第4話
そのカイエンとグレイの勝負を、影からちらりと覗く少年。彼の青い瞳はグレイだけを捉えていて、他は何も目に入らない。
「グレイ……どうしてあいつらと仲良くしているんですか……?」
彼の名はフレーヴ・ソルト。先月の交流大会でグレイを追い詰めた、あのロックデッキ使いだった。
「昔は誰も寄せ付けず、誰かとつるむなんてことなかったのに……どうして……」
フレーヴの父はグレイの父と仲が良く、幼い頃、フレーヴはマスタード家によく連れられて遊びに行った。
もっぱら、フレーヴの相手をするのはグレイの妹であるハニーだったが、それでも何度かハニーの勧めで、グレイとユニバース・ノートで対戦した事があった。
結果はグレイの全勝だったが、フレーヴはその圧倒的な強さに心を奪われた。
幼い頃のグレイは友達を作らないタイプの人間で、フレーヴが誘っても乗ってくることは無く、それどころか軽い暴言を吐くことすらあったが、それでもフレーヴはグレイに憧れてしまっていた。
母の療養で、郊外で2年ほど過ごす間も、フレーヴはグレイの事を考え、またいつか出会ったら対戦してくれないだろうかという淡い期待を抱いて日々を過ごした。
そして、2年ぶりに戻って来た地元で、偶然にもグレイと再会した。しかし、それはフレーヴの知るグレイではなくなっていた。
「どうして……あんなに楽しそうに……」
彼はもう孤独ではない。あの3人組はグレイによく懐いているし、物に当たるような性格は鳴りを潜めた。
何にしろ彼が成長しているのであればそれ自体は祝福できる。しかし、変わった彼の周りにいるのが自分ではなくあの3人組だという事は、フレーヴにとって受け入れられない事だった。
どうして自分が彼の隣にいないのか。交流大会で言っていた「君も強かった」という言葉は、嘘だったのか。
フレーヴはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてふらりと歩き始めた。誰にもそこにいた事を悟られる事無く。
今日はついに、ハニーにまで心配されてしまった。私の恋の病はかなり重症化してしまっているらしい。
解決できるのなら私だって解決したい。しかしどうすれば良いのか全くわからない。知識を得る前は友達さえいなかったし、今つるんでいる彼らも自分から友達になりに行ったわけじゃない。
恋愛の物語の知識だけ持っていても、上手くいくわけがない。
ふと気づけば趣味のノートに彼の似顔絵を描いている。とはいっても似ても似つかない、ただの私の理想を詰めたような顔だが。
何故こんな事をしているのか自分でも分からない。きっと私が恋をしているのは、あのロックデッキの彼ではなく、大好きな物語の中のキャラクターを混ぜて煮詰めた、都合の良い美化された架空の人物なのだ。
頭を冷やして、明日こそはちゃんとしなければ……
と、何度そう思ったことだろうか。いくら決意をしたところで、私は彼の顔を盗み見るのをやめる事ができなかった。
クラスも違うし、実のところ名前だって知らない。ただ食堂で一人で食べる振りをして彼の顔を覗くのをやめられなかった。
たとえ虚しいと分かっていても、あるいは何も報われないとしても、彼を想うことはやめられなかった。
そして今日も今日とて昼食を食べに食堂に行こうとすると、珍しくフロストが付いて来た。
「珍しいな、今日はこっちで食べるのか?」
「うん……ちょっとデッキのことで相談があって。」
私達は受付で適当なメニューを注文して、テーブルにつく。
「それで?相談とは何だ?」
「あのね、サマーカップの予選大会にわたしも出ようと思うの。」
「……なるほど、それでデッキ構築の相談か。」
サマーカップに向けて2人でデッキを組んでいたのは知っていたが、このところフロストは一人でもデッキをいじっている事が多かった。おそらく自分なりに勝率や安定感を調整していたのだろう。
「うん!……それでね、グレイくんの意見を聞きたいなと思って……」
「私の?」
「カイエンくんやバル先輩にも聞いてるんだけどね、やっぱりあの2人……感覚的な話が多いっていうか、ちょっとついていきづらくて。」
フロストは力なく笑う。確かに、彼らはなんというか……説明に擬音が多い。
「新しいパックも発売されるでしょ?入れ替えるカードとか、サマーカップで警戒したほうがいいデッキとか聞きたいの。」
「ああ……分かった。じゃあ今日の放課後から少しずつ考えるか。」
「うん!ありがとう!」
最近はぼうっとカイエンらの対戦を眺めていることが多かったが、こうしてフロストへのアドバイスをすれば、それはそれで片思い相手の事を考えずに済む。
どうせ一人でいても彼の事ばかり考えてしまうのだから、先生の真似事をしていたほうが楽だ。
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