第3話

「グレイくん、お疲れ様!」

「ああ。」


 フロストが駆け寄ってくるのに、私は手を上げて応える。


「ね、聞いて!わたしね、2回も勝ったんだよ!」

「凄いじゃないか。よくやったな。」


 フロストはきらきらと目を輝かせて私に大会の結果を報告してくる。丁寧に教えた甲斐があったものだ。


「もう参加賞は受け取ったのか?」

「まだだよ。グレイくんは?」

「私はもう受け取ったが、せっかくだ、一緒に行くか。」


 参加賞は[プレーン・ライン]。安価なカードではあるが、大会限定のイラストが描かれているため、それなりの価値はあるだろう。デッキと相性がよければプレイ用として使用しても問題ない。

 フロストは受付の女生徒から参加賞を受け取ると、きらきらとした目でそれを見つめて、大事そうにバッグの中にしまい込んだ。

 受付から少し離れた場所でフロストから今日の勝負について聞いていると、カイエンが駆けつけてくる。


「おーい!お前らも終わったんだな!」

「カイエンくん、お疲れ様!」

「……後ろにいるのは新しいトモダチとやらか?」


 カイエンの後ろに、背の高い快活そうな男子生徒が1人。おそらくは先輩だろう。


「ああ!バル先輩だ!2回戦で負けたんだけど、すげー面白い先輩でさ!」

「バル・ビネガーだ。よろしくな。」


 バル・ビネガー、名前に聞き覚えがある。たしか、去年の学園大会の準優勝者のはずだ。それに、よく考えてみれば彼の名前も安直な、調味料を元にしたネーミングだ。つまり、彼も「メインキャラ」だと推測ができる。


「えっと……わたしはフロスト。こっちはグレイだよ!よろしくね!」

「……よろしく。」


 見るからに兄貴分というか、人好きのするタイプだ。最近ユニバース・ノートへのやる気が徐々に薄れてきている私よりも、よっぽどカイエンのそばにいたほうがいい、と思う。なんなら私の代わりに彼が「ライバル」にならないだろうか。


「でさ、大会も終わったし、この後4人で飯でも食べにいかないか?」

「いいね、行こうよ!」

「私は帰る。」

「あ、グレイくん帰っちゃうの?」

「少し疲れたんだ。カイエンは昼食を取った後ユニバース・ノートを何戦もするつもりでいるんだろう。今日は付き合えないぞ。」

「ちぇっ、そーだけど……まーいいや、じゃあ体気をつけてなー!」

「グレイくん、またね!」


 手を振る3人に背を向けて、私は歩き出した。今日の疲労の原因は分かっている。3戦目のロックデッキ使いだ。

 あの戦術の厄介さはもちろんだが、主な心労はそれではない。分かっている。目を背けてはならないことを。これが一目惚れであることを。

 自分がこんなに単純な思考回路をしていたなんて、知りたくは無かった。

 結局屋敷に帰ってからも、何も手につかなかった。頭の中をあの儚げな姿がぐるぐると回って、眠るのに時間がかかるなんて初めてだった。





 それから、いつもの3人組はバル・ビネガーが入り4人組になった。

 あの先輩にはカイエンもフロストもよく懐いていて、よく勝負に付き合ってもらっている。

 これなら彼が「ライバル」になる日も近いだろう。私は「メインキャラ」から退かせてもらう。一人ほくそ笑みながら、自ら抱える問題から目を背けた。学園で見かける片思い相手を見かけるたびに、彼の顔を盗み見てしまう……

 顔を見るだけで制御できなくなる感情が怖い。異様な美化をしているのは分かっているが、それにしても……だ。

 彼と2人で静かに過ごす妄想に浸る快感と、その後でそれを否定する虚しさの板挟みになって、精神的に参っていた。


「グレイくん?」

「……ああフロストか。」

「……なんか最近ずっとぼーっとしてるけど、大丈夫?風邪でも引いた?」

「大丈夫だ、気にしないでくれ。」


 私が恋の病に罹っているなんて、知られてしまえばからかわれてしまうのだろう。フロストはそんな事はしないと分かっているが、それでも恥ずかしかった。


「そう?グレイくん、いっつも私達の話聞いてくれるから、たまには私がグレイくんの話聞くよ!」

「大丈夫だ、本当に……」

「どうしても話したくないなら、無理に話さなくてもいいよ。でもグレイくんがずっと元気がないのは、わたしが嫌だから……」


 私はフロストのこういったところが好ましいと思うが、今は素直に受け取れない。そこまで思い詰めるほど深刻な事態ではないはずなのに、随分と弱ってしまったものだ。


「話を聞く以外でも、一緒にご飯食べたり、息抜きに遊んだりすることで気分が楽になるなら、わたし、いつでも付き合うからね!」

「ああ……ありがとうな。」


 私がフロストと話していると、いつの間にかカイエンとバルの試合が終わっており、バルが悔しそうにしていた。


「よっしゃ!俺の勝ち!」

「くそー……やられちまった。カイエンはどんどん強くなるな!」

「へへっ、だろ?サマーカップ優勝が目標だからな、強くなんねーと!」


 カイエンはバルに勝った事を喜ぶと、すぐに私やフロストにも勝負を持ちかけてくる。


「グレイ!次はお前だ!今日も勝つぞー!」

「……分かった。」


 あまりサマーカップに興味はないが、腕が鈍らないよう定期的にカイエンと手合わせをしている。

 しかし、何故か最近は妙に調子が悪い。彼のことも考えまいとしているのに、気がつけば目が彼を探そうとしているし、彼への想いが日に日に大きくなっていく。

 このままではユニバース・ノートだけでなく、学業にも支障をきたしてしまう。どこかで気を入れ替えねば……





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