第12話

勝負の終わりを告げるブザー音が……虚しく鳴り響く。

がくりと膝をついたフレーヴに近づくと、彼の顔が上がり、私の方を見つめる。その顔には、涙が流れていた。


「………っ!」

「………やっぱり、グレイは、強い……ですね……」


彼は、震える手で私の服を掴む。


「僕は……ずっと……貴方に憧れてました。」

「……」

「貴方がいてくれたから、僕は強くなれたんです。……強く、強くなったのに……側にいられないことが、辛かった……悲しかった。」


私は涙を流す彼を見て、何も言えなくなる。ただ……私の中に燻る熱い何かと、それが抑えようとしても溢れ出てくる事実が、私の頭を支配した。

気づいたときには彼の体を抱きしめていた。


「すまない、フレーヴ……」

「え……?」

「私に……私に勇気がなかったから……お前をここまで追い込んでしまった。」


私は、気がついたら涙を流していた。ああ……なんと情けない姿か。貴族としての恥だ。だが……涙を堪えることはできなかった。

彼の体が微かに震えているのがわかる。それは恐怖から来るものなのか、あるいは涙のせいか、私には分からなかったが……どちらだって構わない。


「本当はフレーヴともっと話したかった、もっと一緒にいたかった……」

「……グレイ……」

「そう、思っても……お前を見るだけで心が苦しくなって、足がすくんで……私は……」

「……それでも、貴方はこうして今……僕の前にいて、抱きしめてくれてます。」


彼はそう言って、私の背に腕を回してくれた。彼の暖かな体温が伝わってきて、私の心を僅かに溶かす。


「っ……フレーヴ……」


ああ、私はなんて弱いのだろう。彼にここまで言わせてしまうほど、私は弱かったのだ。


「……貴方が僕を避けていたことはすごく……凄く悲しいです」

「……すまない」

「でも、もう大丈夫です。だって、僕たち2人とも、一緒にいたいって……思ってるんですから。」


彼の涙で服が濡れてゆくのを感じる。その涙が私に向けられたのか……それとも彼が引き起こした間違いの代償なのか……私にはわからなかった。ただ……今は彼を泣かせてあげたいと思った。ただそれだけだ。


「……フレーヴ……」

「はい」

「……もう離さない」

「………僕も、もう……離してあげませんから」


私は、彼が落ち着くまでずっと、彼を抱きしめていた。




その後、気づいたら私達はあの帰り道に戻ってきていた。日はすっかり落ち、辺りは月明かりが照らす程度である。私達があの空間にいた時間と、こちらで経過している時間が少々異なる気がしたが……あの場所のことはわからない。馬車が道の横に何台も停められていて、周囲には人が何人もいる。


「グレイ様!!!」


私に気づいた使用人達がワッと駆け寄ってくる。


「今までどこにいらっしゃったのですか!?」

「ああ……それが私にもよく分からなくてな………」


私だって急にあの場所に飛ばされたのだから、分からない事だらけだ。


「で……でも怪我もなくご無事でよかったです!」

「まあ……そうだな。」


私は捜しに来ていた父から説教を受け、もう夜も遅いから、と共にいたフレーヴと共に屋敷へと戻った。




2人でデッキの中を見てみたが、[キュアリング・ケトス]も、[天海のテトラヘドロン]も、参加者を閉じ込めたカードも存在しなかった。また明日以降事実を確かめるにしても、とりあえずは皆もとに戻ったと考えてもいいだろう。

フレーヴ曰く、「グレイに負けた時、自分の中から悪いものがすうっと消えていくような感覚がしたんです」とのことだった。それがきっと、[キュアリング・ケトス]を名乗る何者かだったのではないかと、私達は結論づけた。


「……本当に、グレイには感謝してもしきれません。あのままケトスが僕の体にいたら、大変なことが起きていたでしょうから。」


確かに、ケトスの企みは壮大なものであり、私が阻止に失敗していたら、力を蓄えたケトスが野に放たれてしまっていたのだろう。そう考えると尚更「主人公」であるカイエンがあの場にいなかったことが不思議に思えてくるのだが……ケトスが危険だと判断したのだろうか?


「まあ……私にできることをしただけだ。」

「そのお陰で……僕は、グレイとまた向き合えるようになったんですから。やっぱり貴方は僕の光です。」

「……」


そんな事を言われると、顔が赤くなってしまう。一応直接好きだとか付き合ってほしいだとかは言っていないから、友情だと誤魔化せ………いや、流石に無理か。

正直フレーヴの事は今までに感じたことがないくらい好きだ。付き合ってほしいと強く思っている。

だが、彼は私を憧れだと言っていたし、今付き合ってほしいなんて言っても断りづらいだろう。それに私には家を継ぐ使命があるから、不用意に交際はできない。


「……ありがとう」


私はそれだけしか言えなかった。これ以上何か言うと、余計なことまで言ってしまいそうだったからだ。

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