」
グレーの瞳が僕に向けられていた。
悪魔……正気とは思えない話だが、今目の前で転がっているものを見るにウソと断じることはできない。
何より、男の落ち着いた口調には有無を言わせず納得させるところがあった。
「だが、その剣――家内が天使から奪い取ったものだが――を手にするものであれば、ここから生きて出られることだろう。その剣を使えるものは限られているのだ」
「限られている? それはどういうことなんです?」
男はそれには答えなかった。
次に起こったことに、僕はギョッとした。
男の体がフッと消えたのである。霧のように。煙のように。
「何が――」
何が起きたんだ。
気がつくと、部屋の端っこにはスーツ姿の死体があった。骨と皮に干からびていて、死んでから何年も経っているように見えた。
でも僕は特に驚かなかった。
ANGEL
この先には悪魔が待ち構えているようだ。
でも、この天使の剣さえあれば、僕は恐怖に打ち勝つことができるのだろうか?
赤い部屋を出た。
あとは、目の前にある青いドアを目指すしか道はない。
剣の柄をひときわ強く握りしめ、僕は青い部屋のドアノブに手をかけた。
・青い部屋へ
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