Hannya

 赤黒い部屋のなかに足を踏み入れた。

 正方形の部屋でまず目につくのは、部屋の中央に鎮座した天蓋てんがい付きのベッドだった。そこに誰かが横たわっていた。

 天蓋から垂れ下がったシルク・カーテンの向こうに人影がみえた。

 寝息が聞こえてくる。


 誰だ?

 この屋敷の主人か?

 だとしたら、早急に助けてもらわないといけない。

 僕は一歩踏み出す。

 扉から向かって、左手にはドア、右手には暖炉があった。左手のドアを開ければここから出られるのだろうか?

 どちらにしろ、この人に助けを求めるのは悪い判断ではないだろう。


「お休みのところをすみません」

 僕は言った。

「このお屋敷から外に出る道を教えてほしいのですが」

 カーテンの向こうでシルエットが半身を起こした。その動作には、たっぷり三十秒はかかった。

 僕は成り行きを見守った。

 細いシルエットを見るに、どうやら女性だった。高い鼻。長い髪。なんとなく、それが若い女性ではなく、高齢の女性だという感じがした。

 やがて、カーテンの向こうの人物は、ベッドをおりた。

 青いケープをまとった老婦人。

 カーテンから透かし見たように、長い髪は全て白髪で、整えられてはおらず、乱雑に伸びていた。


 老婆と目が合い、僕は悲鳴を上げた。

 赤くにごったそのまなざし。ろうそくのように白い顔。口は耳まで裂け、歯列がのぞいているのだが、その犬歯は異様に大きく、また、先が尖っていた。

 グルル……。

 犬のような唸り声を老婆は上げた。


 近づいてくる。

 一歩。また一方。

 紫色の腐った口内を見せつけるようにして。

「く、来るな!」

 僕は剣を突き出した。これ以上くると刺すと脅すためだ。

 僕の恐れている様子をみて、老婆はよろこんでいるように見えた。

 目をカッと開き、口をあんぐりと上げ、僕に向かって飛びかかってきた。


「うわあああ!」

 すんでのところで身をかわし、老婆は壁へと激突した。だが、それをものともせず、くるりと態勢を変え、再び襲いかかってくる。


 剣を両手で握ると、僕は老婆に向かって振り下ろした。

 ぎゃああああ。

 部屋のなかを絶叫がみたした。

 僕のはなった一撃が、老婆の細い肩を切り傷をつけていた。たちまち青いケープは暗赤色にそまった。


 興奮に駆られた僕は、さらに老婆へと近づき、二度、三度と切りつけた。腕を、側頭部を、背中を切りつけた。

 絶叫。

 絶叫。

 絶叫。

 ――吹き出す血液。


 老婆は突如、床に両手をつくと、蜥蜴とかげのように地面を這い出した。

 そして、目にも止まらぬスピードで暖炉の向こうへと消えていった。

 

 部屋を沈黙が支配した。

 時計――時を刻む秒針の音。

 老婆から垂れた血液が床を侵食していく。


 こうして突っ立っては居られない。

 僕は東側の壁にあるドアを開け放った。

 

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https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085432411841

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