願わなければ見ることはできない
@Iwannacry
第1話
急な話だが、私には得体のしれない知識がある。
1年前の話だ。
父の書斎に入り、昆虫図鑑を眺めていた時に、急な頭痛がしたと思ったら、初めて読むはずの昆虫図鑑に、妙な既視感を感じるようになったのだ。
それまでか、今まで知らなかった語句がするすると頭から出てくるようになった。さっきまであまり知らない昆虫だったはずなのに、そこには書かれていない生態を思い出せてしまう事に、背筋が凍った。
私は急な脳の変化に戸惑ったが、妙な記憶の数々が次々と解決案を引きずり出してきたおかげで、急速に落ち着きを取り戻した。
寧ろ、今までの自分と比べると落ち着きすぎるくらいに、私は様々な知識を得たのだ。
普段の生活にも役に立つ生活の知恵、四則演算のコツ、そして、完全にこの世界とは異なる未知の嗜好品の数々。
特に最後に関する知識は厄介だった。まるでこの世界を高次元から覗いているような専門用語の数々に、私は子供を辞めざるを得なかった。
家族や使用人からも異様に心配されたものだ。
どうやらこの世界は、「ホビーアニメ」と称される空想の中の世界ととても良く似ている。安直な名前、勝負事に使われる子供向けのゲーム、やけに尖った髪型……どれも思い当たる節がある。
知識は私を「ライバルキャラ」だと言っている。脳から出てくるものを全部信じる訳ではないが、「ライバルキャラは闇落ちする」だとか「ラスボスになって世界の滅亡に関与する」と脅されてしまえばやんちゃ坊主が大人しくなるのも不思議ではないだろう。
なぜ今そんな話を思い返したのか。それは今日の入学式、いや性格には入学式を終えた後の教室で、「メインキャラ」と呼ばれるであろう2名と遭遇したからだ。
赤い髪の「主人公」カイエン・ペッパー、桃色の髪の「ヒロイン」フロスト・シュガー。ここに黄色い髪の「ライバル」……つまり私、グレイ・マスタードを加えれば、最低限物語を回す「メインキャラ」三人衆の完成だ。
知識の通りなら、これから私達は「ユニバース・ノート」を中心にした騒動に巻き込まれていくのだろう。私は知識の中の「ホビアニ」の騒動をいくつも引っ張り出して並べた後、大きなため息をついた。
「グレイ!ユニバース・ノートやろうぜ!昨日デッキ調整したから今度はお前に勝つ!」
今度は勝つって、勝率が低いだけで何度も私に勝っているだろうに。
私の机のそばでわいわいと騒ぎ立てるカイエンをちらりと見て、私は「放課後な」とだけ返事をした。
カイエンは何かと勝負を仕掛けてくることが多い。ここ一ヶ月で分かった事は、異様な距離の詰め方と、人を巻き込む才能の持ち主だということ。
知識が、私の知らない傾向を引っ張り出して、カイエンを「典型的な熱血主人公」だと言う。そしてそれは、「世界を巻き込む騒動」を引き起こすキーパーソンであるとも。
正直私は、そういう騒動に巻き込まれたくない。できることなら事が大きくならないうちに新しいライバルが出てきてくれないだろうか。私は喜んでライバルの座を譲ろう。
「……はぁ……」
ついため息が漏れた。カイエンは何やら騒いでいるが、もうそれに構う気力もなかった。
「召喚![レッドチリ・ドラゴン]!」
放課後、人がまばらになった教室で私達はカードを広げてユニバース・ノートを遊ぶ。
カイエンのデッキは[#レッド]を主体をしたビートダウンデッキだ。モンスターを大量召喚し、相手を殴り倒すのが特徴だ。生半可な防御ではあっという間に倒されてしまう。
その代わり、防御が高いモンスター相手には動きづらいため、カイエン相手にそれ用の対策カードを何枚か入れている。
「[レーグスのたいまつ]を使用して場の[レッドチリ・ドラゴン]の攻撃力を上げる!それからこいつで[レミニセンス・リング]に攻撃!」
「破壊される。」
「続けて[ピリカラドラコ]でお前に攻撃だ!」
宙に表示された体力の数字が減っていく。しかしまあ慌てるような数字でもない。
私はカイエンの攻撃を淡々と処理していく。この程度のダメージ、痛くも痒くもない。
「私のターン、ドロー。」
「なーんで勝てないんだ!」
