第11話


眼の前に、グレイがいる。

冷静に、そして冷酷に、獲物を追い詰める狩人のような瞳で。

僕はその冷たい瞳に恐怖心を抱きつつも、同時にその瞳に見入っていた。

ああ、綺麗だ。昔も何度もこの顔を見た。そして、憧れた。できるならこのままずっとこの世界に浸っていたい。

さっきのターンだって、ロックが決まると思ったのに躱されて……思わず声が出て、背筋がぞくぞくするのを感じてしまった。

手札から作られる道筋が、計算されたかのように頭の中に浮かんでくる。僕の中にいる強い何かが、それを照らすランタンになっている。


「ドロー……」


口を動かしながら頭の中ではカードの処理と影響について演算を続けている。

この勝負は……僕のものだ。絶対に勝つんだ。そして、彼と、グレイと友達になって……ずっと、一緒に……


「ふふ……」


つい笑いが溢れる。グレイの戦術はほぼ完璧と言っていい。しかし、今の僕にはその穴を突くことができるカードと頭脳がある。

アレもダメ、コレもダメ。捨て場は使わせない。モンスターが立つステージは必要ない。

雁字搦めになったまま、僕に倒されてしまえばいい。

さあ……グレイ……決着をつけましょう。






「僕のターン、ドロー。」


彼は静かにカードを1枚引き抜くと、手札にそれを加えた。そしてまた先程と同じようにコストを処理し、場にカードを展開する。

先程の彼のターンと同じように、私の行動を制限していく。明らかに手札は減っているはずなのによくここまで動けるものだ。そして……手札が減っているのは私も同じこと。先程ロック解除に手札を使ったものだから、次のターンで動けるかどうか、正直怪しい所がある。

だから……ただ自分のモンスターが生き残ること、手札が残る事。それを祈るしか無い。限られたリソースで、次のターンを乗り切らなければならない。いや、乗り切るどころではない。早々に決着を付けなければ、何も動けずジリジリとバーンダメージで削られるだけ。残るチャンスは次のターンだと考えるのが妥当だろう。


「ふふ……」


彼は不気味に微笑み、ぶつぶつと何かを呟く。フレーヴ。お前が"そう"なってしまったのが私のせいだと言うのなら、それごと私は踏み潰して次へ進ませてもらおう。

例えそれで、お前に恨まれることになっても、私の心が割れようとも。


「………[キュアリング・ケトス]を召喚」


それは、はっきり聞こえた。私が身構えると、彼の場の[ユリアの靴]を飲み込んで[キュアリング・ケトス]が現れる。攻撃力は……そこそこだと言った所だろうか。普段の私のデッキなら乗り越えられない攻撃力ではないが、今は厳しいと言う他ない。


「[キュアリング・ケトス]の効果により、[ユリアの靴]の効果を取得。そしてもう一つの効果……発動。」


彼がそう言うと、私の手札がサラサラと塩のようになって、宙へ消えていく。


「な………」

「手札はゲームから消滅する」


これが……プロトカードの効果なのか……捨て場の中を見ても、先程の私の手札は無い。

現状、カードをゲームから消滅させる効果をもつカードは、存在しなかったはずだ。やはり、強すぎるから刷られなかったカードなのだろうか。

もう次、どうやって動けばいいのかすらはっきりとはわからないくらい、私の行動は縛られている。少なくとも捨て場から手札に戻すことも召喚することもできず、出せるモンスター数はかなり削られた。引けるカードだって、ドローの1枚だけ。きっと次のターンを空の場で渡してしまえば、すぐさまモンスターに蹂躙され私の負けが確定するだろう。

すうっ、と彼の指が私の方へ伸ばされる。彼の場の[キュアリング・ケトス]が[マナクル・クピードー]を破壊し、飲み込んだ[ユリアの靴]の効果で二度目の攻撃。私のライフが削られる。

そして、ターンが回ってくる。

こんな時、カイエンならドローに懸ける、なんて言うのだろうが、あいにく私はピンチ時のドローに懸けられるほどロマンチストではない。しかし、しかし今は……このドローに懸けざるをえないほどどうしようもない状況だった。もう、なりふり構ってられないのだ。


