第10話 なんで?
「姉に勝ちたいんです。私が姉に勝たないと、私の父の会社は潰れてしまうんです」
庵野さんの口から出たその言葉。それはあまりにも悲痛な声色で、それが冗談でも誇張でもないことがひしひしと伝わってくる。
「お姉さんに勝つ、ですか。詳しく聞いても?」
「……はい。あれは一月前の事です。祖父が急に後継を決めると言い出したんです」
庵野さんは不安そうに両手を握りしめながら、ぽつりぽつりと話しだした。
「祖父はダンジョン素材から武器を作る会社を経営しています。ですが祖父ももう高齢で、身体の至る所に問題が生じてきたんです。だから後継者候補を何人か選出して、優秀な後継者1人に財産全てを譲ると言ったんです。会社も家も土地も……祖父の持つ財産全てをです」
「つまり、その後継者が庵野さんとお姉さんと……?」
「そうです」
そこで庵野さんは一旦話を区切り、力の入った両手を離した。その両手には爪が食い込んだ痕があり、庵野さんの感情がそれだけで感じ取れる。
そんな庵野さんは自分を落ち着かせるようにゆっくり深呼吸をして、再度話を始めた。
「初めは私と姉の父や、他の親族も候補に入っていました。ですが父はすでに自分の会社を経営していますし、親族も似たようなもので、フリーの人が居ても祖父の会社を預けられるほど優秀な人も居なく……。最終的に私と私の姉に白羽の矢が立ちました」
「そこまで残ったということは、庵野さんは言うまでもなくお姉さんも優秀ってことですよね? それがどうして会社が潰れるという話に繋がるんですか?」
「姉は歪んでいるんです」
「歪んでいる?」
力を抜いたはずの庵野さんの両手にはまた力が入り、握りしめた両手の爪が手の甲に刺さっている。
「姉は確かに優秀です。小さな頃から何でも少しの努力で1位を取ってきていました。けれど、酷く傲慢で身勝手で、自分の思い通りに行かないことがあると、人の命ですら簡単に消費する人なんです」
「命をですか?」
現代日本ではあまり聞くことのない物騒な話に、つい話を遮ってしまう。それだけ不穏な話だ。
「はい、そうです。あれは私が高校1年生の時の話です。私の中学からの友人が生徒会長に立候補しました。一生懸命に広報活動をして、1年生ながらに頑張ってる姿が学校中の人に認められたのか、友人は生徒会長に当選しました。ですが、それがいけませんでした」
友人が生徒会長に当選したのに、それがいけなかった。姉は自分の思い通りに行かないと人の命ですら簡単に消費する。
という事はつまり……?
「3年の姉も立候補していたんです。私の友人に負けたことに姉は酷く怒り狂いました。『私が負けるはずがない』『私が劣るはずがない』『なにか不正をしたに違いない』と呪言のように言い続け、終いには友人の殺人の計画まで立て始めました」
「それは本当に……?」
そんな事で殺人を? というあまりにも突拍子もない話につい疑問を呈してしまう。前世にもそういう倫理観の伴わないカルト的な存在はたくさんいたし、快楽殺人鬼のような人間も見てきた。
が、それにしてもそういう人達は成長してきた環境が影響していたのだ。庵野さんを見る限り、私には庵野さん達の生活してきた環境がそんな歪な環境には見えない。
「本当です。私がその計画に気づいた時にはもう遅く、友人は姉が莫大な報酬を払った裏の人達に襲われていました。言葉にするのも謀られるような内容です。間一髪の所で私が自身のツテを使って警察に応援を呼び、命は助かりました。けれどその一件から友人は私意外と顔を合わせようとしません」
「なるほど……そんな事があったんですね。なんと言えば良いか……」
「こんな重たい話をすみませんでした」
「いえ、私から聞いたので謝らないで下さい」
私と庵野さんの間に沈黙が流れる。なんて声をかければ良いのだろうか。
私は前世から家族に恵まれていた。友人に裏切られたことはあっても、家族が自分を裏切るなんて事は一切なかった。お互いに命をかけて守りあった。だから家族との問題の解決法を私は知らない。
そんなことをの考えている間に、庵野さんが沈黙を破った。
「そういうこともあって、姉に祖父の会社を任せるわけにはいかないんです。姉は家でボロを出さないので、周囲の賛同を得て候補者から降ろすというのは難しいです。正々堂々と勝負に勝たなくては駄目なんです」
庵野さんの力強い瞳が私の瞳を射抜く。ここまで話を聞いた以上、私は庵野さんの修行をするべきだと思う。だけど、肝心なことを聞いていない。
「動機は十分に分かりました。それで大事な勝負の内容は何なんですか?」
そう肝心の勝負の内容だ。これが分からなくては修行のつけようがない。
「勝負の内容は、指定された武器3つを順番に使った1対1です。武器を作る会社なので、それを扱う人材を見つける能力、上手く活用できる能力が欲しいそうなんです」
「なるほど……上手く扱う人材を探す、ですか」
ん? それでなんで修行に?
