第37話 ビラ配りだよ!

「夏美ちゃん、宣伝用のビラは作ってくれた?」

「うん、バッチリだよ!」


 本番前の金曜日、夏美ちゃんがカバンからビラを取り出す。


 金髪碧眼のデフォルメのキャラがアイドルの衣装を着たイラスト。『百合ヶ丘高校アイドル部、ファーストライブやります!』とポップな文字で書かれている。


「わぁっ、すごい! めちゃくちゃかわいいねっ! ありがとう夏美ちゃん!」


「ああ、これなら宣伝効果もバッチリだな。サンキュー、夏美」


 私たちの初めてのライブ。

 なるべく多くの人に来てもらって、大成功のライブにしなければ。



「アイドル部です、明日ファーストライブをやります!」


 校門のところに立って、下校中の生徒たちにビラを渡してゆく。入学式で名前を売ったおかげか、みんなが心よく受け取ってくれた。


 となりで夏美ちゃんもビラを配る。


「わわわわたしたちはアイドル部ですっ…………ファファファファーストライブ、やります……! よよよよよかったら見にきてくだ、くだ、くだ…………」


「いや緊張しすぎだろ」


 初対面の人が苦手な夏美ちゃんが、ガチガチになりながらもビラを配った。さらにひばりちゃんも配ってゆく。


「おい、アイドル部だ。見にきてくれ」


 ひばりちゃんが、(本人は真面目なのだろうが)、来てくださいと勧誘してるとは思えない態度でポンポン渡してゆく。


 こうして、学校の人にビラを配り終えた。



 私は生徒会室に来ていた。

 逢坂秋穂と正面から向かい合う。


「逢坂さん、私たちアイドル部は明日ライブをやります。見にきてください」


 逢坂秋穂が困惑したように言った。


「私に渡さなくても…………課題を出したのは私なんだから、こんなのなくても見に行くわよ」


「逢坂さんに見にきて欲しいから渡してるんです。生徒会長がどうとか関係なく、いろいろ手伝ってくれた先輩として」


 私がそう言うと、逢坂秋穂が驚いたように私を見つめた。

 そして、申し訳なさそうに尋ねる。


「ねえ…………あなたは私がきらいではないの? 私、入学式であんなにひどいことをしたのに」


「そんなことないですよ。いい先輩だと思いますし、いいお姉ちゃんだとも思ってます!」


「そう…………ありがとう」


 逢坂秋穂が静かに目を閉じた。

 そして、小さな声で私に謝る。


「それと、あのときはごめんなさい」

 

「逢坂さん……!」


 この人が私をようやく認めてくれた。

 初めてそう思えた瞬間だった。


「ごめんなさいなんてとんでもないです! それよりライブ、見にきてくださいね! 絶対に成功させてみせますから!」


 私がそう言うと、逢坂秋穂が小さく笑った。


「校歌のときみたいに情けない真似さらすんじゃないわよ。私も応援しているから」


 …………ふふ。

 やっぱりこの人は優しい人だ。



 逢坂秋穂と別れたあと、私たちアイドル部は人通りの多い駅前に来ていた。ビラはまだ数百枚ある。これを学外の人にも配って、なるべく多くの人に来てもらうのだ。


 夏美ちゃんが自分に言い聞かせるようにつぶやく。


「ファーストライブ、絶対に成功させなきゃだもんね。だから、緊張くらい克服しなきゃだもんね。わたし、スピカちゃんみたいに勇敢になるもんね」


 そう言って、平成のロボットのようにおぼつかない足取りで通行人の方に向かってゆく。


「あのっ…………」


 夏美ちゃんが声をかけた。

 かけられた人が何事かとふりむく。


「わわっ、わわわわたしたちはアイドル部ですっ…………ファファファファーストライブ、やります……! よよよよよかったら見にきてくだ、くだ、くだ…………」


「いやだから緊張しすぎだろ…………」


 ガチガチに固まった夏美ちゃんに興味がなくなったのか、通行人が去っていった。夏美ちゃんがしょんぼりとした様子で帰ってくる。


「今度は私が行ってくるよ!」


 今回のライブ。

 絶対に成功させてみせる。


 だから――――


「わわわわわわっ…………ファファファファファファ、やややややや……! よよよよよよよよよ…………」


「いやお前もかよ、あとなに言ってるかぜんぜん分かんねぇ」


 通行人の人が無慈悲むじひにも私を素通りしてゆく。

 

「仕方ない、ボクが行ってくるか」


 今度はひばりちゃんがチャレンジ。


「ボクたちは百合ヶ丘アイドル部だ。明日ファーストライブをやるから、よかったら見にきてくれ」


 しかし、


「…………ダメだな。ほとんど見向きもされねぇ」


「うん…………」

「そうだね…………」


 落ちこむ私と夏美ちゃんに、ひばりちゃんが言う。


 しばらくビラを配って、受け取ってくれたのは全体の一割くらいだった。


 ある程度して、ひばりちゃんが言う。


「…………まっ、よく頑張ったんじゃないか? ボクたちはまだ無名だから受け取ってくれないのも仕方ないさ。今日はこれくらいにしようぜ」


 ううん、まだダメだ。

 もっとたくさんの人に来てもらわなきゃ。


「ダメだよ、ちゃんと私たちを見にきてもらわないと、ファンは増えないから」


「うん、わたしもスピカちゃんと同意見。ちゃんとぜんぶ配りたい」


 私たちがそう言うと、ひばりちゃんが私たちをまじまじと見つめた。


「お前ら……ぜんぜん役にたたないのに、やる気だけはあるんだな。…………ああ、いいぜ。じゃあぜんぶ配りきるまでやろうか」



 私たちはビラを配りつづけた。ほとんどの人は見向きもしてくれなかったけど、中には受け取ってくれる人もいて、見に行くと約束してくれる人も少数いた。


 そして…………


「やった、ぜんぶ配り終わったよ!」


「ああ」

「うん、よく頑張ったねスピカちゃん!」


 印刷してきた千枚のビラ。

 学内と学外あわせてすべて配りきった。


 あとは、明日の本番を待つだけだ。

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百合ヶ丘高校アイドル部へようこそ! 秋野ほまれ @akinoho

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