第9話


「どうした?随分と顔色が悪いが、怖じ気付いたのか?バル・ビネガー。」

「オレはあんな光景を見せられて平然としてるお前の方が怖えよ、グレイ……」


 トーナメントの最上段……スペシャルカップの決勝戦。順調に勝ち上がった私は今、バルと向かい合っていた。

 フロストは第3回戦で敗北し、カードとなってケトスのデッキの中へ吸い込まれていった。友人がカードになる姿を見たバルの精神的負担は相当なものだろう。

 私だって平然としているわけではない。誰も彼もカードになってしまう事に恐怖を感じないなんて事、あるわけがない。

 ただ、勝たなければいけない、勝つしかない、そう自分を奮い立たせているだけだ。

 私はバルの目を真っ直ぐ見据える。彼の瞳には、迷いと不安が渦巻いているように見えた。

 バルはしばらく私をにらみ付けていたが、気が抜けたように溜息をついた。


「……いいぜ、やろう。勝っても負けても恨みっこなしだぜ。」

「ああ、分かっている。」


 バルの言葉に対し短く答えると、ステージにいたケトスが開始の合図をする。


「それではスペシャルカップ決勝戦、開始です!」


 合図と同時に私達はデッキからカードを引く。手札は……そこそこだ。バルの引きが完璧なものでなければ、勝機はあるだろう。


「オレのターン、ドロー!」


 バルの表情は……そう悪いものを引いた、というわけではなさそうだ。


「オレは[アセトの醸造台]を使用して1枚カードを捨てて、コストを3得る。そのまま[ピクルス・ソル・ジャー]を召喚、効果を使用して捨て場のカードをデッキの一番下に戻し、コストを1得る。」


 これでバルの所持コストは3。彼のデッキはコストの獲得を得意とする。しかしその分手札消費が荒く、何も考えずに動くとあっという間に動けなくなってしまう。


「[聖者のオキシメル]を使用!カードを1枚捨て、デッキの上か下、好きな方を選んでそこから1枚カードを見る。そのカードが[#芳醇]を持つ5コスト以下のモンスターであれば召喚できる。俺はデッキの一番下を選択する。デッキの一番下は……[マリナード・イグザミナー]だ!」


[マリナード・イグザミナー]は[聖者のオキシメル]で召喚できる最大コスト、つまり5コストのモンスターだ。

[聖者のオキシメル]は、ピンポイントで[#芳醇]モンスターを見なければならない博打カードであるが、バルは初手の[アセトの醸造台]でカードを捨て、[ピクルス・ソル・ジャー]でデッキの一番下にそれを戻していた。おそらくその時に移動していたカードが[マリナード・イグザミナー]なのだ。

 正直……後攻1ターン目で[マリナード・イグザミナー]を除去できるかと言われると難しい。


「そのまま、召喚!永続効果で[#芳醇]を持つモンスターは全て攻撃力が1000アップする。これでオレはターンエンドだ。」

「私のターン、ドロー。」


 私の手札は悪くない。が、どうやってこの場を切り抜けようか。[マリナード・イグザミナー]を残したままターンを渡せば、バルのデッキは確実に次のターンで動く。

 何かしらの対策、もしくは除去を行わなければ……


「まずは[テレスコープ]を発動。デッキからカード3枚を捨て場に送り、相手と自分の場のモンスターの数の差だけコストを得る。」


 さて、ここからどうするか。除去の手がないわけではないが、少々遠い。次のターンに使うリソースがなくなってしまう。

 もしピンポイントであのカードを引ければ立て直しも可能だが……それに賭けるのは分が悪すぎる。ここは耐えるとしよう。

 まあ、何もせずに終了するわけではない。お前が最初から楽しげな動きをした分、こちらも好き勝手動こうじゃないか。






 グレイ……グレイが戦っている。誰なのかはわからない……けれど、一つわかるのは、それは自分ではないということ。

 彼の表情は、昔の冷徹な彼を思わせるような、鋭いものだった。

 どうして、昔のような彼を見れているのかはわからないけれど、できることなら彼とまた戦いたい。

 強く美しい彼を見て、彼のようになりたいと……小さな頃に抱いた淡い感情は、今どろどろと黒く濁ったものへと変質してしまっていて。

 今は正直、自分がどうなっているかすらも、よくわからない。

 ユニバース・ノートは、カードは、僕と彼を繋ぐ唯一無二の存在だった。だから……あの時誰かに、グレイに勝ってみたくないかと聞かれて、僕は頷いてしまった。

 でも、たぶんそれは間違いだったのだろう。今は夢の中のようなふわふわした空間の中で、勝手に動く僕の視界を眺めている。

 もう、一生戻れないのかな。でも、グレイと戦わせてくれるって、勝たせてくれるって、そう約束したから。……誰と?

 手元のデッキは、見慣れないカードが増えている。どう使うのか、何枚か手にとって道筋を考えた。

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