「私の……ターン。ドロー。」


……引いたカードを見るのが怖い、そう思ってしまった。なぜ?私は、このまま負けることを、恐れているのか?無理矢理にでも引いたカードを手札に加える。

そのカードは……私がデッキに入れた覚えのないカードだった。


[天海のテトラヘドロン]。聞いたことも、見たことも無いカード。イラストは空。テキストとフレーム以外何も描かれていない、白いカード。

奇跡と呼ぶべきドローに、私は戸惑う。しかし、もし私に主人公の座が一時的に移っているのであれば……いや、こんな事を今考えるのは止めよう。今向き合うべきはドロー内容ではなく、相手……フレーヴだ。

私はそのカードの効果を見て、私はある一つの戦術を思いつく。普段はしない、やろうと考えたこともない戦術だが……このカードが、背中を押してくれているような気がした。


「[天海のテトラヘドロン]を召喚。」

「なっ……!?」


今まで湿っぽい顔をしていたフレーヴが急に大きく目を見開き、ドロドロの赤黒い侵食が顔を覆った。


「なぜ貴方がそれを……!」


顔を歪め、歯を食いしばるようにしてフレーヴ……いや、ケトスはこちらを睨みつけた。

どうやら、ケトスはこのカードを知っているようだ。まあ、白一色のイラストの時点で普通のカードではないことは確かだ。プロトカードである彼が知っていてもおかしくない。


「負けそうになったから出てきたのか?どうやらこのカードは随分と強い効果のようだ。」


私はカードの効果を読みながら、ケトスにそう問いかける。

しかし、彼は何も答えずただ私を睨みつけるだけだった。その反応が、このカードはただの強力な効果ではないことを確信させる。


「刷られてないカードで反則判定しようにも、まず貴様がプロトカードを使っているのだから無理に決まっているよな。」


私がそう煽ると、彼は肩を震わせた後、がくん、と転けそうになる。その後ゆっくりと立ち上がると、侵食は溶け、フレーヴの顔に戻った。

あれだけ悔しそうな顔をしていたケトスは引っ込んだようだ。まあいい。カードの処理をするだけだ。


「私の場にモンスターが存在しないため、コスト0で召喚できる。そして召喚したときの効果発動。まずライフの差1000ポイントにつき1枚互いにドローする。」


つまり6枚。フレーヴは自分に引かせてどうするんだという、困惑をわずかに表情に出していた。


「そして引いた分だけ捨て場に送る……しかし、私はターン開始時のドロー以外で[ミラクル・クピードー]を引いたためその効果発動。場に召喚する。もう一枚いるが……場が埋まっているため効果は不発。そして残りの5枚を捨て場に。」


2人の捨て場にカードが貯まる。[ミラクル・クピードー]を引いたのは運がいい。


「[ミラクル・クピードー]の効果発動。自身を破壊し相手の場、手札、山札の中から好きな場所を選んでランダムに2枚破壊する。私が選ぶのは山札だ。」


彼の山札が2枚破壊され、捨て場に送られる。


「[天海のテトラヘドロン]の効果発動。捨て場の[#ウィズダム]を持つモンスターの数だけ、互いのデッキからカードを捨て場に送る。この時、自身を捨て場に送る事で捨て場に送る数を3枚増やす。」


捨て場にいる[#ウィズダム]が13枚、そして[天海のテトラヘドロン]を捨て場に送ったので+3枚。互いのデッキから16枚が捨て場へと送られる。


「………!」

「……こんなカードあれば、すぐさま禁止行きだろうな。……ターンエンド。」

「僕のターン………」


彼の手が震える。そう。もう彼の山札にカードは存在しない。

ドロー時に山札にカードが存在しない場合、山札切れで敗北する。私の[#ウィズダム]デッキの特徴上、自分のデッキ切れを気にしてデッキ枚数を増やしていたのが功を奏したらしい。


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