「えっとそれなら庵野さん自身が戦うのではなくて、誰か強い冒険者を雇えば良いのでは?」
私がそう言うと、庵野さんは暗い表情をして悔しそうに俯いてしまった。
「……駄目なんです。私が声をかけた冒険者には姉の圧力で全員断られてしまいました。他に目ぼしい人も全員……。姉は父の会社の重役なので、権力があるんです。権力を持ってからはより一層手段を選ばなくなったんです」
「……分かりました。協力しましょう。明日の放課後にでもまた星1ダンジョンに行きましょうか。後で連絡するので、連絡先を交換しませんか?」
「良いんですか! ありがとうございます! 私頑張ります!」
RINEの連絡先を交換して、その日は解散した。庵野さんも退院したてで大変だろうしね。
それに気になることがあるもの。
庵野さんと分かれて帰宅している道中、暗くなってきた住宅街の中で、1台の車が私の前で停車した。
黒のベンツ。いかにもって感じね。
「少し良いかしら?」
降りてきたのは20歳前半程の女の人。白色のタイトなワンピースを着て、これまた白色のふさふさなファーを首に巻いている。如何にもなお金持ちといった感じの女性だ。
そして、そのボディーガードらしい屈強な男性二人。
「私に何か御用でしょうか」
「あら、随分と堂々としてるのね。怖くないのかしら?」
「怖いとはいったい? そちらの男性のことですか? 素人から毛が生えた程度の護衛に私が怯える必要ってありますか?」
私はわざと相手を挑発する。相手が誰なんか分かりきっているから。庵野さんの話を聞いてから、私は不快な気分で仕方なかった。
「ふふふ、いい度胸ねぇ? 私のことはあの馬鹿な妹から聞いているのでしょう? 怪我をしたって言うから手駒に見に行かせたら、お父様のポーションで回復して無理に退院したっていうじゃない。しかもその理由が女子高生に会うためって……面白すぎるでしょう?」
成金女性……庵野さんの姉がお腹を抱えて笑うふりをする。本心からの笑いではなく、自身を上に見せるための女性が良くやる含みを持った笑い方。
そんな笑い方を続けるものだから、ついつい苛ついてその演技を遮ってしまう。
「で、私に何の用ですか?」
「……あー面白い。本当に面白いわね、あの妹も貴女も。……貴女あの女に色々と聞いたのでしょう?」
「はい、聞きました」
「あの子と今回の件にはもう関わらない方が良いわよ。これからも社会を真っ当に生きていきたいでしょう?」
そう言って成金姉はスマホを取り出して動画のフォルダーを私に見せてきた。
そこには何人もの人のあられもない姿が写っていた。男性女性関係なく、惨たらしくも尊厳を破壊する様な行為の動画がズラッと。
その1つを成金が再生する。
画面に映るのは、屈強な男性に暴力を振るわれる皇高校の制服を着た女子高生。今と比べれば少し画質が荒く、何年か前に撮られたという事が分かる。
「これが私に逆らった奴らの末路よ。高校生の時に気づいたのよね。すぐ殺すよりも、こうして弱みを握って苦しませた方が私に得だってことを。だって、これをSNSに上げるって言えば従順な手駒になるんだもの! 滑稽よねぇ?」
成金が笑う。今度は自身の立場を上に見せるような笑いではなく、本心からの笑い。
いや、嗤い。
酷く醜くて、聞いていられない最悪の音。今すぐにでもその口を閉じてやりたい。
「黙りなさい」
我慢の限界となり、成金のファーを引きちぎって地面に捨てた。
次の更新予定
隔日 21:00 予定は変更される可能性があります
現代転生したら異世界がついてきた 笹葉の朔夜 @sakuya03725
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。現代転生したら異世界がついてきたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます