Asmodeus

 僕は闇の中へと足を踏み出す。一歩。また一歩と。

 スニーカーが踏みしめるフローリングの床は泥で汚れていた。いや、泥ではない。もっと汚いものだ。赤黒くて、臭くて、ねばねばしたもの。きっと生き物の体内を流れていたものだ。

 突如、シャンデリアの明かりが落ちた。

 そして、完全な闇に飲み込まれる。


 ――こっちへ来なさい。

 声が一際大きくなった。

 一筋の青白い光が闇のなかに浮かび上がる。声の人物がそこにいると、僕の感覚は告げていた。

 青白い光へと歩みを進めた。


 ――こっちへ。

 声はひときわ大きくなった。

 ……近づいている。

 声の主に。

「誰なんだ! あの時の女か?」

 僕は叫んだ。

 返事はなかった。

 足を動かし続ける。青白い光は僕を手招きするように揺れ輝いている。


 突如闇のなかから腕が伸びてきた。開かれた指が僕の首根っこをつかんだ。その途端に、すべての呼気が奪われた。

 グギ……。

 叫ぼうとしたが、叫び声を上げることは叶わなかった。

 五本の野太い指が、ぎりぎりと僕の首筋に食い込む。


 離せ!

 首をつかむものを引きはがそうと、ありったけの力で、その腕につかみかかった。

 冷たいその感触は、まるで金属を連想させた。肌は筋張っていてかたく、筋繊維のひとつひとつが感じられるほどだった。

 僕は腕に爪を立て、つかみ返し、何とか引きはがそうとしたがビクともしなかった。

 そこへ、さらにもう一本の腕が手を伸ばしてきた。


 視界は白みはじめてきた。

 呼気を奪われ、生命活動は限界を迎えていた。

 グググ……。

 皮膚が皮膚を引きしぼる音が耳朶じだを打った。


 ――僕はここで終わるのか。

 死にたくない。

 恐怖と絶望が全身を包みこんだ。

 何者かもわからない相手に殺されたくない……。

 

 やがて青白い光が腕の主の姿を浮かび上がらせた。

 そのとき、僕の恐怖は最大限に高まり、心臓が絶叫を上げた。

 そして、すべてが終わった。



 BAD END




・スタート地点にもどる

https://kakuyomu.jp/works/16818093085371501586/episodes/16818093085373197789

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