カイエンは頭を抱えて叫ぶ。以前の私なら「弱いから」と言っていただろう。しかし知識を詰め込まれた今、カイエンが私に勝てない理由を「タイミング」だと判断する。
本当にこの世界が「ホビアニ」なら、ここぞというターニングポイントに、カイエンは見事な逆転劇を披露するだろう。ただ今日がその日じゃなかっただけだ。
「なあグレイ、どーやったら勝てると思う?」
「それ、対戦相手に聞くのか。」
「本当に勝ちたいんだって!グレイは頭良いから何かいい方法知ってるだろ?」
「……負ける相手のデッキについて調べたらどうだ?何も負ける相手は私だけではないだろう。調べていけば、今のデッキが何に対して弱いのかがわかるはずだ。その穴を埋めるか、それとも今の強みを更に尖らせていくかは……お前の選択だ」
「お、おお!?おおお!!すごいな!なんか、頭良くなった気がする!」
カイエンは目を輝かせながら、「グレイ先生だ!」と私の事を褒め称えた。私は知識の引き出しをひっくり返しながらそれらしい言葉を並べているだけだが。
しかし、この程度でカイエンが強くなって今後の「ストーリー」とやらが簡単に進むのなら安いものだ。
私は場を片付けた後、デッキケースを彼の前に置いた。
「私のデッキを貸してやる。」
「え!?いいのか!?」
「ああ。デッキの事を知るには実践が一番手っ取り早いからな。何度も一人回ししてみろ。」
「おう!サンキュー!」
カイエンは嬉しそうにカードを受け取るとケースを鞄にしまった。
私はそんな様子を横目に見ながら席を立ち教室を出る。
「もう帰るのか?」
「ああ。」
「おっけ!気をつけて帰れよ~」
手をぶんぶんと振って私を送り出したカイエンは、「さて」と言ってデッキを机に広げる。
私はその背中を少しだけ見守った後、教室を後にした。
屋敷に帰った私は、軽く今日の復習をした後、あるノートを取り出した。
これは私の趣味のノート。それも、小説を書くという趣味のノートだ。
知識は「アカシックレコード」ではない。途切れた小説、登場人物しか知らないアニメ、1巻しか覚えていない漫画……数々の物語を引き出していると、そういった未完の物語があることを私は知った。
私はいつしか、その未完の物語の続きを書いて一区切り付ける事を趣味としていた。何なら今はユニバース・ノートを遊ぶ事より、物語の続きを考える方が楽しい。「ホビアニ」の「ライバル」としては、失格だろう。
私は昨日の続きのページを開いてペンを走らせた。
「異世界」の学園で巻き起こる、「ゾンビ」の抗争の物語。
追い詰められていく登場人物に、行く手を阻む問題の数々。それを乗り越えて成長するキャラクター達の話を書き進める。
私は特に、ヒロインの兄がお気に入りだった。妹を思うあまり、ヒーローとぶつかる事も多々あるが、妹の為にゾンビに知恵を持って立ち向かう勇敢な青年。
私も妹がいるから、家族思いの彼に共感した。彼は本当にいいキャラクターだと思っている。
だからこそ途切れた物語の先から、ヒロインの兄を主体とした話を妄想する。
兄の視点で物語を綴ると、また別の一面が見えたりするのではと考えると止まらないのだ。
思い返すと、いままで紡いできた物語の続きも、冷静沈着で現実的な考えを持ちながらも、ずっと家族を思っていたり、一途だったりするキャラクターばかりだ。もしかして私は、そういうキャラクターに惹かれることが多いのかもしれない。見た目だって、クールでかっこいいキャラクターばかりを好きになってしまう。
ノートの空きに、ヒロインの兄の顔を落書きする。うん、かっこいい。
さてこの続きは、どうしようか? 途切れる前の思い出しながら、物語の根幹を練っていく。妄想が止まらないままノートのページを埋めていくと、部屋の扉からノックの音がした。
「なんだ?」
「グレイ様、夕食のお時間です。」
「ああ、今行く。」
メイドの声に私はペンを置いた。だいぶ筆が進んだ。この調子なら数日中には一区切りつけてやれるだろう。
続きを夕食後に書くことにして、私はノートを片付け、部屋を後にするのだった。
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