第2話
「ここで召喚して……じゃあ次はこれだね、あ、そうするとこれが足りない……もしかしてこっちを先に使うの?」
「そうだ、コストの関係上、後に召喚したほうが得だな。」
今は2週間後に迫った交流大会に向けて、フロストにルールを教えている。初めはカイエンがやればいいだろう、と言ったものの、「教えるのは得意でしょ、グレイ先生!」と押し切られたのだ。こんな事ならアドバイスなんかしなければよかった。
フロストは理解する力が高い。質問も的確で、教える分には楽な生徒だと言えるだろう。
「覚えが良いな。この調子ならすぐにカイエンにも勝てるだろう。」
「本当?交流大会でもバカにされないかな?」
「ああ、勿論。」
ユニバース・ノートで勝つためには、デッキ構成、運、プレイングの3つが必要だ。デッキは私のものを貸すから一定の水準は超えている。
運はわからないが、プレイングは教えていけばそれなりになっていくだろうという予感がしている。フロストは飲み込みが早い。
「ふふ、よかった。2人が戦ってるのを見て……自分も2人と遊んでみたいって思ったから。」
「そうか……」
「うん。」
フロストは手元のカードを纏めて、デッキに戻す。
なんだかこの落ち着いた空気が新鮮だ。カイエンといるときは、あいつの声が騒がしいから。
知識を得る前……幼年学校にいた頃の俺は手を付けられないほどの問題児で、友人なんていなかったから、こうしてゆっくりフロストと2人で話すのはなんだか、ゆっくりと満たされていくようだ。
「ねえ、グレイはどうしてカイエンと仲良くなったの?」
「……私からあいつに話しかけるように見えるか?カイエンが勝手に話しかけてきて、私はそれに答えているだけだ。」
「それもそうかも!カイエン、すぐ人と仲良くなっちゃうもんね。」
それから私達はしばらく、他愛もない話をした。
途中で、別の教室でユニバース・ノートをやっていたはずのカイエンが飛び込んできて、急にフロストの実践練習が始まったのはまた別の話だ。
ユニバース・ノート勉強会にはいつの間にかカイエンも参加して、わいわいと騒ぎながら2人に考え方やデッキの調整の仕方を教えていれば、交流大会の日はあっという間にやってきた。
交流大会は、名簿の中からランダムに選ばれた相手と1本先取で勝負する。これを3回繰り返したら終了だ。ランダムなマッチングでは実力差のある相手が出ることもあるが、そこは運なので仕方がない。
勝ち負けで何か参加賞が変わる訳では無い。ただ、3戦とも勝利すれば、夏の大会の参加に有利だという噂がそこかしこでされている。
別に夏の大会に出場したいというわけではないが、手を抜くつもりもない。私は受付が終わった後、相手が決まるのを2人と共に待っていた。
「うう……緊張してきた……」
「大丈夫だ。この私が教えてやったんだ、何も心配することはない。」
「そうだぜ!フロストは強いんだから!」
私がフロストに貸したデッキは、[#キングダム]を中心としてコストを大量に生成するデッキだ。相手のデッキタイプによって、モンスターで攻めるか、呪文で攻めるかを選択できる、少々戦術が必要なデッキだ。
フロストの飲み込みの速さを考えた上で、このデッキが最適解だと判断したのだ。相手にもよるが、3戦ともフロストが負ける、という可能性は薄いだろう。
しばらく話していると、会場全体でアナウンスが告げられる。これから順番に対戦する席に案内されるようだ。番号を先に呼ばれた2人を見送って、私の番号が呼ばれるのを待った。
「よろしくお願いしますね。」
「ああ、よろしく。」
第3戦。3連勝が掛かっているが……気負わずに行こう、そう考えて相手を見た所で、私はぴしり、と固まってしまった。
なんせ相手の容姿が、趣味で書いた物語の、題材としたキャラクターに良く似ていたからだ。どれに似ているかと問われても、答えるのは難しい。髪色はあの作品の生徒会長に、目つきはあの作品の兄に良く似ていた。
年こそ若いが、大人になればきっと俺が見惚れてしまうような容姿になるだろうと、予想ができた。
自分でも自分らしくなくなっていることが理解できた。かけらに残った正気でなんとか咳払いをして、一度深呼吸をする。
「どうしました?もしかして緊張しているとか?」
「いいや、なんでもない。始めようか。」
「[タイダルウェイブ]の効果で[ラスタ・ライブラリ]とランダムな手札を除去します。」
「くっ……」
「続けて[ソルト・モニュメント]を発動します。このカードが場に存在する限り5コスト以下の魔法の使用は禁じられます。」
どうやら彼の使用するデッキはロックタイプのようだ。徐々にリソースを削られ、動きが制限されていく。私のデッキに[ソルト・モニュメント]を除去できるカードは8枚ある。しかし、その中から5コスト以下の魔法を抜くとその数は大きく減る。
残る手札と次のドローで巻き返せるだろうか?針の穴を通すような細い勝利への道。彼の顔に見とれていた時の顔の熱さが嘘のように冷えていく。
一目惚れなんかしている場合ではない。
「……僕はこれでターンエンドです。」
「私のターン。……ドロー。」
引いたカードは……打開につながるカードではない。しかし、うまく使えばターンを引き伸ばせるはずだ。できることは全てやろう。久しぶりに私を此処まで追いつめた彼に敬意を評して。
〈2ターン後 中略〉
「[ブランク・グレア]の効果。捨て場の魔法の効果をコピーして使用する。コピーするのは[レイ・ローヴ]だ。」
「[レイ・ローヴ]はコスト4の魔法……まさか」
「そう。[ソルト・モニュメント]が場にある今、[レイ・ローヴ]は発動できない。だから前のターンで捨て場に送っておいた上で、今効果をコピーする。少し回りくどいが、こうするのが1番妨害を受けづらい。」
[ブランク・グレア]のコストを考えると少々勿体ないが、このターンに決着をつけるには仕方がない。
「では、[レイ・ローヴ]をコピーした[ブランク・グレア]の効果。自分の場のモンスターを1枚除去し、[#ウィズダム]を持つカードに[◎直接攻撃]を付与する。」
「あ……」
「[◎直接攻撃]を付与された[輝鏡のマリア]で直接攻撃!さらに、相手の場より自分の場のモンスターの数が少ないため、[輝鏡のマリア]の攻撃力は2000アップする!」
「くっ……」
彼の体力が0まで削られる。ゲーム終了のベルが鳴る。他の席でもちらほらと決着がついていた。
「やっぱり貴方は強いですね。」
「君も強かった。最後のターンに[ブランク・グレア]を引けてなければ、負けていた。」
やっぱり、という言葉にひっかかりを覚えたが、ゲームが終わって昂っていた心が落ち着くと、彼の顔がやけに綺麗に見えた。
私は慌てて顔を背けて、自分のデッキを片付けた。心臓がおかしい……それに顔が熱い。きっと変な顔をしていただろう。
「貴方にそう言ってもらえるなんて光栄です。また戦いましょう。」
「ああ……」
彼が立ち去ると、どっと疲れが押し寄せてきて、思わず近くの椅子に座る。
今ので大会の全3戦は終了した。後は受付に行って参加賞をもらうだけなのだが……
彼と別れる前に見たあの笑顔が、何故だか私の胸をうるさく叩いていた。
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