蚊帳でキャンプをして思ったこと

木沢 真流「漂流病棟」GANMA!で連載

テントなしでのキャンプ

 みなさん、テントなしでキャンプをしたことはありますか?

 キャンプの醍醐味といえば、テントという布一枚隔てた自然の中で眠ること。朝には太陽に光、鳥のさえずりで目が覚める。自然を全身で感じられるその瞬間は、何にも変え難い貴重な経験です。


 であればテントすらなかったらどうなるか? これぞまさに自然と一体化できると思いませんか?

 

 私はコロナ禍で外に遊びに行けなかった子どもに、キャンプ体験をさせてあげたいと思いました。幸い我が家には小さい庭があり、裏は山で囲まれています。この「自然に起こされる」という経験をさせてあげたくて、その頃そこそこ流行っていた「お庭でキャンプ」を思いついたのです。


 しかし我が家にはテントはありません。そのためだけにテントを買うかどうか悩んでいたところ、こんな記事を見つけました。


 「テントなしで寝るキャンプ」


 これなら布一枚どころか、布さえないじゃないか! 飛びついた私はその詳細を食い入るように読みました。

 寝袋などで外で寝る、というもので、自然と一体化できるという点では素晴らしいのですが、一番のデメリットがありました。

 それは「蚊」です。ひどい時は朝には20箇所刺されていたということもあったようです。


 これは却下か……。そう思っていた私は同じサイトに出てきた広告でこんなのを見つけてしまったんです。

 それは今やめっきりみかけなくなった「蚊帳」。


 まるでテントのような形をしている網の空間。

 これを庭に広げたら、まさにネイキッドキャンプかつ蚊対策にもなる。これはやるしかない、とすぐさま私は購入ボタンをぽちりました。


 数日後蚊帳が届き、子どもは大喜び。

 家の中で広げると、「ここで寝る!」と叫ぶもんですから、無駄に蚊帳で一泊しました。


 そしていよいよ本題を提案しました。

 「これを使ってお庭で寝てみない?」

 すると、「寝る寝る!」とテンションマックス。少し冷めている妻を横目に、私はその日を決めました。

 

 その夜、庭にレジャーシートを敷き、その上に蚊帳を広げる。中に布団を敷いて、枕とタオルケットも入れるとあっという間に大自然と一体化できるテントの出来上がり。


 さっさと横になって寝る気満々の息子を横に私も横になりました。外は真っ暗ですから、家の電気がすごく明るく感じます。


「家の明かりってこんなに眩しいんだね」


 などという発見を共有しながら、息子は先に寝入ってしまいました。

 気づけば家の電気も消えました。すると、一気に真っ暗になります。目を閉じると、葉のこすれる音、虫の鳴き声、これらがすぐそばで聞こえます。しかも結構涼しい。まさに大自然の中で眠り、起きる、という経験ができるだろうという期待が込み上げました。

 

 一方で、私には一つ心配なことがありました。

 それは以前、イノシシが出たことがあったということです。いえいえ、そんな田舎ではないんです、と思っていたのですが、実際出たからには仕方ありません。しかも親子で。裏は藪にはなっていますが、崖になっていますし、反対側は住宅が建ち並んでおり、どこから入ったのかいまだにわかりません。


 私はイノシシの経験がありませんから、どのように対処していいものかわからず、もし猪突猛進されたらこんな蚊帳ひとたまりもないな、と思ったら少し心配になってきて眠れなくなってきました。


 夜がだんだん更けてくると、辺りは静けさで満たされ始めます。すると不安もより一層強くなってきます。


 私はもちろん何日間もこの家「の中」で寝てきました。

 しかしこの庭のことを本当にわかっているのでしょうか? 夜の庭なんてじーっとみていたこともないですから、そこで何が起きて、誰が通っているかなんて実は何もわかりません。不法侵入者は本当にこないのか、人以外の動物が来て寝ている私たちはちゃんと対応できるのか、本当に大丈夫なのか——? 


 やっぱりやめようか、なんてことを思ってももう遅いです。今更戻るわけにはいきません。何もないことを祈って私は目を閉じることにしました。


 浅い眠りだったのでしょう、寝ているのか起きているのよくわからない微睡まどろみの中で、私は何かの気配を感じて目が覚めました。それは横向きになっている私の後ろからでした。

 明らかに何らかの動物が私たちの蚊帳のすぐそばの外側に存在していることを感じました。その息遣いもまるで横にいるように思えました。

 私は暗闇の中、おそるおそる寝返りを打ち、その存在を確認しようと思いました。そして振り返った瞬間、


「ささっ!」


 その音だけを残してその存在は闇に消えていきました。

 おそらく猫か何かだったのかもしれませんが、暗闇の中ではそれも確認することはできませんでした。

 

 なんだ、と思いながらうとうとしていると、どれほど経ったのでしょうか、私はまた目が覚めました。何かがあったからというわけではありません。自然と目が覚めたんです。


 おそらく時間は深夜2時か3時頃でしょうか。あたりは暗闇と静寂で満たされています。

 その景色は普段見慣れているはずの場所なのに、まるで初めて見る光景のようでした。一番不思議だったのは、「冷気」です。風ではありません。何か得体のしれない冷たいものが、ゆっくりと、まるで川の流れのように私たちの蚊帳の中に流れ込んでは通り過ぎていくんです。


 真っ先に私が感じたのは「魂」でした。

 もちろん人の顔や考えなどが見えたわけではありませんが、深夜の静寂の中、冷たく、静かに流れるそれはまるで多くの人々の魂が移動していくように感じました。

 草木も眠る丑三つ時。

 昔の人はこの時間に幽霊がでやすいと言っていましたが、それはもちろん科学では否定されています。しかし科学などがない時代にこの経験をしたら、この冷気をご先祖の魂だ、と言われれば私は信じてしまうでしょう。しかも時期もお盆付近、まさにご先祖が帰ってくると言われている時期、全てが重なりました。


 「魂って、ひょっとしたら本当はあるんじゃないか?」


 そんなことをぼんやりと考えながら私は眠っていました。

 

 ふと目を覚ますと、すでに太陽は登っていて、あたりはいつもの明るい光景に戻っていました。息子に感想も聞きました。


「どうだった?」

「楽しかった!」


 子どもは子どもで普段できない貴重な体験ができたようです。

 私は私で、いろいろなことを考える貴重な体験ができました。


 みなさんも機会があればぜひ蚊帳でキャンプしてみませんか?

 

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蚊帳でキャンプをして思ったこと 木沢 真流「漂流病棟」GANMA!で連載 @k1sh

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